第446話

『タッキ殿ー!』

 リストさんはボールをキープするタッキさんめがけて急に速度を上げた。その大声、威勢にロイド選手も危機を感じて慌てて追いかけ出すがもう遅い。

『いけるで……ショ!』

 タッキさんは近づくリストさんにパスを……送るでもなく自陣方面へ短くドリブルする。

「おい、被……らないのか!?」

 そのままでは正面衝突だ! と危惧して俺は思わず声を上げ、訂正した。抜群の運動神経を誇り物理戦闘力ではアローズ最強のモンクと剣士は衝突寸前で少しづつ身体を背けすれ違う。

 リストさんの後を追ってきたロイド選手はそうはいかなかった。身体の強さ、勇敢さが仇になったのかもしれない。ゴルルグ族チーム随一の肉体派は向かってきたタッキさんに怯まず彼女に肩でぶつかり、入れ墨だらけの二つの肉体がその場で交差し倒れる。

 だが、衝突事故の現場にボールは無かった。

「盗んだかタッキさん!」

 俺は興奮して叫ぶ。アローズの背番号9は自陣方面にドリブルするとみせかけてボールをヒールキックで後ろへ残し、入れ替わるリストさんへ託した。そして自分だけさもまだドリブルを続けているかのような姿勢で進み続けたのだ。

 それはいま彼女が衝突した、ゴルルグ族のポストプレイヤーであるロイド選手が前半に見せたプレーだった。

「やっぱ彼女は違うルールで動いてるなー」

 戦いの中で成長している、とかなんとか士に一度見た技は通用しない、とかは異能バトル漫画の文法だ。いやスポ根モノでもなくはないけど。

『リーシャ殿が遠い! 待ってでござる!』

 そういう間に、これまた別の文法、或いは数式で動いている選手がドリブルで爆走していた。リストさんだ。リーシャさんが空けたスペースを大股で進み、タッキさんのマーカーだった選手をワンフェイントでぶち抜く。

『アイツは止めろと言っただろう!』

 いつの間にかゴルルグ族側のテクニカルエリア最前線へ出ていたジョーさんが叫ぶ。リストさんは地下の蛇人にとって最も因縁深い選手である。癖も恐ろしさもその細い身体に染み込んでいるだろう。

「撃て!」

『撃たせるな!』

「リスト早く!」

『早く撃つのじゃ!』

 俺も両ベンチ陣も、客席も口々に叫んでいた。リストさんがぐねぐねとしたドリブルを続けながらPAにさしかかったが、ゴルルグ族の他のDFも集束しつつあった。このままではシュートを撃つスペースさえも消え……

『トン!』

 スペースが消えてしまう直前に、リストさんは軽く足を振って爪先でボールを蹴り出した。

「おお、トゥー!」

 俺はトゥーキックと言いたかったがその一瞬ではトゥーまでしか言えなかった。芯を捉えたそのキックは、ここ空いてますよ? と言わんばかりに選手達の僅かな隙間を通り意外なスピードでGKのタイミングを外し、伸ばした指先をかすめて真っ直ぐある地点へ飛んでいった。



 ……ゴールポストに。

「コーン!」

「「ああああ!」」

 芯を蹴られた反発力を主な推進力にしていたそのシュートは、ゴールポストに当たっても大きく跳ね返りはしなかった。大勢のため息と視線を集めながら、静かにゴールエリア反対側へ転がって行く。

「誰か詰めろ!」

『誰かクリア!』

 俺とマース監督が同時に叫ぶ。セーブに飛んで倒れているGKを除いて、次にボールに近いのはビア選手、そしてリーシャさんだった。

『前ならいける!』

 双頭のゴルルグ族DFより遠いのはリーシャさんだった。だが反応も加速力も数段早く、僅か2歩で前に出てこぼれ球を押し込みにかかる。

『リーシャ姉様ー!』

 背後からエルエルの声が聞こえた。ニャイアーコーチが連れてきてくれたのだろう。だがそちらを見る余裕はない。何故ならボールに到達したリーシャさんがシュートモーションへ入ったからだ。

『きゃあああ!』

 だが続いてのエルエルの声は歓声ではなかった。悲鳴だった。リーシャさんの背後に遅れてきたビア選手が、彼女の背中から全く速度を緩めないタックルを見舞ったのだ。

「ピピー!」

「「おおおお……!」」

『またやりやがった!』

 リーシャさんが吹き飛び笛が鳴り、観客が唸りザックコーチが吠えた

「PKだとは思いますけどちょっと待って! ナリンさん止めて!」

 これはまずい! 怒り狂ったミノタウロスが突進しそうになるのを抑えるようナリンさんへ指示を飛ばしながら、俺は審判のベノワさんがペナルティスポットを指さしながら舞い降りてくるのと、上空の魔法の水晶球にリプレイが映るのを同じ視野で見ていた。

 その映像の中ではビア選手の左足がリーシャさんの踵を蹴飛ばし、右膝が尾てい骨の辺りを強打していた。全く予期せぬ方向から膝蹴りを喰らったデイエルフは痛みに顔を歪ませ、ゆっくり回転しながら地面へ倒れる。

 リプレイには、その身体から何かが飛び出て画面の端へ消えるのが記録されていた。

「え!? まずいまずいまずい!」

 俺は考えるより先に側にあった長い布を手に取り駆け出した。リーシャさんの身体から射出されて画面外に消えた物体が何かはハッキリと見えなかった。いや、見えなくて良かった。

 だが俺の脳裏には、たまたま限界までトイレを我慢している時にカンチョーを喰らって最後の防衛戦を決壊させてしまった小学校の頃の友人S君の姿が思い浮かんでいた。

「離れて離れて! どりゃーー!」

 俺はピッチの外周に沿う事も審判さんの許可を得ることもせずに、真っ直ぐベンチ前からリーシャさんの倒れた地点まで走り、持ってきた布を彼女の全身に被せた。

「おいおい、大袈裟だって! それに勝手に入って良いのか? ベノワさんが睨んでいるぜ?」

 彼女の側で両手を広げて立っていたビア選手が挑発するように言った。トラッシュトークの達人である彼女は日本語もいけるようだ。

「お前こそ、そんな事を言って大丈夫か? リーシャさんへのタックルで1枚、俺との小競り合いで1枚、合わせ技でレッドが出るぞ?」

 合わせ技、という日本語というか柔道用語まで理解しているか分からないが、俺はビア選手へ言い返してリーシャさんの方へ向き直す。反論が来ない、ということはもろもろ正解だったようだ。

「リーシャさん、大丈夫? ちょっと……ごめん!」

 一方、倒れたエルフには確実に日本語が通じない。しかし一刻の猶予もない。俺は返事も待たずに彼女にかけた布をそっと空けた。

 そして、彼女の臀部付近の光景に思わず目を見張った。

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