第390話

 目が慣れるとそこはもう、王城の瞬間移動用の部屋だった。特に誰もおらずシーンとしている。

「シャマーさん何で急いだんですか?」

 他の種族と異なり魔法に長けたエルフはわざわざ護衛の兵をこの部屋に置いたりはしない。魔法のオーラで何者が転移してくるか分かるから、らしい。

「もう少し、話したかったのに……」

 そんな訳で特に出迎えもいないので、俺は遠慮なくさっきまでの話を続けようとする。

「んー? 何故、急いだか知りたい?」

 不満げに呟く俺にシャマーさんは意味深な笑みを浮かべながら言う。

「ショーキチ兄さん、やめとき」

「『シ・ン・グ・ル・ベッド~でぴーよと、おまえ抱いてたぴよ♪』だぴい!」

 そこへあきれ顔のレイさんと歌うスワッグが加わる。何だろう? 彼女らの言う通り追及はやめた方が良いのかな?

「むむ! この匂いは……ダリオが来るぞ!」

 悩む俺の横でステフが短く叫んだ。なんや感度5000倍(ではない)薬、まだ効いておるんかい。

「みなさん、おかえりなさい!」

「姫様! ただいまっす!」

「姫~! 拙者はやっぱりスレンダーよりこちらが好みでござる~!」

 扉を開けて入ってきたのはステフの言う通りダリオ姫で、真っ先にナイトエルフの先輩後輩コンビが駆け寄り再会を祝った。

「スレ……何のことかしら?」

「ルーク聖林のデイエルフさんたちは曲線が少ない体型やから、ダリオねえさんみたいに出るとこ……モゴォ!」

「スライドの事です守備のスレェ……ライド! 1433の3MFは左右のスライドが大変だね、って話で!」

 正直だが不躾な事を言いかけたレイさんの口を塞ぎ、俺は適当な誤魔化しを口走る。

「まあ! 移動の間もサッカードウの抗議をしていたんですね! ショウキチ殿ったら……お帰りなさい。ご無事でなによりです」

 ダリオさんは口を押さえて驚きの仕草をみせた後、俺を見つめてニッコリと笑った。

「ええ、まあ。その、ご心配をおかけしました」

 俺はその視線にドギマギして頭を掻きながら答えた。デイエルフの皆さんの野性的な美、ナイトエルフたちの奔放さも魅力的ではあるが、ドーンエルフの持つ華やかさはやはり独特だ。しかも彼女は魔法を使うエルフたちの長。派手ではあるが上品さを失っていない顔立ち、明るく豊かな髪、ナイトエルフ三娘絶賛のグラマラスな肢体はまさに無敵で、今日はエルフサッカードウ協会で仕事をしていたのか例の軍服っぽいシャツにタイトスカートという身体のラインがかなりはっきりわかるスタイル。健康食レストランで何日も食事をした後に見るフランス料理フルコースのようで……

「ふむ? 今度はショーキチから匂いが……」

「報告! さっそく報告をしましょう! 全員が入るような部屋はありますか?」

 やばい! 長く不埒な事を考え過ぎた! ステフが俺から嗅いだイヤラシー空気を伝えてしまう前に、俺は大声を出してダリオさんを促す。

「そうですね。会議室へどうぞ」

 そう言うとダリオさんは先に立って歩き出した。その後ろ姿がもっとも美しく見える位置、つまり真後ろを競ってナイトエルフ達が我先にと続くのを俺は黙って見送るしかなかった。


 会議室での報告会はダリオさんが手配した軽食を持ち込んでのランチミーティングの様な形になった。茶々入れや口出しには事欠かないメンバーではあったが、口に食べ物が入っていてはそれほど喧しくもならない。そこはサッカードウ協会会長の作戦勝ちという事であろう。

「あ、チームはもうあっちへ行ってるんすか!」

 そんなこんなで報告はあっさりと済み、話は次のゴルルグ族戦へ入っていた。

「ええ。スネークピットの独特な空気に慣れる必要がありますしグレートワームは入国審査も厳しいので、早くから向かうのが通例なのです」

 ダリオさんはゴルルグ族のホームスタジアムと都の名前を口にした。

「そう言えばそんな話でしたね。ではまだ暖房が入っている時期なんですか?」

「ええ。彼女たちは寒がりですから」

 俺が訊ねるとダリオさんは肩をすくめて答えた。上下する肩に少し遅れて豊かな胸が動いた。エルフの姫はホットな存在だがゴルルグ族は冷血生物で寒さに弱い。気温が低いと動きが遅くなる為、寒い季節ホームスタジアムは空調で暖められている。が、もちろん敵地ではその様な厚遇を期待できないのでアウェイの勝率は低い。

 それがゴルルグ族が強豪止まりで、トップの3強――フェリダエ、トロール、ミノタウロス――へ食い込めない理由の一つだった。

「じゃあ今更ジタバタしても遅いですね。俺たちの合流は試合前という事にして、こちらでの用件を幾つか済ませるとしますか」

 永くチームの指揮を執っていない状態ではあるが、ナリンさん達はしっかりと選手達を指導している。ここで俺が途中から加わって中途半端になるよりはゴルルグ族戦まで完全に彼女らに託してコーチ陣の経験値を稼いだ方が良いだろう。

 それにデニス老公会との取り決めで増えた仕事もあるし、残った選手達のケアも必要だ。

「もがぁ! もがもがもが!」

「レイさん、何か言うなら飲み込んでからにして下さい。でもちゃんと噛んでからね!」

 食べ物を口に含んだまま、急に会話へ入ろうとしたナイトエルフの天才少女に俺は注意を与えた。彼女は会議中も未成年らしい健啖ぶりを発揮しているが、咀嚼回数が少ないと胃を始め内臓各所に負担をかけてしまう。 

 アスリートにとって『食べる事』というのも非常に大事なトレーニングの一つだ。そうだ、食堂の壁のそこかしこに『30回は噛む!』という標語でも書いておくのはどうだろうか?

「やったあ! じゃあショーキチにいさんともう少し一緒におれるん?」 

 口中の食べ物を水で流し込んで、改めて彼女が言ったのはそんな内容だった。レイさんは悩みが少なそうで良いな……。

「まあそうですけど。別に楽しい仕事ばかりじゃないんですよ」

 やや愚痴っぽくそう呟きつつ、しかしレイさんの無邪気な顔を見て少し閃くものがあった。彼女の方がダリオさんやシャマーさんよりも適任者かもしれないな。

「でもまあ、そう言うなら一緒に来て貰いましょうか」

 俺はそう言って全員にこの先の行動を説明し始めた。

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