第248話

「人の嫌がる事を進んでやりましょう、だな」

 よくネタにされる標語を俺が呟く間に、ボールはレイさんの左足で弾かれて離れた所にトラップされた。

『チャンスだブヒ!』

 カウンター対策の守備要因として残されていたオークMFがそれを見て一気に距離を詰める。脳裏にはさきほど自分たちのキャプテンがレイさんを吹き飛ばしたあのシーンがあったのだろう。

『チョロいで!』

『ブヒィ!?』

 だが両者の中間くらいにあったボールは、まるで意思でもあるかのようにするするとナイトエルフの足下へ戻っていった。

「ドワーフ戦の方は頭になかったか……」

 あのドワーフGKを交わし鮮やかに先制点を上げた時のように、レイさんはボールに回転をかけて移動させるのが得意なのだ。前回はドリブル時、今回はトラップしかも左足で……という部分は違うが。

『よーい、ドン!』

 藍色の肌のファンタジスタは中途半端な位置でブレーキをかけたオークMFの背後へボールを蹴り出し一気に加速した。

 その時点ではボールへの位置は困惑する豚面の方が近い。しかしレイさんは初動でまだ反転途中の哀れなMFを抜き去り、加速しながらボールを拾うと今度は殆ど足から離さずドリブルを開始する。

『いけえええ!』

 ここまでフラストレーションうっぷんが溜まる展開が続き、それでも声援を送り続けていたサポーター達が一気に沸いた。明け方の暗闇に刺す朝の光のように、レイさんのドリブルが手薄なサイドを切り裂いていく。

 だが……

『レイ殿、背面でござる!』

 唯一、レイさんより前方におり彼女からパスを受けようとしていたリストさんが警告の声を上げた。

『リーシャちゃんのいないエルフ代表に……負けられないブヒ!』

 ペイトーン選手だ。恐らく自分の投げ入れたボールがキャッチされるのを見た時から帰陣の為に猛ダッシュし、レイさんのドリブルコースを読んで追いつける角度を計算したのだろう。彼女もまた異世界特有の希有な才能を持つサッカードウ選手ということだな……。

『きゃああ!』

 ペナルティアークすぐ外でペイトーン選手が斜めからスライディングタックルをしかけ、レイさんはボールと一緒に派手に吹き飛んだ。

「おい、危ないだろ!」

「ピピー!」

 俺は思わず立ち上がり、オーク代表ベンチの方へ叫ぶ。返答はサンダー監督の首を傾げる憎らしい姿と、審判さんの笛だった。

「オーク代表4番。イエローカード。エルフ代表のFKです。笛の合図を待って下さい」

 ドラゴンさんが舞い降り、ペイトーン選手に黄色いカードを示す。そしてレイさんになにやら声をかけるが、倒れた14番はうつ伏せになったまま痛そうに足をバタバタとさせていた。

「ナリンさん、医療班を……って足をバタバタ!?」

 俺はナリンさんに指示を出しかけ、彼女の微妙な表情に気づいた。

「あの、もしかして……レイさんのあれも?」

「はい、そうであります」

 ファウルを喰らって倒れた時、実は大丈夫だったら足をバタバタさせる。本当に痛くて治療が必要なら動かさない。それはナリンさんとシャマーさんとの間でのみ通じる秘密の合図であったが……。

『監督! レイは大丈夫なのか? 心配なのじゃ!』

 ジノリコーチがなにやら心配そうに叫んで俺の手を引っ張る。

「そっすか、レイさんもですか」

「はい。直々に伝授されたようで、『これは便利でええやん! ウチも使うわ!』と」

「はは……。じゃあコーチ陣にだけ周知しておいてください」

 またナリンさんの微妙に上手いレイさんの物真似に苦笑しつつ、俺はジノリコーチの手を彼女へ引き渡した。

「とは言え流石にキッカーは任せられないか」

 そう言いつつ改めてリプレイが流れるスタジアムの水晶球を見ると、レイさんはペイトーン選手の足が触れる前から飛び上がって死に体になっている。これ実はファウルを喰らった演技、シミュレーションじゃないか……?

「うげ、なおさら蹴れないな」

 ここでピンピンとした無事な身体でFKを蹴ったら審判さんへの心象が最悪であろう。そう心配する俺の気持ちが通じたか、レイさんはボールの位置に立つアイラさんポリンさんに声をかけ、足を引きずりながら壁の方へ歩いて行った。


「あー少し下がって」

 審判さんはそう言うと弱い稲妻のブレスを吐いてピッチに線を引き、空へ舞い上がり定位置へ戻った。地球ではバニシングスプレーというすぐに消える粉を出す道具で壁の位置などを指定するが、この異世界ではドラゴンが自前で出すんだよな。

『監督、あの位置ならこれがお勧めだ!』

 感心している俺の元へニャイアーコーチが近寄り、プレイブックのある部分を指さす。エルフ語は分からないが――ニャイアーコーチはフェリダエ族だが愛しのニャリン、もといナリンさんの為にエルフ語を覚えている。偉いなあ――意味する所は理解した。

「ええ、それで行きましょう!」

 俺がそう言って親指を立てるとニャイアーコーチは力強く頷いてピッチ脇へダッシュし、ジャンプしてから片膝を着いて着地した。さすが猫族、美しい跳躍だ。

『分かったのだ!』

『了解だよ!』

 それを見たアイラさんポリンさんが了承の合図を送る。そしてまた前方の選手へ指示を出す。そこで異世界の皆さんは、見たことないような光景を目にする事となった。

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