第518話
ムルトさんの誤解を解いて話を進めるの小一時間ほどかかったが、最後はなんとか納得して会計コンビは会議室を去った。
「ふは~~。重い話が待ってるのに手こずらせてくれる……」
「ショーキチ殿、何か軽食や飲み物を取ってきましょうか?」
俺の大きなため息を聞いて、個人アシスタントでもあるナリンさんが心配そうに声をかけてくれる。
「あ、そうですね。次の話題の後だと食欲も無くなりますし、軽く食べてから再開としましょう」
「だったらみんなで食堂いくー?」
俺の言葉を聞いてシャマーさんが提案した。
「いや、それはどうだろう……」
「確かに食堂は相応しくないですね……」
しかし、申し訳ないが俺たちの反応は良いモノではなかった。
「え? なんでー?」
「シャマー、その訳は後で分かります。私がとって来ます」
当然、首を傾げる何も知らないキャプテンに事情を知る前キャプテンが声をかけ立ち上がった。
「そんな! 姫にそのような事など!」
ナリンさんも慌てて立ち上がりダリオさんを止めようとする。
「いえ。ショウキチ殿の好みは私が良くしっていますし。よくマンツーマンで軽食を嗜みながら会議していますから」
そんな彼女へ姫様が返したのは、謎のマウントであった。そのまま歩いて会議室を出て行く。
「そっ……。それなら自分の方が! 何度もランチミーティングをしていますし!」
ナリンさんはそう言いながらダリオさんを追って同じく出て行った。上下関係にうるさく礼儀正しい彼女にしては珍しい意地の張り方だな……。
「ふーん、じゃあ後のお楽しみってことでー。風の術式が召喚術かどっち使おうかなー」
その様子を見届けて、シャマーさんは素早く切り替え砂の運搬について思考を始めているようだった。
「風ならスワッグやノゾノゾちゃんの力を借りられるけどロストが気になるしー、召喚なら移送先に書く術式の固定が問題かなー」
それからしばらく、天才魔術師は唇を摘みながら何やら俺に分からない魔法の法則に気を取られている。切り替えが早いのは相変わらずだが、ああいう争いに参加しないのは変だ。
……いや、変じゃないか。それこそ、こっちにもちょっと法則がある気がする。
「シャマーさんって……」
「なにー?」
「俺のことを『モノにするー』とか言う割に、チームの皆がああいう事で俺を取り合う時にはあまり出しゃばってきませんよね?」
いやそうして欲しい訳じゃないけど! 俺は自意識過剰への羞恥心と抑えきれない好奇心との板挟みになりながら聞いてしまった。
「んー。他の種族相手なら良いんだけどー。チームとかエルフ関係で私が出てっちゃうと、『キャプテンだから』とか『魔術師界隈の先輩』とか役職がチラつくでしょー? なんかそういう権威で上に立つの、嫌なのー」
シャマーさんは宙に謎の術式――蛍光色に光る魔法の文字だ――を書きながら片手間で応えた。
「えっ……」
俺はその返答に衝撃を受けた。
「まっ、まっ、まっ……」
そしてボソリと本心からの感想を口にする。
「なに?」
「意外と真面目だ……」
ちょっと信じられない回答だった。他者を騙し、策略にかけ、特に俺に色事方面でちょっかいを出す事が大好きなシャマーさんが!? からかい上手の○木さんから純情と真心と中学生らしさを抜き、知性と平らな胸を残したような彼女がそんな事を!?
「あっ……」
いやサッカー界で「からかい上手の高○さん」と言えば現役時代は大型ストライカーとして相手DFを苦しめ、監督になっても巧みな戦術で相手チームを翻弄する高木琢也さんの事になるが……と思考が迷走する俺の前でシャマーさんが急激に顔を真っ赤にしていく。
「とー言うのは嘘でー! みんなが潰し合いになるのを、冷静にみているだけなのだー!」
知略に長けた筈のドーンエルフは、しかしそのインテリジェンスを微塵も感じさせないまま顔も赤いまま、無い胸を張ってそう言った。
「そっかシャマーさんも考えてくれているんっすね……」
「そーなのよー! ほら、密集地でルーズボールを取り合っている時ってそこへ自分も突っ込むより、敢えて離れた所から見守ったほうがそこから漏れたボールを拾えるっていうかー!」
シャマーさんは俺の言葉に手をバタバタさせながら乗っかる。うん、優れたごっつあんゴーラーとか真逆なポジションだけど優秀なスイーパーはそういうスタイルをとるよね。でもそういう話じゃないよね。
「いや、そっちじゃなくて。男女関係の問題で、チームが乱れないようにって」
「違うもん違いますー! どうせ乱れるならベッドでが良いだけですー」
つまらない人間の突っ込みに、何倍もの寿命を誇るエルフが子供みたいな反論をしてきた。
「良いんですよ、取り繕わなくたって。ここには他に誰もいないんだし。それに俺、ちょっと泣きそうです。そこまでチームの事を考えてくれていたなんて。シャマーさんをキャプテンに任命して良かった……」
こういう感謝はちゃんと口にするべきだ。俺は頭を下げながら彼女にそう告げた。
「だっ……だっ……」
「これからはそういう真面目な面をもっと出しても……」
そこまで言った所だった。俺の言葉を遮り、シャマーさんが急に襲いかかってきた!
「だったらもっとヒイヒイ泣かしたらぁー!」
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