第216話
キックオフセレモニーが終わって開幕戦までは残り2週間となった。開幕戦もリーグ戦の中の一つの試合とみなして平常の準備で迎える方法もあるだろうし、特別な練習をして挑むチームもあるだろう。サッカードウにおいて完全な正解というものはない。
とは言え現実的に言って何週間もかけて一つの試合に向けての用意が出来る機会は、リーグ開始後には滅多にない。しかも今回はホームで開幕戦を迎えるので移動や宿舎の事を考えなくて良い。俺はオーク戦の為に念入りに調整を行い必勝の構えで挑むつもりでいた。
闇雲に全ての練習を増やせば良い、というのではない。多くの木を刈るのであれば、先に時間をかけて
突然だがここで少し、学校の特殊教室を思い出して欲しい。工作室、理科室、視聴覚室……。それらには大抵「○○準備室」という小部屋が隣接し、その中には道具や資料が所狭しと並べられ申し訳程度に椅子や机が置いてあったりしたよね? 俺はその手狭な部屋が大好きだった。
で、このアローズのクラブハウス「エルヴィレッジ」にも当然そういう部屋が存在する。俺は明日の練習に備え作戦室に隣接する作戦準備室で資料をまとめていた。
「いやー落ち着くなあ」
俺は椅子の背中に大きく体を預けながら延びをする。資料の劣化を防ぐ為に小窓にカーテンがかけられた薄暗い部屋は、俺の欠伸の音すらも吸い込んで静寂に包む。普段、忙しくて賑やかで刺激の多い日々を過ごしていると、たまにこういう暗くて静かで狭くて、ついでに言えば読んだり観たりするものがたくさん並べられた部屋に篭もりたくなっちゃうんだよなあ。
「あ、あれも出来るか。しかしどうやって説明したもんか……」
俺は手にした資料を机に置き座ったまま別の棚に手を伸ばそうとして……隣室の足音を聞いた。
「最後に入った子はちゃんとドアを閉めるんだぞー」
続いてドヤドヤと数人の足音が続き、最後にそんな声が響いた。
「(コーチの誰か……じゃないよな? 俺は準備室にいるって伝えてあるしなんかちょっと変な声だし。誰だ?)」
音の篭もり方に少し不安なものを感じて、俺は忍び足で準備室と作戦室をつなぐ扉に近づき、ドアについた小窓からそっと中を覗き込んだ。
「(はぁ!?)」
そこには頭からシーツの様なモノ被ってお化けのようになっている、何名もの人影があった。
「揃ったな。じゃあ座ってー」
どうやら司会進行らしいお化けが壇上に立ち、一堂を見渡す。そして高らかに、とんでもない事を宣言した。
「それではただ今より、『ショーキチの子種流出防止作戦会議』を開催する!」
「何を言っているのだ、お前は」
と心の中のミルコ・クロコップが呟いたが、俺自身は開いた口が閉まらなくて固まっていた。ちなみにそのクロコップさん、母国のリーグでチームに所属し選手としてベンチに座った事もあるんだよ。知ってた?
「最初はブレスト方式でいくぞ。みんな自由に発言して良いが、決して他者のアイデアに意見をしたり批判を行っては駄目だ。実現性を討論するのは後半からで良いからな。適当なタイミングでアタシが声をかける」
ほう司会さん、それはなかなか良い進行だな……。じゃなくて! 謎のお化けさんたち、一体なにを話し合うつもりだ!?
「手っ取り早くアイツを
一人? のお化けが手を上げかなり残酷に、そして後半は悔しさを交えて言い放った。てかEDにするってなんやねん! ペレがCMしてたので知っていたけどそんな簡単な問題じゃないんだぞ!?
「不能にするなら方向性を変えてよ、魔法で子種だけ死滅するようにしてやっても良いんじゃねえか? そしたら今後はアイツも避妊を考えずにやりまくれて、むしろ感謝するかも、だろ?」
二人目は良く通る声で、しかし同じくらい冷酷な事を言った。へーこっちでは魔法でそんな事も出来るんですね、便利だ……て言うと思ったか!
「はーい! えっとぉ。実際にショーちゃんがオークと寝てもカスしか出ないように、前日に私が搾り取るのが良いと思いまーす!」
三人目がそう朗らかに宣言すると流石に全員がどよめき質問の手が上がった。
「それは魔法で?」
「ううん、物理で。私が体を張って」
そのやりとりで一気に抗議や疑問の声が挙がる。司会が慌ててまあ冷静に、と宥める中すっと手が上がって4人目が指名された。
「私はもう少し穏便に、魔法でショウキチさんの子種を採取して王家で保管する事を提案します」
ちょっとお姫様、穏便って言葉の意味を知っています? オンビンって韓国の
「えーっ! それは職権乱用ならぬ王権乱用じゃない?」
「そうだそうだ!」
俺の推測を裏付ける様に他のお化けたちがお姫様っぽいお化けを非難し、再び会議が荒れる。
「じゃあさ。間をとって前の晩に希望者全員でショーキチから搾り取れば良いんじゃない? 地球には『
ここで今まで殆ど発言してなかった5人目が初めて発言を行った。いやさ、それ間をとってる? あとクラマさん、娘に何を教えてるの!?
「それは良い案だけどその中でも順番どうする?」
「希望者と言いますけどどこまで声をかければ?」
「そもそもアイツに複数相手する体力あるのか?」
三度、会議が踊り出す。事ここに至って遂に俺の忍耐は限界に達した。
「そんな事を悩む暇があったら、俺が教えた事をもっと真面目に練習して下さい!!!」
ドアを一気に開け放ち部屋に突入し大声で叫ぶ。議論が白熱していたお化けさんたちは、俺の乱入の直前まで気がつかず一斉に飛び上がった。
「うそ!?」
「聞かれてた!?」
「やべえ、逃げるぞ!」
お化けさんたちはとても、シーツを被った状態とは思えぬ早さで作戦室から逃げ出していく。俺に彼女たちを追いかける気力は、全く残っていなかった……。
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