第507話

「ショーキチ先生! ツンカ選手はあのハーピィを止めたんですか? どういう事ですか!?」

 アリスさんがたまらず訊ねてきた。

「止めました。その上でカペラ選手のファウルも誘って、こちらのセットプレーで再開です」

 俺は審判さんのジェスチャーだけでなく、選手全体の動きも見ながら応える。基本的に裁定というのは審判さんのジャッジが絶対である。一方でフィールドの選手たちが、

「あ、これはどっちのボールだな」

と分かってそういう動きをする事がある。

 今の場合、カペラ選手以外のハーピィ選手全員がセットプレイの守備に備えて自陣へ戻りだしていた。またツンカさん倒れたポイントへキッカーのボナザさんが近寄り、それ以外のエルフの選手が前へポジションを移動していた。つまりドリブルで抜いたつもりのルーキー以外の全員が、この勝負ツンカさんの勝ちだと理解したのだ。

「マジですかー。なんか『ボール持たれたら終わり』みたいな空気、出してませんでした?」

 アリスさんがよくも心配かけさせやがって、とでも言うような口調で質問する。いやそこまでは言ってへんやろ。

「持たせるとやっかいだ、とは言いましたけど。まあ実はその後の対策もツンカさんには仕込んでありまして……」

 俺がそう説明を始める間にも、カペラ選手は執拗に副審さんに説明を求めている。前言撤回、恐らく細身の彼女も今の勝負はボンキュボンなエルフの勝ちだと心の中では理解している。だがそれを簡単に認めてしまうと、この後の一対一でも心理面で負けてしまう。だから無理筋でも抗議を続けているのだろう。

「どういう仕込みかと言うと……あっ! 先にお願いして良いですか?」

「良いですけど、まだ追い打ちするんですか?」

 ええそれも結構の追い打ちをね、と心の中で返事しつつ俺は別の言葉で返事をした。

「はい。生徒さんたちにブーイングさせて下さい。『審判に従え』でも『お前のファウルだろ、諦めろ!』でも何でも良いです」

「ええっ!?」

 その言葉を聞いてアリスさんは少し言葉を失った。だがこれは一刻を争う指示だ。

「急いで! お願いします」

 俺が重ねてそう言うと、アリスさんは渋々といった感じで生徒さんたちの方へ行き、何やら告げた。

『そっすね! おーいハーピィ、諦めろー』

『カペラちゃん、その頑張りはコンサートでー!』

 アリスさんより若い生徒さんたちはチャンス到来、とばかりに――やはり学生さんは純粋で残酷な面があるな――騒ぎ出す。その効果は覿面で、周囲の観客たちにもその空気が伝わり大きなブーイングが巻き起こる。

『えっ!?』

 その声にカペラ選手が驚き、傷ついた表情でスタンドを見渡した。彼女はエルフ語を理解しないが罵声と言うのは伝わるものだ。

「なんか、可哀想……。ショーキチ先生、結構冷酷なんですね……」

 その光景を見たアリスさんが、か細い声で呟いた。

「そうですね。でもライバルチームの才能あるルーキーに『今日は運が無かっただけだ。次は負けない』とか思わせる訳にはいかないんです。叩ける時に叩かないと」

 俺は特に何の感情も込めずに返す。サッカードウ初観戦のアリスさんに残留争いの仕組みであるとか、殺しやの本能――キラーズ・インスティンクトとか言うヤツだ。相手の弱みへつけ込み徹底的に叩きのめす精神、みたいな。外国人のコーチが良く言うし、ゲームの技名にもあったりする――について説明するのは難しいだろうし。

「……そっか! これがレイちゃんの言ってた『ショーキチにいさんの怖い面』なんですね!?」

 俺のそんな思考を余所に、アリスさんは急に明るい声になって訊ねた。

「はい!? いや知りませんけど……彼女、そんな事を言ってたんですか!?」 

 ドーンエルフらしいアリスさんの情緒のふり幅と、ナイトエルフ娘がリークしていた情報に俺は驚き、目を丸くする。

「ふっふーんなるほどなるほど。優しくて頭が良いだけじゃなくて、ちょっと危険な感じも見せる、と。若い娘が年上の男性にイチコロでやられてしまうアレですなー!」

「すみません、レイさんは他になにか胡乱な事を言ってませんでしたか?」

 いや俺、かなり年下ですけど!? というエルフと人間の間でずっとつきまとうやりとりは一端わきに置き、俺は別の疑念を引き続き追及する。

「し・り・た・いー?」

 しかし、アリスさんはニヤニヤと笑いながら流し目で俺の顔を見てきた。なんかムカつくな!

「知りたいですよ。もちろん。スカラーシップの責任者として、対象児童の素行は」

 なんとなく浮ついた話しへ持って行こうとする女教師に抵抗するように、俺は『責任者』『対象児童』『素行』といった言葉にアクセントを置いて返答した。

「むむむ! そんな堅苦しい言い方で誤魔化そうとして! 素直じゃないなー」

 しかし彼女には通じなかった。アリスさんは下から突き上げるようなフォームで俺の二の腕にエルボーを何度も打ち込む。こんな子供じみた動作に反して、この女教師は心理のプロだ。未成年や俺を信頼している選手たちの様には騙されてくれない。少し譲歩するか……。

「どんな理由であれ、気にかけているのは事実です」

「じゃあ先にいっこ教えてくれたら言います」

「何をですか?」

 なんだろう、また季語とか日本語のワビサビとかかな? と不安になりながら俺は応えた。

「シコミですよ!」

「シコミ?」

 なんじゃそりゃ? 渋みだったら分かる……というか若輩者の俺には分からないが説明はできるが?

「あのツンカさんが可哀想なハーピィを止めたシコミですよ!」

 アリスさんは生徒にヒントを与える先生っぽく説明した。

「あ、それか! 確かに後で言うと約束してましたね」

 カペラさんにブーイングする事を優先して後回しにしてたヤツだ。いや、忘れていた訳ではないんだよ?

「それには、まずWGというポジションからですが……」

 よりにもよってアリスさんにサッカードウの話へ引き戻される、という事態に若干の悔しさを覚えながら俺は話し始めた。

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