第97話

 二日ぶりに訪れたノトジアは、なんだか騒がしかった。明らかな軍人さんだけでなく、一般の方までが少し殺気だった感じで足早に通りを行き来している。

「ちょっと怖いっすね」

「何かあったのかな?」

 そう話し合ってすぐ、街中に大音声のサイレンが鳴り響いた!

『警戒! 警戒! 非戦闘員は直ちに近くのシェルターへ入って担当官の指示を仰ぐように!』

 サイレンと同時にそんな内容のアナウンスが、ありとあらゆる種族の言語で魔法によって増幅されたらしい声で放送される。

「何これ……空襲警報か何かか!?」

 周囲の人々はそのアナウンスに従い一斉に走り出した。大きな荷物や馬車はその場に置き去り、親は子を抱え子は自分より小さな子の手を取り近くで旗を振る兵士の指さす方向へ駆ける。

「二人とも、こっち」

 ルーナさんが全く慌てない口調で俺達を誘導して早足で歩き出す。こんな時でも彼女は冷静だ。くっ、将来と言わず今すぐにでもDFラインの統率をやってくれんかな……。

「アシモトチュウイ。ケッシテマエヲオサズ、イッポヅツススメ……」

 俺達が到着したシェルターにはやたら細い、甲冑をまとったような外見の兵士がおり、剣呑な形をした顎からたどたどしい言葉で指示を放っていた。

「(あ、インセクターっすね)」

「(お、さすがクエンさん詳しい)」

 そう、そこで非戦闘員の誘導を行っていたのは昆虫型種族インセクターだった。地球の感覚で言えば直立しほぼ人間大になったクワガタ虫。ファンタジーよりややSF寄りな種族だが彼ら彼女らも立派なこの大陸の構成員である。

 『昆虫型種族』と言った通り、インセクターの個体差は激しく目の前のクワガタっぽいのからカマキリっぽいの、トンボっぽいのまで様々いる。その為、特性を一言では言い難いが、種族全体で言えばかなりキッチリした社会を形成しており各々が役割を果たす気持ちが強い。

 例を挙げれば徴兵制だ。インセクターは成年に達するとかならず軍隊に所属しノトジアへ派遣される。目の前の彼? も間違いなくそうだろう。

「(でも目の前のタイプは見た事ないっす。やっぱ難しいっすね、インセクターさんは)」

 クエンさんはそう小声で付け足した。彼女は、と言うよりナイトエルフ全体はそこそこインセクターに縁がある方だ。何せインセクターの生息地はノトジアのような砂漠から大洞穴まで幅広く分布しているからだ。

 もっともゴルルグ族のようにサッカードウで定期戦を行うような仲ではない。関係性がどう、と言うより多種族に冷淡な存在なのだ、インセクターは。

 その割にサッカードウには参加しているが。昨年の順位は9位。つまり我らがアローズ、エルフの一つ上。自虐になるが強くはないな。まあ融通が利かないサッカーしそうだし、手足もボール蹴るのに向いてなさそうだし。

「ここでいっか」

 俺とクエンさんが小声で話す間もルーナさんは先に歩き、やがてシェルター内の一角で足を止めた。

「座ろう。かなり待たされることになる」

 ルーナさんはそう言うとその場に腰を下ろした。彼女の言葉に従い俺も座り込むと同時に、シェルターの明かりが小さくなり上方で大きな門が閉まる音がした。

「ひぃ!」

 クエンさんがベタベタな悲鳴をあげて俺に抱きつく。これまたベタベタな展開だが彼女の大きな胸おっぱいが俺の顔を圧迫し、呼吸が困難になる。

「(クエンさんヘルプヘルプ!)」

「あっ、すみませんっす! 自分、狭くて暗い所が苦手で……」

 それでよくナイトエルフやってたな!? そう思いながらも命の危機を逃れた俺は、その狭くて暗い所を見渡す。

 人間、ドワーフ、ガンス族……一番近くにいるのはオークの母子だ。全員恐らく非戦闘員で、さっきの警報を聞いてここへ誘導され避難してきたのだろう。

 (少なくとも表情の分かる種族の)みんなは不安そうに肩を寄せ合い、小声で何かを喋っている。そうだ、さっきは軽率に『命の危機を逃れた』と思ったが、実際はどうなんだろう?

「何か襲撃があったから避難させられたんだよな? どんなタイプの攻撃なんだろう?」

「さあ?」

 ルーナさんはそっけなく答えると、家から持ってきた果物を取り出し座ったまま足の上で転がせてリフティングを始めた。上手い。おいそれマラドーナがオレンジでやってなかったかそれ?

「ショーパイセン、さっきおっしゃってた『空襲』てなんすか?」

 まだ不安そうにしているクエンさんがキョロキョロと辺りを見渡しながら訊ねる。

「簡単に言えば空からの攻撃なんだけど、俺の世界では爆撃機って言う空を飛ぶ巨大な乗り物から爆弾って言う凄い広範囲にダメージを与える魔法の武器みたいなのを雨霰と降らせて、大量に民間人も含めて殺害する攻撃があったんだ」

 そっかナイトエルフさん達には感覚的に分かり難いか。

「そんな! 一方的に訳も分からず……民間人まで死ぬなんて……」

 俺も歴史の授業や紛争のニュースで知ってる程度だが、クエンさんのその言葉を聞いて少し背筋が寒くなった。

「クエンさんルーナさん、聞いて下さい。もし何かあっても必ずお二人だけは何とかして……何とかして逃がします。絶対に生きて帰って下さい」 

 いや何をどう何とかしたら良いか分からないが。それを言えば今、ノトジアが受けている攻撃だってどんなモノか知らない。だが彼女たちだけでも生きて帰す、という強い決意だけは持っていないと! と思う。

「何を言ってるんすか! むしろショーパイセンこそ絶対に生きて帰って下さい! 貴方には待っている人がたくさんいるんですから!」

 俺の言葉を聞いて涙目になったクエンさんが空かさず言い返す。

「いや、君たちの方が大事だ。俺はチームの監督で、監督が真っ先に考えないといけないのは選手たちの安全なんだから」

「違います! 自分たちは所詮、選手っす。チームの20だが30だかの一名でしかないっす。だから死んでも影響は知れてるっす。でもショーパイセンは監督で、貴方が死んだら30名皆が困ります……」

 クエンさんは取り乱しながらも、彼女らしく論理的に反論してくる。良い子だ。だからこそ、守らなければ……。

「そんな理屈はどうでも良いから! 俺の言うことを聞いて下さい!」

「ショーパイセンこそ!」

「クエンさん!」

「ショーパイセン!」

「あの……」

 熱くなって言い合う俺達に、近くのオークから声がかかった。

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