第414話

 ザ・ウォーマー・ワンのフロントさんに俺の到着を告げた後、ダリオさんがとった部屋の――彼女は今回の試合に登録していないが、観戦してから帰る事になった――用意ができるまで、俺たちはロビーのカフェテリアのに座って待つ事にした。

「本当に頼んで良いんですか?」

 待ち時間に軽食でも食べてはどうか? と勧めてくれたダリオさんに俺は真剣な声で訪ねる。

「もちろんです。お昼も夕餉も抜きで、お腹すいてらっしゃるでしょう?」

 笑顔でそう応えるダリオさんは乱れた衣服を完全に直し背筋をピンと延ばして椅子に腰掛けていた。少々、色気があり過ぎるがこういう場所――この宿舎は中も豪華ホテル然としていて、すべての調度品が大きく、きらびやかだ――にいても気負いが無い。さすが姫様。

「(でもでもホテルのロビーって、カレーライスですらスゴい値段がするって!)」

 俺はウエイターさんに聞こえないよう、小声で囁く。幸い、他に客の姿はない。ザ・ウォーマー・ワンは国賓や金持ち、そして外交官に準じるサッカードウ代表選手たち専用で、それほどOCCは高くないようだ。

 因みにOCCはオキュパンシー・レート、客室の稼働率のことで何処かのチームの略称でもおっぱいきゅっきゅでもないからね!

「それは何です?」

「ええっ?」

「カレーライス、とは?」

 ダリオさんは頬に手を当て再び上に目をやりながら訊ねた。良かった、おっぱいきゅっきゅについて聞かれた訳ではなかった! だってそれは俺も説明できないから!

「カレーライスってのは俺の世界にあった穀物にシチューっぽいものをかけた食事で、どちらかというとジャンクフード、庶民の食事なんですが」 

 ある選手が記者さんからロビーのカフェで取材を受けた際、俺と同じように

「何か食べたら?」

と言われてカレーを頼んだら、なんとそれが二千円以上するヤツで選手も記者さんも真っ青……という話を何かで読んだ記憶があるのだ。

「まあ! そんな事が。でも大丈夫、王家の財布から出しますから」

 そのエピソードも踏まえて説明したがダリオさんは余裕で笑い飛ばしウエイターさんを呼び、なんと本当にカレーライスを頼んでしまった。

「あるんだ……」

「ショウキチさんの故郷の味なんですよね? 私も興味あります」

 いや俺の故郷と言うかインドのアレだんだけど。いやでもカレーライスとなると日本か。しかし異世界から来たゴルルグ族の国とはいえよくあったな。

 ん? もしかしてインド→コブラ→蛇→ゴルルグ族繋がりか!?

「どうしました?」

「いや、なんでもないです。いつか奢って貰った分を返さないとなー、って」

 考え込むこちらを見てダリオさんが不思議そうな顔をしたが、流石に背景やそんな馬鹿げた推論を説明するのも難しく俺は誤魔化した返答をした。

「そうですか。では後で部屋へ来て、着替えを手伝って貰えます?」

「なっ!」

「本来の下着姿を見て頂く約束もありましたし」

「そんな約束はありません!」

 ダリオさんは真っ赤になって否定する俺を見て上品にクスクスと笑った。えげつない意地悪を言う割に落ち着いているのはまだレイさんのを着けているからで、派手に動くとまた外れてしまうかもしれないからだろう。

 ドーンエルフの一番の特徴はたぶん魔法ではなく、この人をからかい騙して楽しむ性分と頭脳なんだろう。本当に悪い妖精だ。

「勝つにはやはり、ドーンエルフの力が必要ですね……」

 ふと厳しい現状を思い出して俺は暗い声で呟いた。

「それは改めて全体の話ですか? それとも明日の?」

 ダリオさんが俺の声のトーンに気付いて、素早く気持ちを切り替え質問する。

「両方です。でもさし当たりは明日ですね」

 俺はテーブルに手拭きやグラスを並べながら話し始めた。


 チームが上手く回るには監督の言う事を聞く選手8名と、勝手に動く選手3名が必要だ、という説がある。もっと乱暴に

「8体のロボットと3人のクレイジーが要る」

と言い切った監督もいる。

 我らがアローズの場合、このロボットに当たるのがデイエルフだ。堅物揃いで上の命令を遵守し愚直に遂行する。ツンカさんやエオンさんの様に癖のある娘も、実際フィールドに出れば意外と逸脱しないプレイに終始する。

 そんな選手で固められたチームでは勝てない、というのは既に俺とダリオさんの共通認識だ。昨シーズンはそれで降格寸前まで行ったし、期せずしてトロール戦でデイエルフのみのスタメンが実現し再現された。

 もし戦力が両チーム均等に近くチェスの指し手、つまり監督の力量だけで戦うならロボットの方が都合良いかもしれない。しかし実際のサッカードウではその様な状況は滅多になく、予想外の苦境が訪れた時の救世主として、また逆に相手に予想外を押しつけるトリックスターとして、クレイジーな相手を出し抜く発想の持ち主が求められる。その役割を担っているのがドーンエルフ達だった。

 しかし今回、そのクレイジーの弾数が足りない。ダリオさんは登録外でアイラさんマイラさんもブランクがある。シャマーさんは合流直後。となると次にクレイジーな存在は……。


「リストとクエンですか。彼女ら、特にリストは面白いですよね」

 ダリオさんは普段の彼女らを思い出して楽しそうに笑った。

「俺はたまに怖いですけどね」

 デイエルフ達はダリオさんに尊敬を、ドーンエルフ達は仲間意識を持っているようだが、ナイトエルフの連中は遠慮が無いというか、

「近くで好きなだけ眺め回して良いエッチなお姉さん」

くらいのテンションで接している気がする。何だろう、2.5次元俳優を見る目みたいな?

「相手DFにとっては怖い存在ですね」

 ダリオさんは俺の言葉を違う意味で取った。まあ、その方が都合が良いのでそれに乗っかる事にする。

「ええ。安定性は無いですがダイナミックでトリッキーで、常識に囚われないプレイをします」

 大洞穴の都市、ヨミケで見たナイトエルフのプレイは全体的にそうだった。遊び心溢れる発想とそれを生かす柔軟な足技。規格外の二刀流リストさんとファンタジスタのレイさんがその代表だが、ポジションがDF寄りのクエンさんでもたまに見せるテクニックとパスは地上のエルフには無いものだった。

 おそらく大洞穴の環境、暗く不安定な地下の洞窟がそういうモノを育成したのであろう。

 ……しかし、である。

「問題は相手なんですよね」

 俺はナイトエルフと同じく地下の住人である彼女らを思い浮かべて言った。

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