第331話

 椅子に座ったツンカさんは完全にオフモードで、エプロンを外し胸元も大きく開け――今更だがアメリカンダイナー風の食事も衣装も全てステフのプロデュースだったらしい。「長距離バスの途中で寄る店のイメージ」とかなんとか意味の分からない事を言っていた――顎を机の上についた手に載せながら動画の視聴と俺の講釈を聞き終わった。

「ツンカ、もっとシャンとして」

「ヤー。でもツンカ、あまり良いところナッシング……」

 ナリンさんに注意されたツンカさんは、録画の中のあまりイケてない自分を見て凹み下を向いていた。いや俯き加減でいてくれた方が眺めは良いのだが? という言葉は心の奥底へ鎮め、俺は彼女用の特別な動画へ移る。

「それには訳があります。ちゃちゃちゃ、ちゃっちゃちゃーん! ツンカさんの秘密兵器ー! になるかもしれないヤツ」

 俺はドラ○もんが秘密道具を出す時の効果音と声真似をしながら動画を再生する。

「ほわっと!? シークレットウエポン!?」

「イエース! これこれ」

 ツンカさんが少し元気を取り戻したのでこちらもそれに呼応して応える。その映像はゾーンプレスの練習の一コマで、ツンカさんは擬似的にインセクターチームのWGを模して動き、スタメンのDF陣が囲って奪う……というトレーニングを行っていた。

「ウップス! これのどこが?」

 しかし、ツンカさんは再び声を曇らせて額に手を当てる。ちょうど手鏡の中の彼女は複数のDFに迫られボールを奪われまいと自陣の方へ逃げるドリブルをし、味方ボランチの横まで追いやられていた。

「はい、ここでストップ!」

 俺はナリンさんに声をかけて一時停止をして貰う。

「確かに、これは一見すると無様で消極的なプレイかもしれないね。前にボールを運べずここまで戻されたから。でも見方を変えればボールは奪われていないし、ナリンさん……お願いします」

 合図を受けたナリンさんは魔法の鏡を操作し画面をずっとワイドに、引きの画で撮ったモノへ変更した。

「君を追ったガニアさんはポジションを大きく崩し、ゾーンに穴を開けている。それに気づいたシャマーさんの指示でガニアさんは諦めてツンカさんから離れつつあるし、他のDFはそれに併せて移動し始めている」

「つまり?」

「つまり、ここでツンカさんがターンすれば実はフリーな状態だったし、ここの穴に誰か走り込んでそこにパスして一気にゴールまで迫る可能性があった。一人で相手を引っ張ってきてカウンターにしてしまうみたいなもんだね」

 俺は画面の何ヶ所かを指で示しながら解説する。スポーツ番組の解説者さんみたいにタッチペンがあれば書き込みたいくらいだ。

「オゥ……リアリィ?」

「リアリィ」

 マジで!? マジだよ? くらいの軽いやりとりだが彼女が受けた衝撃は大きかったようだ。ツンカさんは目を見開いて画面を見ている。

「地球ではこれを『ベルナルド・シウバ理論』って言ってるんだ」

 俺はポルトガル代表の小柄なMFを思い出しながら言った。彼は体格には優れないものの豊かなテクニックと戦術眼を持ち、中盤でボールを持てば後ろ向きにドリブルしながらもフェイントをかけてDFに身体を触らせず、振り切った所でターンして良い攻撃に繋げる……というプレーで有名なのだ。

「DFを背負うという面ではFWの動きが参考になるかもしれませんね」

「ですね。そういう意味では、ヨンさんやダリオさんにコツを聞いてみるのも良いかも?」

 リストさんは……アレは癖が強いから参考にならないかもな? と思いながら俺はナリンさんと練習のプランを考える。

「ワンモア、良い?」

「はい?」

「マイ、ベルナルド」

「マイク・ベルナルド?」

 俺の脳裏にはK-1で長く活躍した南アフリカの豪腕の勇姿が浮かんだ。

「マイ、シークレットウエポン!」

 ツンカさんは切れてな~い、がやや苛立った感じで魔法の手鏡を奪う。そういやCMでも人気だったらしいな、マイク・ベルナルド……。

「なるほど。ターンしてもグッドだしフリーで受けれるアガサに渡してもベター……」

 ツンカさんがアガサさん――ぼーっと試合に参加できていないようでいて、急にカミソリのようなパスを出すMFだ。次の面談予定者でもある――の名をあげたので俺もマイク・ベルナルドが出ていたカミソリのCM動画を思い出したが、なんとか意識を今に戻した。

「よく気づきましたね! やっぱツンカさん意外と視野広いですよ! WGよりもIHが向いてるかもなあ」

「オーマイ! リアリィ?」

 今回のツンカさんのリアリィ、はかなり重めだった。

「リアリィ。両足が使えて視野が広くてベルナルド・シウバ理論があるなら、そりゃIHで使いたくなりますよ。しかもスタメンで」

 俺は朗らかにそう応えた。多少のやましい意図を持って。

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