第418話
千葉や日本代表も率いた故オシム監督は非常に背が高かった。それである時、日本人の記者に
「ヘディングは得意でしたか?」
と訊ねられ
「ヘディングよりも頭の中身を使う選手でした」
と応えた、という逸話がある。
ではロイド選手はどうか? 実は彼女、両方の意味で頭が良いCFなのだ。
まず大ざっぱに彼女の外見を描写すると身長は190cmくらいでで体重は恐らく90kg以上。ゴルルグ族の女性にしてはかなりの長身かつ筋肉量の多い体格だ。
見た目は人間にかなり近く、黒髪ショートカットで美人と言っても過言ではない顔立ち。そして体表に鱗は殆ど無い。見える部分では顔と肩の一部にあるだけ。但しそれもどこまでが本物か分からない様子だ。
本物とはどういう事か? 実は彼女、全身にタトゥーが入りまくっているのである。それも文字や図形ではなく、精巧な蛇が描かれた入れ墨が、だ。
いや実際、和式のタトゥーでも蛇やら竜やら鯉やら鱗のある生物はメジャーな題材ではある。だが
「蛇人間ゴルルグが蛇のモンモン入れるんかい!」
と心の中で思わず突っ込みたくなる。
あとピアスが耳や唇にいくつか。地球なら試合前に審判さんから外させられるケースだが、ここは異世界。その辺りは無頓着に着用したまま試合へ出続けている。
まあウチのティアさんだってそうだしね。と言うか短髪にピアスにパンクな外見はあの好戦的SBと被っている気がする。
そうそう被っていると言えば。『隠れ頭脳派』な所も被っている。ロイド選手、ついでにティアさんもそんな見た目でありながら非常に頭の回転が速く、サッカーIQの高いプレイをするのだ。
ティアさんは強気一辺倒に見えてオーバーラップのタイミングを非常に良く見ているし、ファウルされて怒って相手に突っかかるのもTPOを考えてやっている。例えばチームが勝ってる時は積極的に行って無駄に時間を使って相手を苛々させるが、負けている時はさっと下がるとか。そのずる賢さがたまに手抜きの方へ出てしまうのは玉に瑕だが。
一方、ロイド選手も一見した所は最前線にいてハイボールに身体を張るだけのFWに見えるが、ジャンプのタイミングやDFへの身体の当て方、前を向いた味方へ落とすボールの質を非常に研究している。裏に欲しい選手、足下で受けたい選手と言った味方の性質だけでなく、積極的にインターセプトを狙うDFが近くにいたら遠い方へ……と対戦チームの選手の性格まで覚えているようなのだ。
それらがロイド選手の『頭が良い』の片方の部分。ついでに言えばナリンさんの『想像以上に』もそこへ――見た目と頭脳のギャップという意味でね――かかる。もう片方は……純粋にヘディングが上手いという意味だ。ゴルルグ族チームで最強と言っても良いだろう。何故なら……
「ああ、お客様!」
ロイド選手へ思いを馳せていた俺に、廊下の角から飛び出してきたゴルルグ族のコンシェルジュさん――ホテルにいる執事さんだ。ドワーフ代表の宿舎でお世話になったコーディネーターさんみたいな存在だな――が日本語で声をかけてきた。
「ひっ、あ、コンシェルジュさん」
俺は上げかけた悲鳴を必死に飲み込んでなんとか笑顔で応えた。悲鳴が出そうになったのはゴルルグ族のコンシェルジュさん――長いな。ゴルコンさんで良いか――の剣呑な顔が急に飛び出たからで、それでも頑張って微笑みを浮かべたのは彼女に頼んでいた事があったからだ。
「お探しの件、発見しました!」
ゴルコンさんも笑顔で俺に良い報告をする。ゴルルグ族の表情が分かるのか? というところではあるが流石に彼女はサービス業、蛇そのものの顔面と鋭角な頭部を持っているが、それでも暖かさを感じる対応ができている。
そう、鋭角な頭部。
「頭が三角な蛇は毒蛇、丸いのは無毒」
というのは誤ったトリビアで実際は柔らかい外見で毒を持つ蛇もいる。ただいずれにせよ俺が気にしているのは毒の有無ではない。頭の形だ。
ゴルルグ族はかなり個体差の多い種族ではあるが、サッカードウ代表選手の多くは蛇の頭部を一つ、ないし複数もつ。
そして蛇の頭部というのは……ヘディングに向いていない。何故ならヘディングという行為はほぼ額で行われるものだが、蛇にはその額があまりないからだ。更に言えば複数の頭部は周囲の状況確認の点では有利に働くし自分一人で相談ができるのも便利だろうが、ボールを額に当てる際に頭部が二つ以上あると純粋に邪魔だしどんなイレギュラーバウンドするかも分からない。
ここで話がロイド選手に戻る。前述の通りロイド選手はゴルルグ族のサッカー選手には珍しく人間的な見た目をしている。故に彼女がチーム最強のストロングヘッダー、ヘディングの名手であり、前線でロングボールのターゲットを担える唯一の選手なのだ。
「どこですか!?」
そんな事を考えつつも、俺はゴルコンさんに問い返す。どうやら俺の方のターゲットを彼女が見つけてくれた様なのだ。
「搬入口の方でした! どうぞこちらへ!」
親切な蛇人はそう言って前を歩き出す。俺とナリンさんは目を合わせ頷くと、すぐそれに続いた。
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