第326話

「そうは思いかねますね。とても綺麗だし、普段から美人だけどいつも以上に美人に映っていると、個人的には思うくらいですね」

 俺は迷いなく言い切った。

「ええ!?」

「ショーキチ殿、それは流石に……」

 驚くエオンさんナリンさんを前に、俺は少し演技が入った動きで自分の顎に手を当て悩んでみた。

「ただ自分でこのムービーを作ってなんですけど、ちょっと物足りないんだよなあ。あ、そっか!」

 そして指をパチンと鳴らして顔を上げる。

「目線だ! カメラ目線が無くてその星空の様な瞳で見つめるシーンがないのが残念なんだよなあ」

「そっそうかにゃぁ~」

「ショーキチ殿、『カメラ目線』とは?」

 照れて親友のマイラさんのようになっているエオンさんを横に、ナリンさんが疑問を口にした。

「確かナリンさんは『カメラ』って知ってましたよね? 地球で映像を記録する時に使う道具で。被写体がそれを注視する事で、主観映像というか見つめられてるような気分にさせる事ができるんです」

 因みにTV放映のあるプロレス業界では『赤いランプの向こうに大金がある』という言い回しがある。言うまでもなくこの『赤いランプ』とはカメラの上で現在録画中である事を示すタリーランプの事だ。TVの収録などでは複数のカメラを使用するので、出演者やスタッフに今どのカメラが選択されているか? を伝える必要があるからね。

 で、言い回しの意味としては、試合やマイクの最中にちゃんとそのカメラを意識して、そちらに向けてパフォーマンスをできるヤツが売れる、という真理を伝えているのだ。

「いくらエオンでも、サッカードウしながらそれは無理ですようっ!」

「プロレス……というのは競技なんですか? 演劇なんですか?」

 俺が赤いランプ云々まで含めて説明するとエオンさんが笑いながら否定し、ナリンさんが当然だが危険な疑問に気づいてしまった。しめしめ、これで『ブスに映っている』方面からは完全に意識が外れたな。

「いろいろ突っ込みたい部分はあるでしょうけど、それは一度忘れて頂いて。エオンさんは少しプレイが真面目過ぎるんですよ。パスするにしてもドリブルするにしても、対象を注視しするから分かり易い。もっと試合中に記者席を見るとか、ゴールや味方の位置を周辺視野だけで確認してボールを入れるとかしても良いですよ」

 そう言う間にほぼ見られる事が無かった映像が終了した。面談終了の合図だ。

「エオンが……真面目?」

「周辺視野ですか……」

 とは言えもう少しだけなら時間はあるだろう。俺はそれぞれ考え込むエオンさんとナリンさんに微笑みかけ、ふと遠い方の席で何かの瓶を見つめているシャマーさんの方を見た。

「え? なにっ?」

「シャマーが何か?」

 つられて2名のエルフがキャプテンの方を見ている間に俺は彼女達がテーブルの上に置いている手の甲にお茶が入ったカップをそっと載せた。

「はっ!? うっ動けませーんっ!」

 いや逆の手でカップを取れば動けるやろ。

「ショーキチ殿、これは一体?」

 ナリンさんも手の内というか手の上のお茶を恐る恐る、といった感じで見つめる。

「いや、お茶の方じゃなくてね。その前です」

 少し遊びを入れた事が蛇足になったな、と反省しながら俺は続ける。

「視線のフェイントの一つ。『あっち向いてホイ』ってヤツです」

 俺はそう言った後、天井に止まった蠅でも見つけたかのような表情で上を見た。再びエオンさんとナリンさんが同じ方向を見た隙に彼女たちの甲からカップを除ける。

「あ! なるほど……」

「なになに!? ナリンだけ分かってないでエオンにも教えてっ!」

「私たちはショーキチ殿が会話の途中、何気なく向いた仕草につられてそちらを見てしまったでしょう? それと同じ事をプレイ中にもやってみてはどうか? ということ。例えば顔をぜんぜん違う方向に向けてパスを出すとか」

 ナリンさんは手短に俺の意図と概要をエオンさんに説明する。流石だ。俺なら『元はボクシングの輪島さんの必殺パンチで……』とか余計な注釈をつけて話を長引かせてしまうところだ。

「そんなことできるかなぁ……」

「まあ確かに、失敗すると恥ずかしいし精度にも欠きます。それになにより、演技力と度胸が必要ですよね。ただ……」

 俺の言葉の最後の方を聞いて、エオンさんが顔を輝かせた。

「エオンには演技力と度胸があるっ! だってアイドルだもんっ!」

 エオンさんは椅子から飛び上がり、また両手の指で自分の顔を指さしながら叫んだ。

「(そうです! でもちょっと声を抑えて……)」

 なんだうるさいなあ! と誰かが寝言の様に呟く声が聞こえ、俺は慌てて小声で彼女を制止した。

「(ナリン! 明日から全体練習後、付き合ってくれるっ!?)」

「(ええ、もちろんよ!)」

 エオンさんがそう囁くとナリンさんも力強く囁き返す。うん、どれだけ性格が変わっていてもデイエルフのお嬢さん達は基本、スポ根精神で扱い易いなあ。先生、じゃなくて監督ちょっと心配です。

「(じゃあまあ、そういう感じで……)」

 心配ではあるものの、良い感じで終わった。そして夜もかなり更けてきている。あと少し面談未完了のメンバーが残っているが、今日の分も終わりにしよう。

 エオンさんを席に送り返し、俺たちはそこで眠りにつくことにした。

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