第318話
『死んじゃう死んじゃう! あ、タッキ!』
エルフの鋭さと人間のパワーを併せ持つハーフエルフ、ルーナさん全力のシュートを至近距離で喰らう事は『死』を意味する。FKの練習でも壁に入る事は一種の罰ゲームとして扱われているくらいだ。
エルエルはその弾丸が自分に当たる事を想像し怯え、ついでその軌道が壁に入ったタッキさんへ向かう事に気づいた。
しかし当のタッキさんは薄ら笑いを浮かべ瞬き一つせず、近づいてくるロケットを見つめていた。
「いったな」
逝ったでも行ったでもない。射ったと確信して俺は呟いた。
「よっト!」
先程まで壁に入ったインセクターと押し合いへし合いしながら鋼の足腰で踏ん張っていた武術家は、今度は信じられない柔軟性を見せて後ろに反り返り、高速で飛んできたボールを避けた。まるでそう、映画「マトリックス」でエージェントが撃った弾丸をのけぞって避ける主人公の様に。
『うわぁぁ!』
凶器と化したボールがタッキさんの胸部に突き刺さる幻覚を見たか、エルエルが悲鳴を上げる。しかし現実では無回転の球体はタッキさんのユニフォームにすら掠らず、壁のど真ん中を抜けてアロンゾ選手の守るゴールへ向かっていく。
「バアアアン!」
今度はギリギリ、ボールから聞こえてもおかしくはない音だった。だが剣呑さではタッキさんの肘打ちと似たようなもの。蹴り出された時のエネルギーを殆ど失っていないそれは、GKの手を弾き飛ばして……ゴールネットへ突き刺さった!
「ピピーッ!」
「よっしゃあああ!」
審判さんがゴールを認める笛を吹いたのを確認し、俺は拳を突き上げアローズサポーターが陣取るゴール裏方向へ数mダッシュして両手を上下に振って煽る。
インセクターが大半で殆ど歓声の無いこのスタジアムでは、彼ら彼女らしか盛り上げてくれる存在はいない。
「ショーキチ、決めたよー!」
その背に、FKを蹴った時の勢いそのままにルーナさんが飛びつき、おんぶするような形になった。
「ナイス、ルーナさん! ロベカルみたいなFK!」
俺は左手で彼女の左足を抱え――殊勲の左足だ。敬意を払わなければ――右手で俺の顔の左側にあるルーナさんの頭を叩いて髪をくしゃくしゃにした。
「やったよ……ちゅ」
「ん!?」
そう呟く唇が、俺の唇ギリギリ左端に吸いつき小さな音を立てる。これは……そう、ゴールを決めた興奮のあまりってやつだ。そうだよね?
『ルーナ! お前なら決めると思ってたぜ!』
『あの蹴り方、教えて欲しいっす!』
悩む間もなくベンチのティアさんやファーで待っていたクエンさんらが追いつきもみくちゃになる。
「エルフ代表、早く戻って。まだ時間はあります」
その場に審判さんが来て解散を促す。そうだ、アディショナルタイムはまだあった。
「みんな戻って! 勝ち点1じゃなくて3を狙うよ! あ、タッキさんもナイス!」
俺が言うまでもなく選手はピッチへ戻りつつあり、最後にタッキさんとも握手して俺はベンチ前へ駆け出した。
コーチ陣の元へ戻った戻った俺はジノリコーチやザックコーチとハイタッチを交わしつつメインスタンドの方を見上げる。仲間たちと作った新作セットプレイ『マトリックス』。仕組みは壁に紛れ込んだ味方が開けた穴を弾丸シュートでぶち抜く、という単純なモノだがキャッチに自信があり過ぎるGKアロンゾ選手の特徴と、特殊な体術を持つモンクであるタッキさんの個性を考慮し、ニャイアーコーチとザックコーチの助言を取り入れつつ作った作戦だ。
「彼女ならキャッチしようとして抜けるか、最悪でもファンブルするよ」
「タッキなら避けられる。或いは直撃しても死にはせんだろう。モンクの腹筋は伊達ではない」
とはその両コーチの談。
「にっひっひ。くやしいのうくやしいのう」
見上げた貴賓席ではボクシー女王が俺でも分かるほど明確に――人間の女性がやるように下唇を噛み憎々しげにこちらを睨んで――悔しがっていた。
実の所、状況としてはまだ同点だ。だが1点リードし優位にも試合を進めていたホームチームが終了間際にセットプレイ1発で追いつかれるというのは、まあまあある事とは言え受け入れ難いものだろう。
その上、彼女も俺も分かっていた。あのように言ったものの手堅いインセクターと同点にするのに力を使い尽くしたアローズでは、これ以上なにも動きようがない。
数分後、試合は2-2のままで終了を迎えた。
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