第239話

「えっ、何?」

「あ、ここじゃん」

 選手達がざわめく通り、映像装置には今現在の観客席が映されていた。ゴール裏はアローズカラーの緑一色、そしてぎっしり詰まったサポーターの上には巨大な魔法のスクリーンが見える。

「それでは……本日のスターティングラインアップの紹介だぁ!」

 ノゾノゾさんの絶叫が響き、観客達の歓声と拍手が続く。やがてスクリーンに映像が現れ始めた。

「GK、背番号1。頼れるベテラン、百戦錬磨の守護神~! ボナザ!」

 ノゾノゾさんの声と同時にボナザさんの昨シーズンのプレイ風景が流れ、最後にア・クリスタルスタンド制作時に撮影した彼女のユニフォーム姿のバストアップ画像がデカデカと表示された。

「守護神!」

「「ボナザ!」」

「守護神!」

「「ボナザ!」」

 ノゾノゾさんがキャッチコピーを叫ぶとサポーターが選手の名前で応答する。この映像及びコール呼びかけ&レスポンス応答こそが、俺と演出部が時間をかけて仕込んできた――映像はともかくレスポンスなんてぶっつけ本番で出きる訳がない。サポーター達の中に潜ませたサクラとノゾノゾさんで練習してきた――ことの成果だ。

「DF、背番号2。ハードなロッカー、右サイドの雷鳴~! ティア!」

 同じくティアさんの映像が流れコールとレスポンスが続く。

「雷鳴!」

「「ティア!」」

「雷鳴!」

「「ティア!」」

「マジかよ……すげえ」

 その画面を見たティアさんの目は明らかに潤んでいた。以下、同じ光景が次々と繰り返される。

「DF、背番号16。チームの頭脳、ゴール前の金庫番~! ムルト!」

「DF、背番号17。策士にしてキャプテン、DFラインの魔術師~! シャマー!」

「DF、背番号6。静かな暴れ馬、左サイドの稲妻~! ルーナ!」

「MF、背番号19。心優しき猟犬、中盤の守護騎士~! クエン!」

「MF、背番号7。黄金の右足、魔弾の射手~! ポリン!」

「MF、背番号13。鋭利な左足、左サイドの半月刀~! アイラ!」

「MF、背番号14。若き天才、ヨミケの太陽~! レイ!」

「FW、背番号18。規格外の怪物、旋風の二刀流~! リスト!」

「FW、背番号10。アローズの象徴、気高き戦姫~! ダリオ!」

 その映像を見て涙ぐむ者、隣のチームメイトと抱き合う者、気合いを入れて頬を叩く者……反応は様々だったが、みなそれぞれに感銘を受けてくれたようだった。

「これは……全部ショーキチ兄さんが準備してくれたん?」

「いや、俺とスタジアム演出部がね。ポチットな」

 レイさんの質問に答えながらも俺は操作を行う。実はこの後まだサブのメンバーと監督の分もあるのだが、時間も無いし恥ずかしいし申し訳ないが装置を止めさせて貰った。

「このメンバー紹介は今後ホームゲームで毎回、流す予定なのだけれど、君たちは試合直前で眺める暇がないと思ってね。今日は開幕戦だしせっかくだから観て貰おうと思って。どうだった?」

「感動しました!」

「気合い入ったっすよ!」

 俺の問いに選手が続々と感激を口にする。ステフが考えたやや中二病の入ったキャッチフレーズも含めてどうやら気に入って貰えたようだ。

「そんな訳で今の風景が俺とサポーター達からの気持ちの全てです。じゃあ最後にキャプテンから一言」

「はーい」

 例によって締めの言葉をシャマーさんにお願いする。見たところ彼女については今の感動的な映像で心が大きく動いた様子はない。悲しいような頼もしいような、だ。

「今日は開幕戦で色々あるけど、みんな本質を見失っちゃだめよ」

 シャマーさんはそう言うとキャプテンマークの上に巻き付けていた襁褓を手に取った。

「この試合にはショーちゃんがオークのパパになるかどうかがかかっているんだからね!」

 心が動くどころではない。決して「深イイ話」では落とそうとしない女の姿が、そこにはあった。

「1、2、3、バブーで気合い入れるよ? 1、2、3……」

「「バブー!」」

 アローズの皆が襁褓を手に取り頭上に掲げ、ときの声を上げた。コウノトリ目の朱鷺ではない、鬨である……て分かっとるわ!

「焦らず驕らず! 赤ちゃんのように無垢な気持ちで闘いましょう!」

 なんとも恐ろしい事に、ナリンさんまで上手いこと言いながら声をかけ、選手達は彼女に背中を叩かれながら出て行く。

 いやまあ柏レイソルのサポーターには昔、最前列でパンツ一丁になり敬礼しながら選手入場を見守る「ブリーフ隊」というグループがいて、同じく「赤ちゃんのように無垢な気持ちで戦え!」というメッセージを送っていた――なお、「大の男達がオムツ一丁で立ち並ぶのは流石に……」という理由でオムツからブリーフになったと言われている――という伝説もあるし、完全に俺イジりだけではないかもしれないが……。

「ショーキチ殿、これだけあれば大丈夫ですね!」

 ナリンさんは選手が出て行く際に彼女に預けていった襁褓の山を手に微笑みかけてきた。いやちゃうな! これ10割、イジりやな!

「もともと必要ありません!」

「あ、子種だけ与えて子育てには参加しないタイプ?」

「違います!」

 否定しつつもそれだけだと『育児に参加します』と言ってるだけだと気づいて困ってしまう。

「ナリンさんまで……意地悪です」

「すみません。楽しくなっちゃって」

 ナリンさんはそう言うと軽く舌を出して選手達の後を追う。くそっ、可愛いかったら許されると思うな! ……許してしまいそうだ。

「ほっほっほ。可愛い奴らじゃな! あそこまでされると許してしまうのう!」

 ジノリコーチが愉快そうに笑いながら言った。てかドワーフさん、人の心を読まないで貰えます!?

「何か俺、舐められ過ぎてません?」

「違うぞ。信頼されているんだよ」

 今まで間違っても舐められた事が無かったであろうザックコーチが、ミノタウロスのたくましい腕で俺の背中を叩きながら慰めてくれる。

「だと良いのですが」

「口には出さなくてもプレーで見せてくれるさ。さあ、行こう!」

 ニャイアーコーチまで優しく声をかけてくれた。そうだな、サッカーでは結局、プレーが全てだ。

「はい、行きましょう!」

 そう号令をかけて、残った俺たちコーチ陣も選手達を追ってコンコースへ向かった。

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