第244話
『お待ち下さい! 今のはこちらが先にキックモーションに入っていましたわ!』
アローズサポーターの大ブーイングを背にムルトさんが副審さんに詰め寄り抗議の声を上げる。他の選手達も一部はその場に加勢し、一部は倒れて痛がるオークのFWを囲んでいた。
「抗議は無意味だ、ナリンさん選手を下がらせて……」
そうナリンさんへ告げようとする俺の前を、いつの間にかボールを拾ったシャマーさんがオーク代表から逃げる様に走り去って行く。風景としては
「PKのボールを確保したい攻撃側の選手と、無駄な抵抗をする守備側の選手」
というよくある図式に過ぎないが、
「違うな。ナリンさんジノリコーチを呼んで下さい」
俺は指示を変更した。シャマーさんの表情の意味はこうだ。
『時間は稼いでやるから対策をとれ』
最終的には審判さんが上から舞い降りて事態は収拾を迎え、つつがなくPKが行われオーク代表が同点ゴールを上げた。いざとなればドラゴンの威光を使えるところがサッカードウの利点でもあるな。
因みにアイラさんの処遇はイエロカードで済んだ。背後からFWを蹴った形ではあるがさほど危険なファウルでも得点機会の妨害でもなかったからだろう。
「恐らく前半はロングスローで試合が殺されます。リストさんの上下動も負担なので彼女をボランチに下げて14321のクリスマスツリーで行きましょう」
その間を利用して俺はフォーメーションと作戦の変更を伝えていた。
「クリスマスツリー……でありますか?」
ナリンさんが不思議そうに訪ねるので俺はボードに配置を書いて説明を始める。
「FWを上にしてフォーメーション図を見た時に、その姿が木のように見える並びです。ロングスローのボールはヘディングでクリアしても思ったほど飛ばないしかといってサイドに逃げるとまたスローインでハメられるので、三名に増やしたボランチで拾うのを重視で。攻撃はもうカウンターしかできないので、FWのダリオさんとトップ下のアイラさんレイさんのドリブルに頼りましょう」
俺の言葉をナリンさんが通訳し、左右の並びやカウンターの優先順位についてジノリコーチが意見を加える。これでもしPKが決まらないとそれを選手達へ伝えるタイミングが難しくなるが、幸か不幸かボナザさんの手はオーク代表FWのキックを止めるには至らず、アローズのキックオフで再開するまでの間に指示が伝達された。
「思ってたより手札を切らされるもんだな……」
俺は思わず本音を漏らした。ドワーフ戦の戦術にせよ今のクリスマスツリーにせよ、こんなに早く、しかもぶっつけ本番で使うつもりはさらさら無かった。俺がこの世界の戦術レベルを見誤っていたか、俺がいろいろ持ち込んだ事で予想外の化学反応が起きてしまったか……。
いずれにせよ、それを考えるのは後だ。今は目の前の試合に勝たねばならない。俺は試合状況を注視しつつ、HTでチームに授けるロングスロー対策を脳内で練りメモに書き綴った。
そこからしばらく冷静に試合を見守ってみたが、アローズとオークのロングスローは一言で言えば相性は最悪だった。ここまで俺がエルフの選手達に植え付けてきたオフサイドトラップ、攻守の切り替えの早さ、ゾーンプレス等の主要武器は、オークの長距離砲戦術によって悉く無力化されたからだ。
まずルール的に言ってスローインにはオフサイドが適用されない。次に毎度、ボールがタッチラインを割る度に――遅延行為でカードが出ないギリギリの遅さで――ペイトーン選手が投げに向かうので試合のテンポは遅くなる。またオーク代表の攻撃はロングスロー一辺倒でボール保持を放棄するしスローインも短いのを使用しないので、エルフ代表がプレスで奪いに行くタイミングが無い。
これについては完全に俺の分析ミスだ。ただ強いて言い訳をするのであれば、視察してきた腕力のあるチーム、ミノタウロスやトロールといった面々が悉くロングスローを行っていなかったからだ。
いや正確に言えば、彼女らも試みた事はあるかもしれない。しかし両者とも言ってみれば強者のチーム。そのような奇襲を必要としないし、メンタリティにも合わないだろう。それになにより、己の持つ角や鉤爪といった身体的特徴が、ロングスローはおろかスローインそのものにまったくそぐわない。と言うか邪魔だ。
そういう意味では身体に余計なな突起物を持たず、腕力があり、固い守備からセットプレーでワンチャンスをモノにする事を狙うオーク代表がこのリーグでもっともロングスロー戦術に向いていた。むしろ昨シーズンまで使っていなかった事が意外だ。
ならば何故このシーズンから使い出したのか? というのを突き詰めて考えると、烏滸がましいがさっき考えたように「俺のせい」との推論が出てしまう。
いや、少なくとも今日このエルフ戦で披露される事になった理由は間違いなく俺であろう。オフサイドトラップを多用し、ドワーフ戦で一風変わったスローインを見せ、本来ならばリーシャさん対策に専念していたであろうペイトーン選手を結果的にフリーにしてこの戦法をとり易いようにし向けてしまったのだから。
つまりは自業自得ということだ。
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