第374話

「……以上が今日のメンバーだ! いっくぞー!」

 デニス老公会が待つ部屋には何時の間にか巨大な魔法のスクリーンが設置されており、その映像の中ではノゾノゾさん――俺たちの本拠地でスタジアムDJを勤めるジャイアントお姉さんだ――がリーブススタジアムに詰めかけた観衆のコールを煽っていた。

「な!? 試合開始? え? マジもんの試合!?」

 最初は、俺のいない間にスタジアムで有観客の練習試合でもして、その映像を見ているのかと思った。だが客も演出も本格的過ぎるし、何よりコンコースからアローズと共に出てきたのはノゾノゾさんよりやや劣る背丈の、巨漢のお姉さんたちだ。それはつまり……。

「トロール戦が始まるのに間に合ったね」

 バートさんがほっとした様に呟く。そう、ホームに戻っての次の試合は対トロール戦。つまりリーグ戦の第5節がもうまもなく開始されようとしている。

「バートさん、これは!?」

「バート、どういう事だ?」

 俺は隣に立つバートさんに更なる説明を求めた。座ってスクリーンを見ていたジャバさんも同じように彼女に問う。

「ちゃんと一周、歩いたよ。絶情木ぜつじょうぼくのツリーメイトも証言してくれると思う。駆け足だったのは否定できないけど」

 バートさんはまずジャバさんにだけ答えた。

「ふん、そういう事か」

「まあ良いではありませんか。どの道、その人間はこの試合へ介入はできない」

 何かに得心するジャバさんへ、ウォジーが話しかける。ムカつく顔と表情は変わってないが随分と平静になったようで、服装も前と違う。なんとアローズの古いレプリカユニをお洒落に着こなしてやがる。

「冷静に聞いてね、ショーキチさん。私たちが絶情木の中にいた間に、外の世界では一週間近く経っているの」

「ええっ!? 一週間!?」

 俺は思わず素っ頓狂な声で叫んでしまった。いくらなんでもそんな不可思議な事なんてあり得るか!? ……あ、いや、あり得るわ。ファンタジーな森へ迷い込んだ旅人が一晩そこで明かしたら外では何百年も経っていた、といった類のお伽噺フェアリーテールは様々な文化圏に存在する。日本でも浦島太郎とかさ。彼は玉手箱をあけて自分の年齢も外に追いついてしまうけど。

 しかし実際にここはその手のお伽噺の主要舞台とも言える異世界で目の前の方々は妖精だ。そう、忘れていたけどエルフって妖精なんだよな。

「理屈は分からないけど、あの木の中はこことは時間の流れも法則も違う空間に繋がっているの。ダスクエルフの住む世界に近いって誰か言ってたかな? で昔、どうしても結ばれる事が許されない関係の愛し合う男女がいて、自分への想いを断ち切って欲しくて女性の方があの中へ引きこもった事があるんだって。それからあの木は『絶情木』と言われるようになったらしいよ」

 バートさんは一息で由来まで語ってくれた。情を絶つ木、それで絶情木か。

「なるほど……。ところで外の男性はどうなったんですか? 心変わりして別の女性とくっついたり?」

「ううん。年老いても独身を貫いて女性を待ち続けて、遂に諦めて出てきた彼女と結ばれたんだって」

「ほーん」

 なんや普通にええ話やないけ! と俺が感心したり呆れたりの間の心でいると、デニス老公会の皆さんは目に涙を浮かべ、しかしそれが落ちないように必死で天井を見上げていた。

 デイエルフのお前等、そういう話にも弱いのかよ!?

「しかし何の為に俺たちをそこへ?」

 俺には俺への想いを断ち切って欲しい恋人なんて外にいないぞ? うん、いないと思う。いないんじゃないかな。

「そこがさっき謝った理由でもあるんだけどね」

 バートさんはそう言いながらある方向へ目配せをした。

「はあ。えっ!?」

 その仕草に促されて――そう、バートさんの目線を追って、である。別に何か思うところがあった訳ではない!――俺はスクリーンに映る、試合開始前の整列をするアローズの面々を見た。そして、驚きの声を上げた。

「このスタメンは……!」

 GKはいつも通りボナザさんだが、DFラインにシャマーさんやルーナさんの姿は無く、中盤や前線にはレイさん達ナイトエルフもいなかった。それどころかダリオさんまでいないときている。

「全員、デイエルフ!?」

「そうだ。素晴らしいだろう」

 俺の言葉にウォジーが嫌味ったらしい笑みで答えたが、悔しいので無視する。

「分かった?」

「ええ。たぶん」

 これが、デニス老公会の望む『デイエルフで固められた代表チーム』のある姿なんだろう。俺をアローズから距離も時間も離れた所へ連れ去り、その間にチーム掌握し望み通りに動かす。見事なやり口だと言わざるを得ない。

 ただ、まだ少し未確認の部分はあったが。

「どうやってこのメンバーで試合へ挑むように伝えたのですか?」

「パリスに書簡を持たせた。お主の指示を代筆したものだ、という名目のモノをな」

 その言葉で老公の内の一名が何やら手紙を取り出した。

「見せて貰えますか?」

「ああ」

 自分たちの手管を自慢したい気持ちもあっただろう――いや実際、見事な手練だし――老エルフはあっさりとその紙を渡してくれた。

「あ、眼鏡が要ります! 確か俺の来ていた服の内ポケットに入っていた筈ですが」

「これだろ? さあ、読むが良い」

 打てば響く様なタイミングで別のエルフが魔法の翻訳眼鏡を取り出した。どれだけ自慢したいねん! 可愛い奴らだな!

「それはどうも」

 今回の一連の計画――つまり誘拐して脅して駄目なら時間まで巧く使って実力行使をして自分たちの力を見せつける――について、俺は内心では高く評価していた。嫌味ではなく『良い根性』だと思う。だがそれを見せびらせたくなる所は減点1ですね。

 そんな風に心の中で論評していた俺は、渡された眼鏡をかけて書簡に目を通す間に更に減点ポイントをみつける事となった。

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