第146話

 俺たちとしては結構ながく話していたつもりだが、食堂へ帰ってみれば会はまだ続いており、選手が増えた分騒々しさはパワーアップしていた。 

 大量得点を上げたリストさんは、ナイトエルフであるというもの珍しさも手伝ってかかなりのエルフに囲まれ質問責めを受けている。隣にいるクエンさんの手助けもあろうが、意外とコミュニケーションとれてそうで安心だ。

 次に得点を取ったダリオさんは流石の余裕で、多くの客とスマートに談笑している。選手の中でたた一名ドレスに着替えた彼女を囲むエルフにやや高貴そうな身なりの、しかも年輩の男性が多いのは気のせいではないだろう。

 他の場所でも知り合いが知り合いの娘さんと久々に会い成長に驚き……とかなり盛り上がっている様だった。

 極めつけは誰が置いたか「13-1」と見えるように並べたケーキの皿たちだ。こいつら、本当に浮かれているな?

「おう、お前! なんてものを見逃したんだ!?」

 そう言いながら俺を見つけたティアさんが駆け寄って食いかけのケーキを押しつけてくる。誰が置いたか犯人がすぐに見つかったな。

「そんな事を言われても、ねえ?」

 確かマラドーナ率いるナポリが初優勝した時、ナポリの墓地にそんな落書きがされたって伝説があったな。そこで眠る死者にとってはまさに、

「そんな事を言われても」

だ。

「いや、俺はお腹いっぱいなんで。あとお前じゃなくて監督な? それよりレイさんはどこかな?」

 俺はティアさんが押しつけてくる半分ほどのケーキを断りながら、会場を見渡した。

「あいつか! なんかすげーガキだな! まあ突っかけてきたのがアタシのサイドならあそこまで簡単にやらせなかったけどよ! えーと……」

 ティアさんは残ったケーキを口に放り込みながら周囲を見渡し、クリームまみれの指で一点を指した。

「おう、あふぉこだ」

「ふむ、ありがとう。ちゃんと水分も取るんだよ?」

 ティアさんに教えて貰った方向にはボナザさん一家と話し込むレイさん一家がいた。口いっぱいにケーキを頬張り頷くティアさんに別れを告げ、俺はそちらの方へ向かう。

「じゃあ中を見たのはフェイントだったのかい?」

「うん。どーせ味方も追いついてへんかったしDFも戻って中は万全やから選択肢には無かったんやけど。ダメもとやん?」

 ボナザさんのご主人はフェルさんと、息子さんはカイ君たちと楽しそうに喋っていたが、ボナザさんは真剣にレイさんと語り合っていた。たぶん――GKであるボナザさん視点で言うと――失点シーンのFWの心理をレイさんに確かめていたのだろう。やっぱGKてストイックだな。

「こんばんは。お邪魔していいかな?」

「やあ、監督!」

「ショーキチ兄さん! どこ行ってたん? 探したで!」

 ボナザさんはデイエルフには珍しい短髪でユイノさんほどではないがなかなかの長身筋肉質だ。こうして見ると一方のレイさんはやはりまだ未成年で、身体ができあがってない気がする。二名とも試合後で同じチームジャージを着ているが、見た目の差は大きい。

「レイさんの得点シーンの話?」

「ああ。レイ君に見事にしてやられたが、どういう意図だったのか知りたくてね」

 そう苦笑いするボナザさんの頬や額には小さな傷がたくさんある。何十年もエルフ代表のゴールを守り続けてきた代償にして勲章だろう。俺は尊敬の念で気が締まる想いがした。

「いや、大量得点の展開であの失点だけと言うのは立派ですよ。集中力を保ってらした証拠です」

「どうかな? ライン裏のケアとか気を配る事が増えて、年寄りには堪えるよ」

 彼女は謙遜してそう笑ったが、実際のところ新しいGKスタイルについてボナザさんは必死に学んでくれている。ニャイアーさんの評価が高いのも頷けるものだ。

「この際だから申し上げますが、ユイノさんをGKにコンバートしたのはボナザさんに物足りない部分があるからではありません。この世界のサッカードウにはいなかったタイプのGK像を作り上げる必要があって、その素材として彼女が適していたからです。ボナザさんがこれまで築き上げてきた力量、新しい技術を学ぼうという姿勢は俺もニャイアーコーチも十分に理解しています。シーズン中もきっと貴女を必要とします。よろしくお願いします」

 俺が急に長文ながいことを喋ったのを見て、ボナザさんもレイさんもやや驚いた顔をした。だがやがてボナザさんはにっこりと笑うと力強く頷いた。

「ありがとう、監督。その言葉で十分だ。今シーズンも今まで以上に精進させて貰うよ。でも良ければ……」

 そう言うとボナザさんは傍らで遊んでいた少年の腕を引き、抱き締めながら俺に向ける。

「今の言葉を息子の前でもう一度、言ってくれるかな? コイツ、ユイノ君のGK転向を聞いた時に怒り狂ってね。『かーちゃんじゃダメなのか!』ってね」

 彼女が笑いながらそこまで言うと息子さん――確かビーンという名の筈だ――は気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。俺もさっきの言葉を笑いながら繰り返す。

「……という訳なんだ。だからお家ではビーン君もお母さんを助けてくれよな? 男の子だろ?」

「お、おう」

 ビーン君は生意気な口調でそう答えた。それを合図に、ボナザさん一家はレイさん一家との会話に戻る。

 楽しそうに話す両家の様子とさっきの風景を見てなんだろう、家族って良いな、というシンプルな感想を抱く。学生時代はあまり意識しなかったし社会人になってからはそれどころではなかったが、世の殆どの人やエルフには家族がいて家族としての顔があって、俺が普段見ているのは全然別の顔なんだよな……。

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