第271話

「リーシャおねえちゃん!」

「あらデレク、久しぶり!」

「ポリンちゃんそのごようふく、かっこいいね!」

「ブリン!? どうしたの?」

 戦術練習日の後半、グランドになだれ込んだ子供達を前に旧交を暖めていたのはリーシャさんはポリンさんだけで、他の選手たちはただその光景に圧倒されていた。

「なんだ、このガキどもは!?」

「45人も入るとフィールドも手狭ですわね」

「ムルト会長、この短期間で数えたのだ……凄いのだ……」

 DFラインの面々も固まって語り合う中、その長が魔法でふわっと浮かび上がり子供達の頭上を器用に飛び越えて俺の元へ来た。

「ねえねえこの子たちどうしたの? ショーちゃんの隠し子?」

「違うわ! この子らはみんな、今日明日の練習の対戦相手です」

「あー! もしかして……」

 何名かが俺とシャマーさんの会話を聞いて疑問を浮かべる中、クエンさんが子供達の背中を覗き込みながら言った。

「いつぞやみたいに、坊ちゃん嬢ちゃんたちに秘密の番号を割り振って、ショーパイセンが上から操るんすか?」

「クエンさん惜しい! でも方向性は合ってます」

 クエンさん、ゾーンプレスを初披露した時の事を覚えているんだな。嬉しいな。更に間違ってはいるが仮説を元にもう対策を考え始めている。この子は良いレジスタになりそうだ。

「みなさんは、この子たち全員と戦って貰います」

「つまり……この子達が代わる代わる対戦相手になって、私たちが休む間もなく試合を続けるのですか? デス90の様に?」

 老いも若きにも大人気なお姫様、ダリオさんが周囲に国の未来の象徴たちを侍らせながら訊ねた。何と言うか国家の大黒柱さんは、考え方のベースがブラック企業寄りスパルタでおいたわしい……。

「いいえ。言った通り全員とです」

「してそのこころは?」

「つまり、11対45で」


 集合体恐怖症あるいは群体恐怖症という言葉がある。学術的に正式なものかは知らないが、昔のネットで『蓮コラ』が流行った時に注目を浴びた、

「何か細かいものが狭い所にみっちり集まっているのが気持ち悪い」

感覚……と言えば分かるだろうか?

 11名の大人のエルフVS45名の子供のエルフの試合が行われ、ボールに群がる無邪気な少年少女の――主に頭部の――姿を見て、俺はそんな言葉を思い出していた。

「思ってたよりグロいな……」

 自分で集めておいて失礼な話だが、例によって上のバルコニーから試合を眺める俺はそう呟かずにはいられなかった。

「うわ、きりがねえ!」

「前、ボール見えなくても走って!」

 しかし、ピッチレベルでこれを前にしている選手のパニックは俺以上であろう。一人二人をかわしても、三人目四人目が来る。さっきあったパスコースやスペースがもう無い。無軌道にボールを奪いにくる子がいれば、サッカードウそっちのけで草の上の虫を見つめて立ち尽くす子もいる。

『カオスな状況を味わい実戦感覚でシンキングスピード判断の速さを育みつつ、プレスを受けても怪我をしない』

手段としてこの練習を選んだ訳だが、思った以上にハードそうだった。

「今の、レイさんの突破は良かったです! 彼女の様に一人目は駕籠だと思って、二人目三人目にフェイントをかけて崩す事を意識して!」

「良く逆サイド見えていたのう! 今みたいにボランチがターンできる時は教えてやることが肝心じゃ! 今のはコーチングが良かったから逆に出せたのじゃ!」

 そんな厳しい状況の中、所々ではゲームを止めてコーチ陣がアドバイスを送っていた。ゲーム形式だと殆ど止めない監督もいれば、このようにすぐ声をかけるタイプもいる。サッカードウにおいてどちらが正解という事もないが今日のトレーニングでは止めて、しかも褒めて、というやり方が相応しいと思ってそう、コーチ陣にお願いしていた。

 何故なら即興性を養うのは手段であって目的でないからだ。サッカードウをする上での目的はあくまでも相手に勝つ事であり、相手より得点を獲る事である。その為には何が得点を獲る上で良いプレーであるか? をチーム内で共有しなければならない。そしてそれをはっきりさせる為には……良いプレーがあったら直ちにそれを指摘する事である。

「楽しそうなことやってんじゃん!」

「あー子供達は元気いっぱい! って感じー。きゃわわ!」

 そんな深イイ感じの事を考え、自己評価では渋い顔をしている俺に軽い声をかけながら、二人の人物が近寄ってきた。

 一人は金髪褐色肌で、もう一人は黒髪色白だ。どちらも布面積の少ない派手な色使いの服を着ていて身体の発育も良く、色んな意味で目に刺激が強い。

「あの……どちら様ですか? ここは部外者立ち入り禁止ですが」

 お化粧もバッチリだがおそらく素もかなり美人だ。俺は少し緊張しながらも責任者として毅然とした態度で注意した。

「なに言ってんのオタくん受ける~」

「でも仕事モードの時はそんななんだ。ちょい惚れたかもー」

 二人は笑ったり艶めかしい目で俺を見たりしながら俺の言葉を受け流した。その態度にふと思い当たることがあって、俺は半信半疑ながらも口を開いた。

「え……もしかしてナギサさんとホノカさんですか?」

「あったりまえじゃん!」

「呼んだのオタくんでしょ? 子供多いからって」

 二人は投げキッスとウインクを俺に投げかけながら答えた。

「なんなんすかその姿……!」

「面倒だけど変身、解いちゃった」

「子供が怖がるしねー」

 確かにそうだ。そう、と言うのは子供がたくさんくるので相手するのに馴れているらしいナギサさんとホノカさんを呼んだ、てのとオークを見たら子供たちが怖がるかもしれない、て事だ。

「ふっ、普段のアレは変身した姿だったんすか!?」

「そうだよ? ブヒキュアは変身するものじゃん?」

「ウチらはその変身をあと2回残している、てね!」

 俺が震える声でそう訊ねると二人は笑顔で答え、そっと耳打ちした。

「あとの2回は夜のベッドでね?」

「恥ずかしいけどオタくんには見せちゃう……」

 そう言ったのち意味ありげに笑う二人を見て俺はサンダー監督のあの時の笑顔を思い出した。


 俺は再び彼女にハメられていたのだ。


第十五部:完

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