第186話

「あ、待って!」

「ん?」

「あの……。みなさん、ありがとうございます。俺、頼りなくってすみません」

 明日もう試合だというのに、総責任者組織の長として非常に情けない所を見せてしまった。なのに皆は気にせずフォローしてくれる。なんてありがたいんだ……。

「まあまあ。監督は一人じゃできないっすよ」

「そ、そうだよ。一人なんて無理」

 常に二頭で一人なアカリさんサオリさんが笑う。

「気にせず優秀なコーチ陣に頼るが良い! 特にヘッドコーチがとりわけ優秀じゃからな!」

 ジノリコーチは小さな手で自分の胸を叩いた。

「まあナリンのあんな姿見たらショーちゃんもショックだもんねー。医務室行ったら私の分も宜しく言っといて。でも医務室のベッドで宜しくしちゃったらだめよ?」

「せんわ!」

 シャマーさんはいつもの感じでそう言った。もちろん怒って否定したが、今はたぶんこれが彼女の気遣いだと分かる。

「宜しくするなら私の部屋に来てね?」

「だから行きません!」

 ごめん、違ったかもしれない。

「宜しく、てなに?」

「なっ、なんじゃろな……」

「はいはい、行きましょうねー」

 困惑するサオリさんと赤面するジノリコーチを押してアカリさんが部屋を出ていった。それを確認するとシャマーさんは俺の頬に軽く唇をつけて後を追う。

「参ったな……」

 助けられたり弄ばれたり、自分の無力さを実感するばかりだ。だがこれから行く先は怪我をして不安になっているだろう、ナリンさんの所だ。こちらが弱気を見せて心配させてはいけない。俺は自分の顔を軽くはたいて気合いを入れ、部屋を後にした。


 ナリンさんが運び込まれた医務室はすぐに見つかった。だが流石に同じ轍は踏むまい。俺はドアの前にたち、数回ノックした。

「あの、ショーキチですが……入っても良いですか?」

「あ、どうぞ!」

 中からナリンさんの声がして、ドアが向こうから開いた。

「どうも。ってもう動けるんですか!?」

 ドアを開けたのは他ならぬナリンさんだった。鼻を覆う包帯が痛々しいが、いつものように背筋を伸ばしすっと立っている。

「動けるも何も……足を負傷した訳でもありませんから」

 ナリンさんはそう言い笑いながら奥へ進み、向かい合った柔らかそうな椅子の片方を示す。

「目眩とか立ち眩みは無いんですか? あ、あと他に誰か?」

 負傷者を独りにするなんて薄情な! と思ったがある意味、この待遇が彼女の状態を表しているのかもしれない。つまりそれほど大した怪我ではないと。

「スワッグさんが綺麗に受け止めてくださったので、ダメージは本当にないんです。ボールを受けるのだって、別に今までも何度か経験していますし」

 ナリンさんはそう言いながら、ポットのお茶をコップに注いで俺に勧めてくれた。確かに彼女の言う通り、コーチをやっていればボールが当たるなど日常茶飯事だろう。問題は命中箇所が顔面で、それが地上数mで起きて背後から落ちたってことだけど。

「それはスワッグさまさまですね。後でもう一回、お礼をいっておかないと」

「あとポリンとニャイアーはフェイスガードを何点か貰いに行ってくれています」

「ああ、鼻の保護用ですね」

 俺はお茶を飲みながら、2002W杯で宮本選手が着けていた黒いマスクを思い出していた。

「ええ、試合中に相手ベンチを威嚇できるような、強そうなヤツをです」

「ぶっ! ええっ!?」

 思わずお茶を吹き出して聞く。

「だ、大丈夫ですかショーキチ殿!?」

「それはこっちの台詞ですよ! ナリンさん、明日の試合にベンチ入りするつもりですか!?」

 慌てて布で床を拭くナリンさんに手を貸しつつ、問う。

「もちろんそのつもりですが?」

「いや、大事をとって休んで下さい!」

 俺はナリンさんから布を取り上げ、椅子に座らせて続ける。

「良いですか、頭部へのダメージってのは一目で分かるものじゃないんです。この世界には無いと思いますが、CTスキャンで脳を撮って脳神経医さんとかに診断して貰って……」

「それは分かりませんが、治療術士は問題も後遺症も無いと」

 ナリンさんは平然と返してきた。おのれ魔法の世界!

「ですがたかだかプレシーズンマッチで負傷を押してまで……」

「自分がいないと誰が通訳をするんですか?」

 くっ! それはそうだ。試合中のピッチ付近では翻訳アミュレットの力は借りれない。

「えっとえっと、そうだ! ルーナさんをスタメンから外してコーチ登録にします!」

「ここまで準備してきたDFラインを崩すのはリスクが大き過ぎます」

「それを言うならベンチ入りしたらナリンさんにもリスクが」

「私は良いです! 怖くないです!」

「良くないです! ナリンさんは入れません!」

「大丈夫です。入れて下さい!」

「入れません! ナリンさんが血を流す姿は見たくない!」

「私はショーキチ殿の為ならどんな痛みでも耐えます! お願いですから入れて下さい!」

「挿れるとか挿れないとか! ショーキチ、きさまにゃにをやってるのにゃー!」

 そんな大声が聞こえて、言い争う俺たちの間にニャイアーコーチが飛び込んできた。

「「え?」」

 俺とナリンさんは濡れた布を手に、毛を逆立てるGKコーチを見つめる。

「その様子はまさか……もう既に一線を……」

 その様子を見てニャイアーコーチは急に萎み、床に崩れ落ちる。

「ナリンちゃん、フェイスガード借りてきたよ! あ、ショーキチお兄ちゃん、いらっしゃい!」

 少し遅れてポリンさんが入ってきた。手には仮面の様なものが何枚か握られている。

「ポリン! 君はだめだ!」

「何がだめ?」

「ニャイアーさん落ち着いて!」

 ニャイアーコーチが慌ててポリンさんを追い出そうとする。何を誤解したのか分からないが、何とか彼女を宥めている間にナリンさんのベンチ入りは決まってしまい、フェイスガード選びをしている間に前日練習は終わってしまっていた……。

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