第515話

 その場にいたのはFWのヨンさんだった。デイエルフらしい痩身に黒髪でシャープな相貌で、見た目のみならず性格も身のこなしも極めて普通。長身である事を除けばあまり特徴がなく、本エルフもそれをたまにネタにするほどだ。

「自分はデイエルフの平均値をノゾノゾさんがちょっと縦に引っ張ったくらいのエルフです」

と。

「え? 何時からそこに……?」

 俺は驚いてそっと訊ねる。実はヨンさんにはもう一つ、特徴があった。それは……極めて存在感が薄いこと。前目の選手はとかく自己主張が激しかったり個性的だったりするのだが、彼女はそういった事がなく背の高さの割に目立たない。プレイにおいても地味なポストプレイやプレスの先鋒、セットプレイの守備にと縁の下の力持ちとなる仕事がメインだ。

 もちろん監督側としてはそういう選手の存在はありがたいし、その貢献は折に触れて称えることにしている。

 しかしこの瞬間だけは彼女の事に気づいていなかった。

「監督がツンカに『動きすぎ』って言われたのに、『まだ押したい!』って迫っていた所くらいから、です」

 いやいやその省略は問題があるって! あと動き過ぎじゃなくて働き過ぎ!

「違いますからね! 俺は筋トレを手伝っていただけで! ヨンさんこそどうしたんですか?」

 俺は素早く身を起こしツンカさんと距離を取り、話題の矛先をヨンさんの方へ向けた。

「自分はツンカのトレーニングを手伝う予定で……もう少し後の方が良かった?」

 ヨンさんはやや顔を赤くしながら答える。言葉の最後はツンカさんへ向けてだ。

「ううん、来てくれてサンキュー!」

 ツンカさんは首を縦に振りつつ否定するという器用な真似をした。この動きは分かる。本心はもうちょっと、その、俺と二人でいたかったのだろう。

「あ、もしかして筋トレじゃなくてポストプレイも?」

 そういったツンカさんの内心を閉め出して、俺はサッカードウの話題を続ける。

「はい。1レッスンにつき一杯奢って貰う約束で」

 ヨンさんはこのさき飲む無料酒を想像してか、明るい表情で応える。そうか、ツンカさんが言ってたトレーニング後の遊びってそれか。

「それは良い契約ですね! ところで皆さんって行きつけのバーとかあるんですか?」

 謎、というか不明な点が多いヨンさんを知ろうと俺はもう少し質問を重ねる。

「あ、別に押しかけようとか羽目を外さない様に見張ろうとかじゃないよ。というか監督がいたら羽根を伸ばせないでしょ? ただ皆の普通の生活をちょっと知りたくてね」

さらに返答が帰ってくる前にそう付け足した。監督の威厳を保つ為に選手と監督は距離をおくべきという考えは割と一般的で、例えばガンバ大阪に就任した時の西野監督は選手の住所をスタッフに調べて貰い、なるべく生活圏が被らない場所に住居を決めたという。

 ただ俺の場合は自分の権威がどうとかりも、選手に心労やプレッシャーを与えない為に距離を置いていると言う方が正確だ。特にアローズの選手たちは女性でもあるし。

「いや、それはご心配なく! 前はよく独身の男が来るバーに通って男をひっかけてましたけど、最近のツンカはそういうとこの付き合い悪いんで、普通にティアの所です」

「ウェイウェイウェイ! ちょっとヨン!」

 俺の言葉を聞いたヨンさんは朗らかに応え、何故かツンカさんがエディ・マーフィーの様に――早口でウェイト、待て待てと連呼するアレだ。本編映画よりモノマネで観た気がする――慌てて口を塞いだ。

「ほえ~。やっぱ出会い系バーみたいなモノもあるんだ」

 デイエルフは家族関係が非常に強く婚姻もその辺りの縁故、つまりお見合い等が盛んだ。選手のご家族を招いた例の懇親会でも雑談の中でそんな話がいくつか進行していた。

 しかしそれは昔や地方の話。王都やその付近に住むデイエルフは『都会』が持つ機能――つまり男女が自由恋愛を求め、楽しむ環境を提供する――を十二分に利用している様だ。

 じゃあドーンエルフは? いやアイツ等の事は良く分からん……!

「ただアローズの選手だからモテる、って事もなくて苦戦してましたよ~。まあツンカはイケてるしボウズの日は滅多になかったみたいですけど」 

 俺が色々と思い出している間にヨンさんがツンカさんの手から脱出し、追加情報を語ってくれる。ボウズ、釣り用語で言うところの一匹も穫れない日はほぼ無かったということか。なるほど、確かにバーにいるツンカさん……引く手数多だろう。こう言っては失礼だが彼女は美人でスタイルが良くて雰囲気も派手だし、女性に飢えたギラついた男にはたまらんモノがある。

「いやいやヨンさんも捨てたもんじゃないですよ!」

 そんな内心と別に、俺はすぐヨンさんのフォローを口にした。

「ヨンさんは気さくだし背も高いしシュっとしてはるし」

「ええ? またまた~」

 関西弁万能の褒め言葉にヨンさんが照れた反応をする。が、ここで口を止めてはならない。サッカーと一緒で職場で女性を褒める時にもゲームモデル、原則が必要だ。ちなみに俺のは

「照れない、躊躇わない、休まない」

の三原則だ。

「それに前ってアローズが低迷してた時でしょ? 今ならチームも好調だし、ヨンさんも厳しいトレーニングで前よりも良い顔してるし、きっとモテますよ!」

「そ、そうかな?」

「前も言ったように、これからはもっともっと人気が出るし、そうなると今度は気楽にひっかけにくくなるし、今もっと遊んでおくべきですよ!」 

 俺は彼女らをアホウでのリゾートへ送り出した時の事を持ち出して言った。ここは俺の持論だが『遊び』というモノは、アスリートにとってはそれそのもので『悪』ではない。行為に溺れたり、それに慣れてなくてトラブルを起こしてしまう事が『悪』なのだ。

「マジか~」

「ちょっとヨン! 真に受けちゃバッドだよ! それとショー、例の……」

「あ、そろそろ混んできた。じゃあしっかり練習した上で楽しんで!」

 そんな事を言っている間に他にも何名か選手が入ってきた。俺は俺の言葉で考え込むヨンさんと彼女の身体を揺さぶって何か説得しようとするツンカさんをおいて、部屋を後にした。

 そう言えば何かツンカさんが言いたそうにしてた事があったよな? 思い出せないけど……まあいっか!

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