第342話

「じゃあパリスさん、行きまーす!」

 ユイノさんはそう叫んで右SBに入ったパリスさんにボールを投げる。CB或いは守備的なSBが主戦場の彼女はパス回しの起点になる事にやや緊張気味だが、それでも丁寧にボールをトラップしボランチのシノメさんにパスを送った。

 シノメさんはそれをダイレクトで右CBのリストさんへ落とし、リストさんもダイレクトで右の攻撃的MFエオンさんへ。受け取った位置が最終ゾーンだったのでエオンさんは早速、ドリブルを開始しルーナさんを抜ききる前にクロスを入れ……ダリオさんへ届く前でボナザさんがキャッチした。

「うむ、そんな感じで良かったぞ! ただエオン、最後のゾーンは溜めても良いのじゃ。味方の上がりを待って数的優位になってから攻撃を始めても良いんじゃぞ?」

 最初のパス回しでクロスにまで至ったのに機嫌を良くしたジノリコーチが笑顔でそう声をかける。

「DFと中盤も同様じゃ! 2タッチまでいけるのじゃから無理に蹴る必要はないからの! じゃあ逆サイド!」

 ジノリコーチのかけ声で今度は左サイドでアイラ、アガセ、ガニア、ツンカとボールが繋がった。

「カモン、ベイビー?」

「ベイビーって言うな!」

 ティアさんは早速、対面のティアさんを挑発しながらボールを晒し、足の裏ですっと引いてまず最初のタックルをかわした。続いて自陣方向へ少しドリブルする。

「ティアさん戻るっす!」

「おうよ!」

 流石にこの守備陣の数で深追いするほどティアさんも馬鹿ではない。フォローにきたクエンさんにマークを受け渡し、元の位置へ戻りつつ上がってきたアイラさんを視野に納める。

「ベルナルド~」

 そう言いながらツンカさんは一つフェイントを入れてクエンさんをアイラさん側へ釣ると、くるりと反転して前を向く。

「おお、DFがいないとは言えもう成功してるやん」

 俺はツンカさんのベルナルド・シウバ理論に感心しつつ、次の展開を読む。

「ダリオさんに入る……入った! うん解釈一致!」

 俺は久しぶりにただの客の気分になって観戦にのめり込んでいた。グランドではパスを受けたダリオさんが左脚から右脚にボールを移しそのわずかな移動でパスコースを作りだし、シャマーさんがマークするリーシャさんへパスを送った。

「はい、オフサイドー」

「ええーっ!」

 しかし、パスを受けたリーシャさんは完全にオフサイドの位置におり、線審を勤めていたナリンさんが苦笑しながら旗をあげた。

「シャマー……なんでそんな後ろに!?」

「なんで、て……追いかけるフリをして急に足を止めただけだが?」

 シャマーさんはそう言いながらクスクスと笑い、ボールを拾ったボナザさんとグータッチをした。

「おいおいDFリーダー、シュートを撃たせてくれないとお母さんの練習にならないだろ?」

「そっかごめーん」

「むきー! だったらオフサイドトラップで防ぐんじゃないわよ!」

 ボナザさんがシャマーさんにグチった言葉を聞きつけリーシャさんが口角から泡を飛ばす。

「うわ、分かり易い挑発に乗っちゃって。こりゃ完封あり得るかもなあ」 

 俺はダリオさんに宥められてポジションへ戻るリーシャさんを見ながら、悪い予感を覚えていた。


 言霊というものが存在するのか分からないが、その後も攻撃陣はシャットアウトされ続けた。

 前の守備が無い状況でラインを一斉に上げてオフサイドトラップをかける、というのは実はそれほどない。と言うか危ない。故にシャマーさんはラインを揃えてトラップをかけるのではなく、自分の位置にクエンさんをさげてそこで4枚のブロックを形成し、己のみを後ろに余らせてそこでオフサイトラインを自在に操った。

 4枚を抜けてきそうならカバーへ走る、パスを出されるなら最前線のリーシャさん――時にはダリオさんや交代で入ったタッキさんヨンさんでもあったが――を置き去りにしオフサイドをとる。たまにわざとスペースを空けてシュートを撃たせるが、当然の如くコースは限定されておりボナザさんが真正面でキャッチするという結果に終わる。

 そこには、この特殊な条件下での練習においての最適解を最初に見抜き、徹底して実行するサッカードウプレイヤーの姿があった。

「新しいボードゲームを買ってきてみんなで遊ぶ時に、最初にルールと勝ち筋を理解するタイプだな」

 俺はまだ地球にいた時に男子寮で行われたボドゲ会を思い出して、そう呟いた。

「クラスに一人はそういうヤツがいるんだよなあ」

 結局その日の練習で攻撃陣唯一の得点は、エオンさんが撃ったシュートがバーに当たり跳ね返りをタッキさんがヘディングで叩き込んだ一点に終わった……。

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