第195話

 

 老将ポビッチ監督はそのままピッチ脇に崩れ落ちる。

『監督ー!』

 ティアさんの身体が視界を遮っていたのだろう。全く防御姿勢をとれていなかったポビッチ監督は、駆け寄るドワーフ代表コーチの腕の中で泡を吹いていた。


「うわ、エグ……。シュート力、上がってませんか? やっぱFW続けても面白かったかも」

『シュート力を上げる練習もしてたの? ニャイアー?』

『そう言う訳ではないが……。FW時代は長距離のキックを蹴る機会が少なかったので重点的に練習させたし、フィジカルも全体的に上がっているからね』

「結果として上がったそうです」

 いやナリンさん、そこは別に通訳して貰う必要なかったけどな。

『あぶねーだろユイノ! 殺す気か!』

『なんて無茶を……』

『わはは! アイツの顔みた?』

『あのね、ユイノ。ドワーフに好きなようにぶつけて、てそういう意味じゃないよ』

『あわわ。そんなつもりじゃなかったよー』

 DFラインのティアさん、ムルトさん、シャマーさん、ルーナさんとユイノさんが何か話し合っている。まあ良い機会だし守備陣には打ち合わせしておいて貰おう。

 ちなみにピッチ外の人員の負傷について時間をとる義理は無いが、歴戦の名将への敬意とコミュニケーションの時間が欲しいのと若干の罪悪感より試合を中断し、俺たちはポビッチ監督の回復を待った。

『ドワーフボールで再開!』

 しばらくしてドラゴンの審判さんが笛を吹き、再び試合が動き出した。ポビッチ監督の動きは目に見えて悪くなっていた。


 ドワーフ代表の追撃の得点、そしてユイノさんの挑発ともとれるプレーにより観客の声援は怒声のレベルまで上がり、ドワーフイレブンは意気を盛んにして攻め立ててきた。だが俺達も引く事はない。身体の頑丈なドワーフ女子にも負けない当たりをみせ、何度もピンチを防ぎ、チャンスを作る。

「ミノタウロス戦とは違うでありますね!」

「鍛えてますから!」

 俺は半ば冗談でそう言ったが、それはあながち嘘ではなかった。あのミノタウロス戦ではこの中盤での消耗戦で押されピンチを迎えたが、優れた練習設備と優秀なコーチ陣によって鍛えられたエルフ達はむしろ優位に立っているくらいである。

『今のは違うっすよ! 相手が勝手にこけたんすよー!』

『クエンちゃんナイストライ~! でも諦めて位置に入って~』

 今しも、クエンさんが力強いショルダーチャージでドワーフMFを吹き飛ばし楽々とボールを奪った。残念ながらファウルを取られたが、元から守備力とフィジカルに優れたクエンさんは更にそれに磨きをかけ、1vs1では敵無しのようである。

「クエンさん、ほぼ負け無しじゃないっすか?」

「相手が踏ん張れなかっただけでファウルじゃないと訴えているであります」

「でしょうね。デュエル一対一の勝率は?」

 確かにドワーフ代表は全体的に足腰にキているようである。試合前にも気づいていた通り、オーバーワーク気味だったのに加えてこの試合展開だ。俺は後半のプランを考えつつ、アカリさんに尋ねる。

「100%っす」

「マジかー」

 彼女を中盤の底に使ったのは間違いではなかったようだ。完全にバイタルエリアに蓋をして、ドワーフの攻撃を行き詰まりにしている。

「前半はもうこれで良いかな……」

 俺は時計を見上げながら呟いた。前半は残り3分とロスタイム。。無理をする時間ではない。ドワーフ代表がセットプレーの準備を念入りにしているタイミングを利用して、俺はチーム全体に「無理に攻めない」という方針を伝えようと前へ出た。

 その時、また彼女がやった。


 エルフ陣内半ば、ドワーフにとって左サイドからのセットプレー。直接狙うには遠く、単純に放り込んでも高さで負ける。ドワーフ代表は少しでも守備をずらそうとトリックプレーを行った。具体的に言うと左利きのキッカーが素早く横に流し、そのままダイレクトパスを何本か繋いだ。

「あ、くそ!」

 俺は指示を出す機会を失った。それだけでなく、ドワーフのパスは見事にフリーの左WBへ渡ったのである。ワンタッチで繋がる短いパスの連続、それはまさにドワーフの機械仕掛けの細工のようであった。

『跳ね返しますわよ!』

 ムルトさんが自らもポジションを調整しつつ声を出す。高さに利点があると言っても、深い所からのクロスはボールと選手の両方を見る事が難しく注意を要する。前半のこんな所で失点して同点になるのも不味い。DF陣は一層に集中力を高めた。

『オーライ!』

 ドワーフ左WBの放ったクロスは予想外に高く、ゴールに近かった。GKの守備範囲内だ。ユイノさんは味方に声をかけつつそのボールに近づき……


 ヘディングでクリアした。

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