第225話

「ぶはは! なんだよショーキチ、その顔!」

 監督室に入ってくるなり、ステフは俺の顔を見てゲラゲラと笑い声を上げた。

「うるさいなあ」

「前はナリンちゃんで次はショーキチ、おまえ等コーチ陣って順番に鉄仮面つける決まりでもあるのか?」

 俺は鼻の防護面を触ろうとするステフの手を振り払い、椅子を指さして座るように促す。

「早く座ってくれよ。今日は議題が多いんだからさ」

「良いけど教えてくれよ。それ、次の試合でもつけんの? つけるなら原稿変えなきゃ!」

 ステフはわざとらしく鞄からメモの束を取り出して言う。こいつ、本当に人の弱みにつけ込むのが上手いなあ。

「試合の頃には治っているから要らないらしいですよ? 自分としては、一度ショーキチ殿にも仮面をつけて試合へ挑む高揚感を味わってみて欲しかったのですが」

 ナリンさんもステフに同調するかのように笑う。もっとも彼女の笑い声はステフのと違って不快ではない。むしろ嬉しいくらいだ。

 なにせ俺の負傷と経緯を知った時の怒りようといったらもう、ザックコーチが尻尾を丸めて逃げるようなものだったらしいから……。


 あの時。レースの終盤、油断して自分の船の帆に顔面を強打された俺は、鼻血を吹きながら湖面に吹っ飛んだ……らしい。

「その姿はさながら、エッチな風景を見てのけぞるコメディ寄りエロ漫画の主人公みたいやったで!」

とはリーシャ号からそれを見ていたレイさんの言葉だ。

 これだけエロ可愛いエルフに囲まれて平気なのに船には一発なんやな! とレイさんは余計な事を付け足したが、やらしいものを見て鼻血を出すのはフィクションの中だけだよ? と反論する気にはならなかった。

 ともかく。俺はそんな感じで落水し、見ていたエルフ達は一斉に色めきだした。恥ずかしい話、俺は救命道具ライフジャケットをつけていなかった――わざわざ作って貰った張本人なのに。医者の不養生、紺屋の白袴というヤツだ――のだ。 

 すぐに飛び込もうとする者、慌てて手当たり次第に浮きそうな物体を投げ入れようとする者、魔法で一帯の水ごと宙に持ち上げようとする者。そんな混乱の中で一陣……いや二陣の風が俺の落ちた付近に飛び込んだ。

 ユウゾさんとヤカマさんだ。アローズの皆が誰も気づかぬ間にボートで近寄っていた俺の釣り仲間たちは、慣れた動作で俺を救い出すと船上に引き上げあっさりと救命措置を行った。

 リストさんにとって残念ながら人工呼吸マウストゥマウスは行われず、俺はあっさりと意識を取り戻した。

「俺のディードリット号はどうなった?」

 回復してすぐの、俺の第一声はそれであった。

「馬鹿!」

「心配したんだよ!」

 近寄ってきたティア号リーシャ号の上からそんな声が降り注いできた。これは試合中に内臓破裂の負傷を負い、病院で手術後目覚めた時の本並さんリスペクトの台詞なのだが彼女達には通じなかった。

 というか彼女たちの大半は涙を浮かべていた。

「いや、実は接触事故があるかもしれないから、と思ってユウゾさんとヤカマさんにブイの近くで待機して貰ってたんにゃよ?」

 選手達を安心させようとして事情を説明しようとしたが、溢れ出た鼻血が口に入って上手く話せなかった。俺は直後に魔法で緊急搬送されクラブハウスでまた一悶着あり……一晩経ってようやく落ち着いて今、という感じてあった。


「ところで原稿って言ってたけど、現状どんな感じ?」

 俺は何とか話を元に戻そうと言った。何せ議題は多いのだ。

「原稿の進捗は順調だ。なにせスワッグのトモダチ手帳を下敷きに使えるからな。逆にDJの選抜は難航してるなあ」

 ステフは鼻をポリポリと掻きながら言った。俺も釣られて鼻を触りかけるが、保護具に阻止される。

「確かに原稿は読む本人が作った方が良いとは思うんだよ。気持ちが入るから。でもDJが決まってからだと間に合わないからさ」

「いや、その判断で良いから心配しないでくれ。大丈夫、この方面についてはステフを全面的に信頼してるから」

 俺のイラッとした仕草を勘違いしたかステフが弁解めいた言葉を口にする。単に仮面が邪魔だな、と思っただけで別に彼女の差配に異議がある訳じゃない。俺は安心させようとフォローを入れた。

「そっ、そうか?」

「そうですよ、スタジアム演出部長殿!」

 ナリンさんも優しい声でステフを新しい役職名で呼んだ。

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