第142話

「そういう先生こそなぜここに?」

 時間と場所は再び今に戻る。というか回想と現在の行き来が激しいな! 走馬燈か? 俺は死ぬのか?

「それはもちろん、若い……同世代の皆と親好を深める為なのです。あと火遊びしようとする馬鹿に冷や水を浴びせかける仕事も」

 マイラさんはそう言うと軽く指を鳴らした。途端に俺を閉じこめていた鏡とレブロン王の足を止めていた氷が砕け、俺は自由になりレブロン王は元の姿に戻った。

「いやあ、そんな悪いやつもいるもんですねえ」

 レブロン王は滝のように汗を流しながらしどろもどろになって言う。

「それはね……」

 マイラさんがそう呟きながら再び指を鳴らすと、周囲に大量の氷の欠片が浮かび……

「お前のことだ。去ね」

 その切っ先が一斉にレブロン王の方を向いた。

「ははははい~! 失礼しましたー!」

 芸人さんが舞台上から捌けるような言葉を残し、レブロン王はダッシュで厨房の逆の出口から消える。

「は~冷や汗かいた。でも助かりましたよ、マイラさん」

「ふう。監督にゃん、マイラ怖かった~」

 そう言いつつ抱きついてくるマイラさんの動きに合わせて、浮かんでいた氷の欠片が一斉に床へ落ちた。

「良かった。俺の代わりにお約束定番のリアクションをしてくれた」

「ん? 何なのです?」

「新喜劇ではですね……。いや、説明無理だ。とりあえず会場に戻りましょう。こんな素敵な『お嬢さん』に俺は分不相応ですが、エスコートさせて貰いますよ」

 お嬢さん、の部分にみ○もんたさん的なニュアンスを込めたが当然、彼女には気づかれまい。俺は抱きついたマイラさんの腕を俺の腕へ誘導し、厨房の出口へ誘う。

「わあい! お腹、ペコペコなのです~」

 マイラさんは無邪気にそう笑った。お腹空いたのは大量に魔力を使ったからなのかな? そもそもこの世界の魔法ってMP制なのかそれとも回数制なのか? そんな事を少し悩んだが、彼女の純粋に嬉しそうな顔を見てどうでもよくなった。

 俺はマイラさんにお勧めの料理を聞きながら食堂へ戻った。


 俺たちがいない間も懇親会会場では交流が進み、何も問題は無かったようだった。マイラさんかスワッグステップのどちらかは常に中にいる、と警備計画の時に決めていたのが良かったようだ。

「マイラ、このキノコと肉の炒め物がお勧めです~。あの地方で採取されるキノコは滋養が非常に強く、肉から出る油で炒めるとその成分が良く溶けだして吸収効率が上がるのです。所謂、お袋の味でミノタウロスのみなさんの元気の秘訣らしいです~。知らんけど」

 マイラさんは最後でぎりぎりキャラを思い出して付け足した。いや彼女の言う「知らんけど」は俺たち関西人のとは違って絶対に知ってるだろ!貴女、知識の宝石箱やろ!

「そうなんですね。じゃあラビンさん、それを一皿お願いします」

 俺はちょうどその料理の向こうでスタンバイしていたラビンさんに配膳をお願いします。

「はい、監督様。マイラちゃんモウいっぱい食べて、大きくなりましょうね!」

「ありがとうございます」

「お、おう。マイラも大きくなるのです!」

 今日も絶好調にナイスバディなラビンさんは笑顔でそう応えて、料理を盛った皿をくれた。俺たちは礼を言いながらそれを受け取り、立食用のテーブルへ向かう。

「監督、お疲れさまです。あの、聞きかじりましたが『それ』がミノタウロス族の秘訣なんですか?」

 何名かのエルフのご婦人たちがそう訊ねながら近寄ってきた。

「はい?」

「その、彼女みたいなスタイルの……」

 ご婦人たちはやや照れ臭そうに俺の手元の料理とラビンさんの方を見やる。

「え? そうなんですか?」

「いや、ひゃぶん、ちぎゃうのです……」

 俺が確認するとマイラさんは料理を口に入れたまま、首を横に振る。

「あら残念です」

「やはり体質の方が大きいのかしら」

 エルフのお母さんたちは悔しそうに肩を落とす。そう、彼女たちは殆どが選手のお母さんでまあまあの年齢の筈だ。それでもまだ美への探究は終えてないのだろう。偉いな。

「彼女はザックコーチの奥さんでして。あ、ザックコーチはフィジカルコーチで、選手の体調や体重といった身体面を管理しているんですよ。なので筋トレやストレッチにも詳しくて。旦那さんに色々として貰っているんじゃないかな? あ、彼女自身もヨガ教室やってますし」

 応援の意味も込めてそう解説すると、一同は大きく目を見張った。

「旦那さんに、そう……。愛されているのですね!」

「ヨガ教室!? それは私たちも参加できるのですか?」

 ちょっと予想外の方向だが反応は大きかった。

「みなさんがヨガ教室に!? どうだろう……。でも選手の利用はそんなにだし、枠が空いていると言えば空いてるか……」

 俺はラビンさんが申請しているヨガ会場の大きさや頻度を思い出しながら呟く。

「まあ! 利用してないだなんて、ウチの娘は愚かですわ!」

「ほんと! 彼女みたいな愛されボディボンキュッボンになるチャンスをみすみすと」

 ぶはっ! エルフさんの口から「愛されボディ」みたいな単語が出てくるとは不意打ちで、俺は思わず吹き出しそうになった。

「ううっ、言われてみればそうなのです。監督にゃん! 早速次回からマイラも教室に行くので予約を入れて欲しいのです!」

 笑いを必死で耐える俺にマイラさんがそう告げる。なんだ、普段は筋トレとか体幹とか「辛いのは嫌いです~」とか言ってめっちゃ嫌がる癖に、そういうのは食いつくのな!

「あらあら、貴女選手だったのね! 羨ましいわ!」

「監督、私たちも家族枠などで入れませんか?」

 マイラさんの一言が選手のお母さん連中に火をつけてしまった。本来なら彼女はトラブルの火消し役なのに!

「分かりました! 即答はできかねますが、考慮します。実現可能になったら連絡しますのでお待ち下さい」

 とは言え、彼女らの声で良いヒントを貰った。「体幹トレーニング」と言うから集まりが悪いのだ。「美ボディをメイクする」という風に宣伝したら、もっと選手の集まりも良くなるかもしれない。なにせその現物がヨガの先生をやる訳だし。

「ええ、是非ともお願いします!」

「娘にばかり良い目はみせられませんわ! 宜しく!」

 エルフのお母さんたちは希望に瞳を輝かせてその場を去った。後にラビンさんのヨガ教室は一般の方まで巻き込んで隆盛を極め、遂にはシソッ湖の湖面にボードを浮かべその上でヨガを行う、地球で言う「SUPヨガ」まで開催される事になるのだが、その時の俺には知る由も無かった……。

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