第455話

「ナイトエルフとゴルルグ族の関係を計算に入れていた事は否定しません。でもなんと言うかな……。選手が計算通りに動かなかった事で非難するとか、期待を裏切られたと言うとか、そんな事は絶対にしません。俺だってたくさんミスを犯しますし」

 彼女の心のガードみたいなものが下がっているのを感じたので、俺も変に凝らずに心のままを話す事にする。

「これからも一緒にたくさんチャレンジして、ミスを犯して、互いに助け合いましょう。今日はそれだけを言いたかったんです」

「うう……」

 リストさんは俺の言葉の途中から俯いて、静かに呼吸を乱していた。長い髪で顔が隠れ、藍色の肌の顔はほぼ見えない。

「落ち込むだけ落ち込んだらまた元気出して、いつものリストさんに戻って下さい」

 俺は正直、彼女の事を

「2部リーグの弱小チームが運良く獲得した、ポテンシャルは高いが未熟な若手外国人選手」

くらいに見ている。独力で試合を決める力は持っている。だがまだ未完成で、特に精神的には不安定だ。

 そんな選手を真の一流に育て上げるには、心のサポートを手厚くし、長い目で見る事が肝心だ。

「かたじけない……でも……欲しいでござる」

 うっ! 嫌な予感が!

「やっぱり欲しいですか。いつものナリショーですか?」

 なんとなく、そろそろリストさんがナリショー――彼女が妄想する、男性化したナリンさんと俺のBL寸劇だ――の新しい供給を求めているような気がしてた。下を向き感謝を口にしつつも要求はするリストさんに、俺は渋々問う。

「それ……」

 妄想好きのナイトエルフはすっと手を上げた。

「これ? あ、俺がショー殿へ食べさせるという意味か?」

 リストさんが指さしたスプーンに気づき、ナリンさんが問う。ああ、食べさせっこか。まだマイルドな方だな。あともうナリンさんはモードに入りかけてるな!

「拙者もそれを食べてみたいでござる!」

「へ? カレーですか?」

 俺が素っ頓狂な声を上げ顔を見合わせると、ナリンさんはそっと皿を前に進めてみた。

「頂きもうす」

 リストさんはそれを受けてスプーンを取りガツガツと食べ出す。

「リストさん、カレーは飲み物と言いますけど、もうちょっとゆっくり……」

 彼女は大柄で、上品なダリオさんやナリンさんとはぜんぜん違う食べ方だ。それでも流石に早すぎる。

「……い」

「い?」

「塩っ辛いでござる! 拙者、辛いの苦手なの忘れていたでござる!」

 リストさんはそう言いながら頭を上げ、泣き笑いの顔でこちらを見る

「辛くて泣いちゃったのですね?」

「そうでござる! でも出されたモノは残さず頂く! それが腐女子の矜持!」

 ナリンさんの問いにリストさんは大声で応え、もう泣き顔と涙を隠さずにひたすらカレーをかき込み続けた。

 別にそんな嘘で泣いてしまったのを隠さなくても……ガードが固いのか柔らかいのか分からないエルフだ。でもまあそれがリストさんだよな。

 俺とナリンさんはそれを微笑みながら見つめるのであった……。


 翌朝。昨晩の間に正式にセンシャの実施を求めない事が通達され、俺たちは帰路についた。と言ってもコーチ陣も選手たちもオフが多目にあるので、全てが直接エルフの王国へ戻るとは限らなかった。

「体調、崩した子は羽目を外さないようにね」

 入国時の審査の数千倍くらい軽い――今度はサッカードウエルフ代表として正式に出て行くからか、はたまた入るモノに比べて出て行くモノに興味ないからか――検査を受けて出国ゲートを出で、俺はそれぞれに声をかける。

 ここからは行き先がまちまちで使用する魔法陣も違う。俺はナリンさん及び国へ直帰する選手たちと並んで指定された部屋へ行き、魔法の瞬間移動に身を委ねた。

「う……」

 世界が光り、歪み、意識が飛んで戻ってきたらそこはもうエルフの王城の見慣れた部屋だった。

「うぇええ……」

 部屋はともかく感覚はまだ慣れない。気遣う選手たちを先に行かせ唯一残ったナリンさんと共に俺の呼吸が整うのを待つ。

「どうもすみません」

「いえ、ゆっくり気を静めて下さい」

 ナリンさんはそう言ってくれるが、ここからは忙しくなる。今週は俺と彼女だけでチームの練習をセッティングし、音痴大会の審査を進め、その他の雑務をこなさないといけないのだ。

「ありがとうございます。でも急がないと……」

「ショウキチさん、お帰りなさい」

 そう俺が話した所に早速、一件の用事が向こうから来た。ダリオさんがテレポート発着場へ入って来たのだ。

「ただいま帰りました。ダリオさんさんどうしました? まさかもうあの件の手配が?」

 俺はダリオさんにある依頼をしており、彼女はその為に先に、試合も観ずに帰っていたのだが……まさかそれがもう!?

「いいえ。それはもう少しかかります。今は、はい」

 今日もタンカースジャケット姿でサッカードウ協会会長モードのダリオさんは首を横に振り、少し身を翻した。

「おかえり……ショーキチにいさん」

 そこに姿を現したのはレイさんだ。

「あ、ただいま」

 俺はできる限りのにこやかさで挨拶を返したが、レイさんの表情は暗い。学生服の前で祈りを捧げるシスターのように腕を組み、目を伏せている。

「今回は……ごめんな。迷惑かけて」

「あーブルマン蟲の件ですね? まあ税関とかワシントン条約……は無いけどそういうのは難しいから、今度から気をつけましょう」

 表情と同じくらい暗い声で告げるナイトエルフに、俺は穏やかに返す。どうやらレイさんは一連の出来事――彼女が俺の鞄に潜ませたお土産のせいで俺が収監された――を知って、真っ先に謝罪に訪れてくれたようだ。

「ダリオさんもありがとうございます。グレートワームも、今日も」

 レイさんが落ち込んでいるのも珍しい。俺は少しでも気を逸らせようとダリオさんの方へ話しかける。姫様は詫びを入れたがっているレイさんをわざわざ連れてきてくれた。ちゃんと礼を言っておかないと。

「いいえ。私も少し、楽しかったですし。またしたいですね!」

 ダリオさんはそう言って微笑む。えっ!? 留置所へ来てレイさんの下着に着替えてアレして……といった事が楽しい? またしたい? いやでもドーンエルフならそう感じてもおかしくないのか?

「それでな、ウチも反省する事にしてん」

 と、複雑な視線をダリオさんへ送っていた俺の前にレイさんが割り込んできた。

「え? あ、反省ですか。まあほどほどに」

「ブルマン蟲もやけど、プレゼントの方も」

 俺が敢えて言及を避けた物品の方を言いますね、この子。

「そっ、そっちは忘れるという方向でどうかな?」

 俺は何か嫌な予感を覚えながら提案する。

「だから決めてん」

 だがレイさんはそう言って体の前に組んだ両手を更にギュっと握った。

「ウチ、反省の為にしばらくノーブラで過ごす!」

 それは、明後日の方向という言葉では足りないくらい方向性を間違った、彼女なりの償いの宣言であった……。



第25章:完

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