第120話
「あ、会長! こんな時間まで仕事? おつかれ~」
「シャマーもお疲れさま。監督、こちらの書類にサインお願いします」
会長と呼ばれたそのエルフの女性は中に入り、俺の机の上に何枚か書類を並べた。
「えっと、これは?」
「急に開催された慰労会の予算申請と決済です。毎度、思いつきで行動されるのは結構ですが、もう少し早くお知らせ頂けると助かりますわ」
ひっひえ~。怖い! 会計のお姉さんとは職場でもそれほど接点があった訳ではないが、その時から独特の緊張感があって苦手だ。
「あ、はい。これで」
特にこのエルフ女性は長身ひっつめ髪でなかなか威圧感があり、眼鏡越しの冷たい目線を高い位置から突き刺してくるので迫力がある。俺は大急ぎでサインをし、敬うように書類を返した。
「あはは。流石のショーちゃんも会長には敵わないのね」
「シャマー。私にはムルトって名前があるの。会長は辞めて」
「でも会計の長じゃん。じゃあ会長でしょ?」
シャマーさんが飲み終わったコップをフェンシングに見立てて突き立てる。会計の女性、ムルトさんはそれを軽く蹴り上げると、落下してきた所で逆脚の脹ら脛と膝の間で挟み――お洒落なリフティングで良く見るやつ――手で掴んで俺の机の上に置いた。
「うわ、お見事!」
「会長、衰えてないわね~」
当然ですわ、とムルトさんは眼鏡の位置を直しながらもドヤ顔をする。このエルフ、お堅いエルフだと思っていたが意外と軽そうだな。
「その様子だとお二方は知り合いなんですか?」
「うん。魔術学院に入る前の、基礎的な学科での同級生なの。一緒にサッカードウをして鉄壁のコンビって言われてたし首席も争った仲なんだけど、会長は魔術じゃなくて算術に進んじゃった」
「当たり前ですわ。魔術なんて不確かなものより、私は算術を信じます」
算術……それを突き詰めて会計職に着いたのか。いや待てそれよりも、今「一緒にサッカードウをしていた」て言わなかったか!?
「そうなんですか! じゃあ昔はコンビを組んでて……もしかして今でもサッカードウできたり?」
「しませんわ! あんな破廉恥なもの!」
食い気味の拒絶だった。でもちょっと言い方が悪くないか?
「あ、好き嫌いは分かりますがそういう言い方はどうでしょう? サッカードウってそんなに破廉恥ですか?」
「水着姿でアレをゴシゴシする所を衆人の目に晒すなんて、信じられませんわ!」
前言撤回、はいこっちが悪ーい。てか
「それはごもっともで……」
顔を真っ赤にし、書類で自分の胸元を隠すようにするムルトさんに俺は頭を下げた。
「そう? けっこう楽しいよ? それにそんな毎回じゃないし」
今度は液体ではなく空気だけで頬を膨らませてシャマーさんが言う。
「降格寸前だったチームが何を言ってますの!? 自分のチームの勝率を把握してらっしゃる? しかも非効率的な運営で……勝ち点1を得るのに必要とした額でも教えて差し上げましょうか!?」
あ、個人的にはそういうの好きだから聞きたい!
「要らな~い。会長はそういうの気にし過ぎよ~」
「シャマーが気にしなさ過ぎですの!」
俺が聞く前にシャマーさんが話を遮ってしまった。しかし両者の会話で何となく分かった。二名は理論派と感覚派、それぞれ違ったタイプの天才でだからこそ何となく馬が合うのだろう。
俺がそんな事を考えている間にも丁々発止、友達同士の話は随分と盛り上がっている。
「それに来シーズンはもっと勝つんだから、センシャなんて殆どしないわよ~。だって私のショーちゃんは天才監督なんだからね!」
誰のショーちゃんだ! と思うが褒められたのは一応嬉しい。
「はあ。まあ予算を無節操に使い倒す天才だとは思いますわ」
どさり。舞い上がった直後に落とされた。
「いやいや。まだまだ使いますよ!」
「ええっ!?」
だがその事で俺は少し冷静になれた。と同時にあるプランが脳に降りてきてかつ実行に入る。
「仮にですね。勝ち点1を得るのに必要とした額が変わらないとしたら、一つの手段として単純に使う予算をもっと増やせばもっと勝ち点を得る……つまり勝てる、て事になりますよね?」
「えええ!?」
ムルトさんはその鋭利な眼差しを一気に弱めて呻いた。
「じゃあもっとガンガン使いましょう!
「いいじゃん、それ! 楽しそう~」
空気を読んだシャマーさんが嬉しそうにはやし立てる。
「勝利給をめっちゃ積んで、あ、負けても惜しかったら出して!」
「ユニフォームも高いのにしよ? 宝石やクリスタルでデコりたい!」
いやシャマーさんそれは危ないし許可されんやろ! と思ったが俺はツッコミを内心に押さえて頷いた。
「良いっすね! 洗濯とか面倒だし毎試合、新しいデザインのユニフォームにしましょう!」
「わお! きっと凄いお金がかかって、会長も毎回めっちゃお金の計算できるわね! やったね!」
「やめてーーーー!」
テンションが上がっていつの間にか手を取り踊っていた俺たちをムルトさんの絶叫が止めた。
「やめてそんなの……美しくございませんわ! 非効率的ですわ!」
ムルトさんは机の上によりかかり何とか身体を支えながら続けた。
「既に今の段階でどれだけ使っていると思ってますの!? その上、そんな美しくない使い方をしたら……」
おそらくムルトさんの脳内では凄い勢いでソロバン――この世界にも似たようなものがあるみたいだ――が動いているのだろう。しかも彼女の望まない方向へ。
「そうですか。じゃああまり僕たちの好みじゃないですが、もう一つの手段の話をしましょう」
俺はシャマーさんの手を導いて椅子に座らせ、自分も監督用椅子に腰掛けて続けた。
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