第469話
お願いと聞いてツンカさんは机から降り中腰になり、ボードをのぞき込んで俺の話を聞くモードへ切り替わった。中腰仲間――さっきの俺がなぜ中腰になったかは言及しない――は可哀想なので二人して大きいソファの方へ移動して並んで座る。
「今回は誰のトレース?」
俺の依頼を何度もこなしているツンカさんは慣れた口調で訊ねてきた。彼女はサイズがあって両足が使える上に観察力もあるので、紅白戦等でしばしば相手チームのエースや要注意選手のコピーを担ってきたのだ。
「それもありますけど、今回はちょっと違います」
俺は少し否定しながらボードにハーピィチームのフォーメーション図を書き込む。余談だが明るくてコミュニケーション能力が高く、左右のWGがこなせる上に控えでも紅白戦で相手のコピー役でも文句を言わないツンカさんの様な存在はチームの宝だ。大事にしなければならない。
あと露出度の高いウエイトレスさん姿で隣に座って――なんかそういうお店っぽさがあるが忘れよう――俺に『お願いがある』と頼まれても変なこと言わないし。シャマーさんやレイさんではこうはいかない。
「まだ序盤ですがハーピィチームは健闘しています。久しぶりに見るハーピィ独特のサッカードウに戸惑うチームが多い、と言うのもありますが俺はもう一つポイントがあると」
そう言って書き込んだ図の最後に背番号22を付け足す。
「ヤー。控えから出てくるあのビッグな娘ね」
それを見たツンカさんが腕を組み、控え目ではないビッグな胸を盛り上げながら呟く。
「はい。期待の若手、カペラ選手です」
平常心、平常心だぞ俺。
「大きさに目が行きがちですが、彼女のスタートポジションはセンターではなくサイドです。それも利き足の右ではなく左サイド」
俺は大きな胸に目を行かせず、ボードに矢印を書きつつ続ける。
「左に開いてボールを受けて、縦へ行くと見せかけて斜めに中へドリブルしてそこからパスやシュートを狙う……と」
カペラ選手はそのスタイルで猛威を振るい、開幕から6試合全て控えからの出場ながら3得点2アシストを決めていた。ここまでチームそのものも彼女もノーマークだった対戦相手はこのルーキーを全く止められないでいるのだ。
「アイラライクなプレイ?」
俺の説明を聞いたツンカさんがチームメイトの名を挙げる。アローズの貴重な左利き三傑の一名――後は彼女の祖母のマイラさんとルーナさんだ――は本職は左SBだが、その切れ味鋭い左足はここまで中盤の右でも有効に働いていた。
「そうですね。似ている部分はあります」
選手は、一般的に言えば利き足と同じサイドに配置するモノだ。単純にその方がスピードに乗って縦に突破し、フィールドの内側へ綺麗なパスを送り易い。
一方、利き足と逆のサイドに配置した場合はサイドラインではなく内側にドリブルして、そこから様々な選択肢を持つ事となる。
この二つはどちらかが完全な正解という訳ではない。同じサイドに置いてスピードと分かり易さを重視するか、逆サイドに置いて多彩さを重視するか、選択の違いというだけだ。そもそも希望の数だけそれぞれ利き足の選手が揃うとも限らないし。
ただそれはそれとして、現在のところ異世界サッカードウにおいて『利き足と逆サイドに選手を置く』というやり方とそこから派生する様々な戦術については、まだまだ未開拓だった。その先鞭を付けたのが我らがアローズ、そしてハーピィチームなのだ。
「違いがあるとすればアイラさんは細かいコンビネーションや切れ重視、カペラ選手はダイナミックな動き重視ですね」
アイラさんはドーンエルフらしくテクニックが豊富で戦術眼も高い。周りを使い使われながらプレイできるし、本職がSBだけあって守備も上手い。ゾーンプレスへの参加も巧みだ。
他方、カペラ選手はスピードと高さがある。単騎突破でゴール前まで行けるし、逆サイドからのクロスへ飛び込む迫力もある。
「……とまあこんな感じでプレイする選手を、地球ではウイング・ストライカーって言うんですよ。ここまでオーケー?」
そんな事をかいつまんで説明し、締めの言葉として俺はそう付け加えた。
「オーケー。でも凄いねショーは! 前にいた所のサッカードウだけじゃなくて、ハーピィのルーキーの事まで知ってるなんて!」
ツンカさんは両手の親指を上げて了解の返事をし、そのまま流れるように俺を褒めてきた。
「いやいやいや、それほどでも」
俺は謙遜したが満更でも無かった。そりゃこんな明るくて美人でスタイルも良いエルフにおだてられれば流石にデレる。
……と言うかこんな格好の女の子に隣に座られて話をして褒められるなんて完全にそういう系のお店なのよ! いかんいかん!
「あとハーピィの事情を知れたのもまあまあ偶然ですし」
気を引き締めようと追い謙遜をする。実際、俺がカペラ選手のプレイスタイルを知っているのは視察旅行の際に潜入した握羽会があったからだし、更に言えば知っていると言うか俺が彼女へ与えた助言がきっかけだし。
そう考えると自分で新たなスタイルを誘導して自分でそれを打破しようとしてんだな。何かフィクションに出てくる武器商人あるいは死の商人みたいだな!
「それはそうとして。ツンカさんには彼女を止めて貰うミッションがあるんです」
そうそう打破だ打破! カペラ選手を止められなければただ敵に塩を与えただけになってしまう!
「オーケー。聞かせて?」
ツンカさんはさっきとは違った声の低さでオーケーと言って俺の顔をまっすぐに見た。
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