第376話

「トロールの基本戦術は『待ち』です。リーグにおいて、彼女らよりスタミナとコンタクトプレイに優れるチームは一つもない。守っては激しく当たり、攻めてはリスクの少ないパスを回して相手を動かし続け、相手の消耗を待つ。攻撃のスイッチを入れるのは前後半の20分以降、間を空けて40分以降、それと相手チームの誰かが痛んで倒れている時です」

 書き慣れない炭で選手の並びを書くのには時間がかかる。俺は最初は選手名で書き出したが消して背番号に変え、更に場を繋ぐ為にトロール代表の分析済みのデータについて話した。

「驚くほど狡猾なプランですが、柔軟性は無い。さっき言った通りにしか動きません。ですからこちらも普段は無理に攻めずに体力を温存する。そして例のタイミングでしっかり守って、カウンターにかける」

 コマンドバトルのRPGやアクションRPGのボスで、数ラウンドとか決まったモーションの後とかに大技を出してくるキャラっているじゃん? トロールチームはそんな相手だ。そして対策も同じ。その大ダメージ技が来る時はしっかり守る、その直後に全力で攻める。

「トロールはボールコントロールも巧みだし空中戦も強い。ですがシュートの精度が高い訳ではない。なので積極的にシュートを撃たせるべきです。DFはコースを限定するだけで身は投げ出さない事を徹底して」

 シュートコースにDFがスライディングで滑り込んで何とか身体に当てて跳ね返す。非常に熱いシーンでDFの見せ場と言っても良い。

 だがそれは続くピンチと表裏一体だ。至近距離で身体の何処かに衝突したボールは次にどう動くか読めず、側には倒れて死に体になったDFがいる。動きの上では邪魔だし単純に数の面では減ってしまう。

 シュートブロック、という意識が染み着いた選手に『それをするな』と命じて徹底させるのは難しいモノがあるだろう。恐らくかなりのトレーニングがいる部分だ。

「攻撃はそのシュートをGKがキャッチした時、というのが最大のポイントになります。低いライナー性のパントキックで一気に裏返すのが理想ですが、安全に行くならサイドに渡して突破させても良い」

 ここでようやくフォーメーションを書き終え、俺は左右の21番と8番――ツンカさんとエオンさんだ――を指さした。

「これ532なの?」

「13331と形容した方が良いかもしれません」

 俺が示す図に影が差した。ふと見上げるとジャバさんが隣に立ち、画面とこちらを交互に見ている。長身の彼の顔は距離があって伺えないので気にせず続ける。

「守備はティアさんが真ん中にはいってガニアさんパリスさんのCBをコントロールします。両WBのツンカさんエオンさんも守備時はボランチのシノメさんに寄って自分たちもボランチ的に」

「ヨンとリーの若芽は……あっ!」

 バートさんが言葉の途中でスクリーンの方へ見入る。トロール達が地響きを上げて攻撃に転じたからだ。画面右上の表示を見ると前半22分。思った通りだ。

「行けるから……辛抱強く……そう!」

 トロール全体がパスを回しながらゆっくり上がる。恐らくジノリコーチが今日設定したゾーン、センターサークルとPAの間くらいでシノメさんとツンカさんがプレスをかけ、どちらとも言えないボールが後ろにこぼれた。

「って来てない!?」

 しかし、そのボールを拾ったのはアローズではなくトロール3TOPのWGだった。本来であれば左SBがカバーしているエリアだ。だがガニアさんがコントロールするDFラインはいつもほど上がらず、ティアさんは慣れない左サイドをやっている。当然の帰結と言えた。

「せめてペナ外で競り合って……駄目か、くそ!」

 遅ればせながら距離を詰めるティアさんの目の前で、そのトロールがクロスを上げる。そのターゲットとなったトロールのCFは、ガニアさんとパリスさんに挟み込まれるのをものともせずにボールを胸でコントロールし、落ち際を蹴り上げた。

「「ああっ!」」

 デニス老公会の面々も一斉に悲鳴を上げる。トロールのシュートは延ばされたボナザさんの手をすり抜けてゴールネットの天井へ突き刺さった。 前半24分、0-1。


「どこまで言いましたっけ?」

「え? あ、ヨンの位置だけど……」

 俺が声をかけるとバートさんは驚いた表情を見せ、思い出して言葉を紡いだ。

「ああ、『FWの位置が前後逆じゃないか?』て事ですよね? 確かにヨンさんが最前線でポストプレイをして、リーシャさんが前向きに進入していく形が理想ではあります。ですがトロール相手には……何ですか?」

 バートさんが手元ではなく俺の顔を見ている事に気づき、俺は口を止めた。

「ずいぶん、ドライなんだね。失点したのに」

「ミスはありましたがそれは選手が一番、分かってますし。大げさに悔しがったり憤ったりするのも、その姿を見せる事がチームの役に立つなら見せますけど、ここでは無理ですからね」

 あと現地にいれば自チームのどの選手が落ち込んでいて、相手チームのどの選手が調子に乗っているかなども見れるが、どちらにせよ中継頼みで現場を見渡せない現状ではどうしようもない。

「まあ、そうだけどさ」

 俺の言葉に居心地の悪さを感じたのか、バートさんとジャバさんが少し身を捩った。

「いや、泣いて騒いで失点が取り消されるならしますけど、失ったモノは戻りませんから」

 少しバートさんに申し訳なくなって、俺は泣きべそをかくフリをして彼女を笑わせにかかった。

「うん……」

 しかし、その反応はかなり微妙なモノだった。

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