第416話

「ナリンさん! みんな!」

 ロビーのカフェテラス入り口にコーチ陣と、彼女の姿があった。俺が監督に就任した日から、いや俺がこの世界へ転移して来たその時から俺を支え助けてくれてきた美貌のデイエルフ、ナリンさんだ。

「ショーキチ殿! ご無事でなによりです……」

 ナリンさんがテーブルの所まで駆け寄ってきたので俺は立ち上がり彼女の両手を取った。

「すみません、ご心配をかけました。あと俺が不在の間、チームをありがとうございます」

 デニス老公会から解放され王国へ戻った後、彼女とは魔法の水盤でやりとりをしている。顔を見ていないとか声を聞いていないとかいう訳ではない。

「いえ、すみません。自分が不甲斐ないばかりに……」

 だがナリンさんはやや涙ぐんでそう言った。やはり面と向かうと懐かしさや不安からの解放など様々な感情が一気に襲ってくるのだろう。そう言えばミノタウロス戦の直後もこんな感じだったな。

「おおおおー! 監督!」

 ミノタウロスと言えばザックコーチだ。彼もナリンさんに駆け寄り、俺と細身のエルフを巻き込んで力強く抱きしめてきた。

「単身敵地に乗り込んで二度も生還するとは! やはりお前は勇者だな!」

 ザックコーチは鼻息荒く俺たちを抱き上げ吠える。いや実際は二度連続で無様に捕らえられ、誰かに助けられただけなんですけど! 物は言いようだな。

「エルフの中でも最も鼻持ちならない奴らをぎゃふんと言わせたそうじゃな! 見直したぞい!」

 更に遅れてジノリコーチが到着し、俺の太股に抱きつきバンバンと叩いた。なるほど、ドワーフとエルフはもともと犬猿の仲だがデニス老公会はとりわけそういう存在なんだろう。

「痛いです! 痛いですってば!」

 そう声をかけながら入り口付近を見ると、双頭の蛇人アカリさんサオリさんと猫人族のニャイアーコーチは笑ってこちらを眺めていた。が、俺と目が合うとそれぞれ親指を立てる。彼女らはまあ、そういうキャラでもないし抱き合ったりはしないが、それなりに無事と再会を喜んでくれているようだ

「ども」

 俺も俺であまり辛気くさい空気は好きではない。なのでありがたく、片腕だけなんとか自由にして親指を立てて見せた。

「で、この辺りで終わりにしてそろそろ聞きたい事が……」

 そんな事をしている間にもザックコーチの筋肉の角――いやマジで仕上がった筋肉は角張っていて、その鋭角な部分って当たると痛いんだよ?――が顔に刺さり、ジノリコーチのパンチが俺の太股を波打たせて股間まで響き、気のせいかもしれないがナリンさんの唇が俺の耳の後ろに当たっていた。正直、かなりキツい。

「そうじゃ! こっちも聞きたい事があったのじゃ!」

 真っ先にジノリコーチが俺の足から離れ、その短い指ですっと後ろを指した。

「ダリオが喰っているそれはなんじゃ?」

 辛気くさい空気は好きではない、と言ったものの実際に感動の再会を果たしていた俺たちを包む空気はスパイス臭かった。ダリオさんの食べていたカレーの匂いだ。

「ああ、それはカレーと言いまして……あれー?」

 説明をしようとして、俺は間抜けなダジャレの様な声を発してしまった。何故なら俺の座っていた側に一皿、ダリオさんの前に一皿、そして間に空のが一皿、計三皿のカレー及びカレーが乗ってたと思わしき皿が並んでいたからである。

「全て食べてしまって申し訳ないので、ショウキチさんの分も追加しておきました」

 ダリオさんは微笑みながらそう言い終わると、自分の前の新しい米とルーにスプーンを差し入れた。

「あ、ありがとうございます。で、そちらはダリオさんのお代わり、と?」

「…………ん」

 カレーを一皿、平らげても例の黒いドレスのお腹がポッコリしていない奇跡の姫様はスプーンをくわえたまま俺の顔を見て頷いた。普段であれば色っぽい風景な筈だが、やはりカレーは強い。

「まあそういうことならありがたく頂きましょう。みなさん、すみませんが……」

「すまないが、少し味見をしても良いかな?」

 コーチ陣に詫びを入れて食事を続けようとした俺の機先を制して、ザックコーチが言った。

「え? えっと……まあどうぞ」

 別に俺は卑しさで言い淀んだ訳ではない。ビーフカレーだったらどうしよう? と少し悩んだだけだ。まあたぶん今更、共食いだどうだと騒ぐ事はないだろう。

「では失礼して……うむ! 美味い!」

 ザックコーチは一口――巨漢のミノタウロスがそれをするとティースプーンに載せたミ○プルーンを飲み込んでいるくらいに見えるなそれ――食べるなり賞賛の声を上げた。

「ほ、本当か? わ、ワシも良いかの?」

 こちらはコーチ陣のミニブレイン、小柄な頭脳派ドワーフも便乗しようと俺に問いかけてくる。

「え? 良いですよ……たぶん」

 これまた盗られるのが口惜しくて――いや正直、ちょっと口惜しくなってはきているが――言い淀んだのではなくて、大人向けの辛さだったしジノリコーチにはお子さま様の甘口の方が良いのではないかと心配しただけだ。

「ザック君、早く! あーん……うん!? これはスゴいぞ!」

 ミノタウロスがドワーフに食べさせるという、今度はお爺さんが子供に薬を呑ませるように見える風景が繰り広げられ、ジノリコーチも絶賛に加わった。

「そんなにですか?」

 その様子に切れ目を丸くしたのは、俺のお婆さんよりも年上な筈のナリンさんだ。

「にゃ、ニャリンが食べるなら僕も」

「わ、私もひ、久しぶりに食べたいかも」

「ここのは評判良いっすからねー」

 ナリンさんに今度はニャイアーコーチもアカサオも追従する。こうなっては運命は決まったようなものだ。

「じゃあ、みんなで食べて下さい」

「「やったあ!」」

 コーチ陣が一斉に歓声を上げ、ウエイターさんに予備のスプーンや追加オーダーを要求する。

「ええ、まあ、その、楽しんで!」

 隣のテーブルに移って、俺はその様子を眺める事にした。腹は空いたままだが、彼ら彼女らにはずっと心配かけたし、とても楽しそうであるし。 


それに何より、カレー代はエルフ王家持ちだし。

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