第356話
「「ゴブーブーブー!」」
スタジアムにゴブリンたちのブーイングが鳴り響く。ゴブリンの観衆はある意味で辛抱強く、ある意味では辛抱強くない。どういう意味かと言うと、自分たちの応援しているチームが負けているからと言って足がスタジアムから遠ざかるという事は無いのだが、不甲斐ないサッカードウをしていたり、純粋にスコアに動きがなかったりすると途端に焦れて、不満の声を代表チームへ浴びせる、という事だ。
その声が更なる悪循環をもたらすとも知らずに。
『どっ、どうしろト!?』
ブーイングがもっとも応えてそうなのはカーリー選手の相棒のCB、グリーン選手だった。ゴブリンにしては大柄な体格――それもその筈、彼女はゴブリンの亜種でホブゴブリンという種族らしい――で、空中戦や一対一にそこそこ強い。隣のリベロ程ではないがDFの好選手だ。アローズで言うならシャマーさんがカーリー選手でムルトさんがグリーン選手、みたいな関係性だな。
だが試合冒頭の10分間で、彼女は悪い意味で目立ってしまった。俺たちが最も目をやったのは例のカーリー選手vsダリオ選手の静かな闘いだが、ゴブリン達の多くが目にしたのはその名の通り緑の肌の巨漢がフリーでボールを持ち、しかしパスを出す所に困って自信無さげにドリブルし、やはりパスを出せず途方に暮れる姿だった。
俺たちはカーリー選手にはマークをつけたしゾーンプレスも磨いてきた。しかしグリーン選手には敢えて何もつけずプレスにも行かず、敢えてドリブルのコースを空けて待ち構える体制をとったのだ。
「「ゴブーブー! ゴブーブー!」」
『ええイ! 通レ!』
そして遂にその時が訪れた。味方の筈のゴブリンサポーターの声に押され、グリーン選手は勝負の縦パスを入れた。
『ばっ、馬鹿カ!?』
言葉の意味は分からないが、カーリー選手の叱責と舌打ちが聞こえた気がした。グリーン選手が入れたパスの質そのものは悪くない。ボールを受けに降りてきたイグダーラ選手――もう一名のホブゴブリンで、同じくゴブリンよりは大柄だ――がクエンさんの脇に良い体勢で現れたからだ。
問題は出し手のグリーン選手の場所だ。一つには、彼女はボランチとほぼ横の位置からパスを出した。もしどちらかが斜め後ろの位置にいれば、そこからカウンターを喰らっても後ろの選手がカバーにいける。しかし横並びなら相手が一つ前にパスかドリブルするだけで、両者が置き去りにされてしまう。
そしてもう一つには……グリーン選手はある事に気づけない位置だった。そう、クエンさんの陰に、パスカットを狙うシノメさんが潜んでいる事に。
『クーさん!』
シノメさんはボールがグリーン選手の足から離れると同時に、横飛びしてパスコースへ身体を投げ出した。その膝にボールが当たり、クエンさんの前に落ちる。
『なニッ!?』
『オーケーッす!』
驚くグリーン選手の前でクエンさんがボールを上手くトラップした。ホブゴブリンには無からシノメさんが生じたように見えただろう。それがシノメさんの持ち味だ。
会計士も兼任するムルトさんの後輩さんはデイエルフにしては身体能力が高くないし気も強くない。腕相撲では左腕の俺に両腕で負けるし、領収書の提出が遅れても
「もう、監督! 怒りますよ~~めっ!」
と頬を膨らますだけで全然、怖くない。だが計算能力がムルトさんと同じ程度に高く、インターセプトが得意だ。他の選手の陰からすっと現れてパスをスティールしてしまう。
会計士さんが盗むとか言葉にするとあまり良くないけどね。
『リストパイセン!』
クエンさんはナイトエルフの同胞の名を呼びながら、グリーン選手の背後へパスを出した。シノメさんと対照的に、クエンさんは黒子的なボランチではない。優れた体格とパワーで、相手をなぎ倒すようにしてボールを奪う選手だ。だが意外にもパスが上手い。しかも相手が長く一緒に戦ってきたリストさんと来たら、狙いを外す訳もなかった。
『ひょひょひょ! 解禁解禁でござる!』
癖の強い方のナイトエルフは性格と同じく癖の強いトラップでボールを前に置き、素晴らしいダッシュでグリーン選手らを置き去りにする。
「おー、我慢利くねえ!」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。リストさんのドリブルに対してではない。唯一残ったカーリー選手が慌ててリストさんへ詰めるのではなく中間の距離で留まり、パスを出せばリーシャさんがオフサイド、中に行けば近い位置のダリオさんにぶつかる、縦に行けばまだ追いつくかもしれない……という位置をとった事に感心したからだ。
『そういう事でござらば!』
それを見たリストさんは足でボールを跨ぐ、所謂シザースフェイントを繰り出し始めた。短足なゴブリンや簡素な美を尊重する地上のエルフからは決して出てこない発想に観衆がどよめく。
『からの~ふん!』
『なんだト!?』
続いてリストさんはラボーナ――自分の左足より左にあるボールを右足で蹴るキックで、足を後ろから大きく回し、右の脛で左の後ろ脹ら脛を巻き込むようにして蹴る。当然、ボールが右にある時はそれぞれ逆になる――でボールを中央へ送った。
本来、ラボーナは利き足でない足の精度に自信が無い選手が仕方なく使ったり、遊びで試したりする技だ。そもそも両足とも利き足と言ってよいリストさん――ここでも二刀流ということだ――が頼る必要はなく、初めて訪れた大チャンスでチャレンジするものでもない。
だが、いやだからこそと言うべきか? ただでもシザースフェイントで揺さぶられていたカーリー選手はそのボールに反応できず、意外な軌道で転がるボールにゴブリン代表GKは飛び出すこともできず、ゴールライン上を通ったボールは逆サイドまで旅していく。
『ええいですっ!』
そこには何故かエオンさんがいた。彼女はそのままでは届かないと思ったのだろう、身を倒しながら滑り込んでいった。
「いよっしゃ!」
ボールは右WGの長い足の爪先に当たり、90度に進行方向を変え、そのままゴブリン代表ゴールへ吸い込まれる! 前半11分、先制!
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