第286話

 普及部とは何か? を語るには先にスポーツチームの存在意義について定義しなければならない。この世界にとって無縁な面から言えば、例えば母体となる企業の広告塔の役割を果たすとか商品開発の実験の場になるとか。或いは国家地域団結の象徴だったりただ単に見るタイプの娯楽の一つだったり。

 一方で「運動に関する知識や場を提供し住民の健康的な生活を補助する」のも重要な役割の一つだ。医療費や健康保険費が財政を圧迫するのに困った政府や生命保険の会社が、日常的な運動を国民や社員に習慣づける事でそれを軽減させようとする、そして実際に効果を上げる、みたいな事もある。

 で不肖ながらこのショーキチめが、エルフ王家に変わってサッカードウを広く普及させる事によって国家の財政の健全化に一役買おうという訳である……なんちゃって。

 嘘です。いや完全に嘘という訳でもないけど。俺が普及部を立ち上げ活動を行わせる一番の理由は、あらたなファンやエルフ材人材の育成発掘である。

 サッカードウに触れた事がないエルフ、観る事はあるがプレイした事はないエルフ、これからの何十年で何をしようか迷っているエルフ……。そんなエルフたちにサッカードウをお勧めし、ファンやプレイ人口ならぬエルフ口を増やしたいのだ。

 既にスカラーシップという重要な育成プランもある。だがアレはエリートの選抜育成システムであって、言ってみれば畑で一番立派な作物を特製のビニールハウスへ植え替え手塩にかけるもの。一方、普及活動は畑の面積そのものを増やし種を撒き、収穫量そのものを増やしその中にまた逸品が現れる、現れなくても養分になるのを期待するプランである。

 ファンとか、プロを目指したけど挫折した選手を『養分』と呼称するのも非常に失礼な話ではあるが。だが一将功なりて万骨枯る、一人の成功者の裏には必ず多数の挫折者がいる。むしろ裾野が広くなくては高い山は築けない。それにこちらはサッカードウを生涯スポーツとして普及させる意図と用意がある。養分の皆さんを本当に腐らせて吸い取るだけのつもりなどない。

 そうそう、『生涯スポーツ』と言ったがエルフの生涯は非常に永い。だから今から種蒔きをして少女にサッカードウのプロを目指して貰っても、その娘が大人になる頃は俺はもうお爺さんだ。収穫は間に合わない。

 だがエルフの人生設計は人間とは違う。永い寿命の中で幾つものテーマを決めて様々なモノを研究――これは魔法を使うドーンエルフだけの話ではない。デイエルフたちも弓以外の武具や武術、或いは特定のモンスターの倒し方や地方の冒険を極めようとする――していく。もしそのテーマとして『サッカードウ』を選んで貰えたら、俺の存命中或いは監督在籍中にそのエルフを選手として召集する事だってあるかもしれない。

 そんな訳で俺はアウェイ2連戦で不在の間、ノゾノゾさんとブヒキュア、そしてチームに帯同しない選手たちに普及活動を頑張って貰おうとしているのである。


「故障を抱えている選手や課題があるエルフは、残ってリハビリやトレーニングに集中して貰っても構いません。或いは、家を離れているなら実家に顔を出す事を推奨します。本当は内緒だけど、何名かの親御さんから寂しそうな手紙も貰ってますからね」

 俺が前口上を述べると、何名かのエルフが忍び笑いを漏らした。実際、今回クラブハウスに残る選手は若く試合出場も少ない選手が多く家族にとっては手元にいない、でも試合に出てる姿も観られない、で心配なのだ。

 もちろん俺はそういう手紙には丁寧な返信を送っている。そしてほんの小さな事、例えば今日は練習試合でゴールをしましたよ、とか朝早くから筋トレに励んで偉いです、とか様子を書くようにしている。いや書いているのは原案だけで、内容の精査やエルフ語への翻訳はナリンさんや事務員さんに手伝って貰っているけど。

「ただ普及活動では学校だったり辺境の村だったりにも行って貰いますが、個人的にはそこで自分個人のファンを増やしたり、未経験のエルフにサッカードウを教えたりする事は学びが多くてめっちゃ有意義だと思います。子供相手にプレイすると新しい発見がある……のはみんな分かってますよね?」

 これにはみんなも静かに頷いた。俺が練習で操る子供たちのチームに、彼女たちは何度も苦汁を飲まされているからだ。

「あと親御さんに出す手紙に書くネタが増えて俺が助かります」

 再び小さな笑いが起き、選手たちの表情も和らいだ。多少、狡いがデイエルフさん相手に家族関係をイジるのは鉄板で笑いが取れて楽だ。

「具体的には何をすれば良いんですか?」

「場所と日取りはもう決まっていますか?」

 笑っている間に緊張も解けてきたのだろう、幾つか質問の手が上がった。

「基本的には使い古しのボールやユニフォームを寄付して、ついでにサッカー教室を開いて貰います。ただもし喋りの面で不安があるなら……」

「僕たちの出番! って訳だね!」

 ノゾノゾさんが絶妙なタイミングで言葉を継いだ。

「そうです! ありがとうございます。ノゾノゾさん、ナギサさん、ホノカさんにはその補助をお願いします。まあこの三名しかいないのでアシストがつくのは三カ所と言うことになりますが」

 その俺の言葉を聞いて選手たちの間に少し、ざわめきが起きた。まだ知り合って間はないが、この三名のコミニケーション力の高さは彼女たちにも知れ渡っている。一緒に行けるならこれほど心強い味方はいないだろう。

「で、これが開催場所と仮の日付です」

 俺は魔法のスクリーンに地図を表示させる。

「みなさんの出身地や王都からの距離などを考慮して暫定で割り振りを考えてきてますから、後は微調整を……」

「そういうの、まどろっこしくね?」

「女なら一発勝負! これっしょ!」

 ナギサさんの割り込みに続いてホノカさんが胸の谷間から何か、を取り出した。

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