第94話

 その広い邸宅はルーナさんとそのお母さん――アルテというエルフの女性――がたった二人で暮らしている場所だった。たった二人で農場とお家のケアができるのか? と思ったが、実はなんとアルテさんの魔法で殆どやってしまえるらしくルーナさんの手伝い(の為に里帰りしているという名目だ)すらも本当は必要ないという。

 俺達はその広さを利用してポーチから大きなターフを張り、広い日陰を作って冷たい飲み物を頂いていた。

「こんな辺鄙な所までようこそ。でもルーナが友達連れてくるのなんて初めてだわ。嬉しい!」

「ママ、もうやめてよ」

 はしゃぐアルテさんにルーナさんが文句を言う。しかしルーナさん、母親の前ではこんな口調なんや……。あとハーフエルフとエルフの母親という関係からか、むしろアルテさんの方が年下に見える。

 特に今日のルーナさんは例の長髪をきちんとまとめ、ポニーテールにしているからなおさらだ。いや髪型がどうとか言うより、顔をはっきり見たのは初めてだ。これがハーフエルフ、エルフたちから言えばハーフヒューマンの顔立ちなんだな。個人的にはエルフの神秘性と人間の親しみ易さの良いところ取りに見える。

「友達で思い出しましたぴい。おくさま、よろしければこちらに記入を頂けませんかぴよ?」

 スワッグが空かさずトモダチ手帳を取り出しエルフ妻ひとづまに差し出す。

「あらこれは何? 婚姻届け?」

「おっとそちらの方がよろしいかぴよ?」

「ちょっとママ!」

「え、スワッグにいさん婚姻届持ってるん? ウチにも一枚、貰ろてええかな?」

 アルテさんがボケ、スワッグがのっかり、ルーナさんが突っ込み、レイさんがさらにのっかった。

 これだけ人数が多いともう収拾つかないな!

「ルーナさんごめん、先に外の用事から良いかな?」

 こうなったら分散するしかない。俺はルーナさんを外へ誘った。

「……わかった」

「え、ショーキチにいさん何処へ行くん? ウチもええ?」

「ごめん! ここは俺達だけで」

 俺はレイさんに謝罪し、アルテさんに軽く会釈するとルーナさんとナリンさんだけを連れて外へ出た。


 俺とナリンさんは基地で購入した一式を手にしてルーナさんの後を色々と話しながら歩いた。5分も行かなかっただろうか? 「そこ」は邸宅の裏に広がる丘の一番上にあった。

「ここ」

 ルーナさんが立ち止まり指を指した。その先にはファンタジー世界にはちょっと違和感を覚えるような、切り揃えられた長方形の石があった。

「クラマ殿、お久しぶりであります」

 ナリンさんがそう呟きながら墓石に近づき手を合わせる。そう、ここがクラマさんのお墓だった。

「なんか、完全に日本のお墓なんだね」

 俺はそう言いながら墓石の付近を掃除し、花とお線香を供える。驚くべきことに、これらの品は全て基地の購買部で用意できた。つまりクラマさんや俺以外にも日本からこの世界へ転移し、死んだ人がいるという事だろうか?

「わからないけど。ショーキチの目から見てどう?」

 ルーナさんが訊ねる。俺は改めて墓石の周囲を周りながらバッチリだよ、と答えた。ちなみに今は翻訳のアミュレットを外して日本語で会話している。なんとなくプライベートな空間な気がするし、この場にいるみんなは日本語を話すからだ。

「クラマシンリュウ……1等陸佐!? えっ、クラマさんって自衛官だったの!?」

「うん。『死んだら一佐だよ。DA PUMPだよ』てたまに言ってた」

 いやその冗談、誰に通じるねん! しかも笑えねえわ!

「そっか、軍人さんだったから……」

「はい。サッカードウの布教と自分たちの教育を終えた後は、真っ先にノトジアの戦線に加わられたであります」

 俺は世界の軍隊も自衛隊も知らないから正確な事は分からない。だからクラマさんが本物の軍人さんだったかどうかも知らない。

 まあ彼がガ○パンおじさんの紳士だったのは確かで、本職にもあのアニメのファンがいるのも事実で、逆にかぶれたあまり自衛官を騙った可能性もなくはない訳で。

 だが彼がこの大陸の為に戦い、寿命が尽きるまで戦ったのは事実だ。それは生半可な決意でできる事ではない。ここだけの話、サッカードウの普及がややおかしな形で中途半端に終わっているのも、戦いに身を投じる事を優先したからだろう。

 だから正直言って彼の本性はどうであっても良い。彼はこの世界全体の恩人で、俺の恩人でもある。俺は手を合わせて祈った。

「クラマさん、安らかに……」

 貴方がサッカーをこの世界に伝えたお陰で俺は生きてます。サッカードウというかサッカーについて知っている事は、俺が必ずこの世界に伝えてみせます。ところでガル○ンはどこまでご覧になってたんですか? できれば最終章と、西住流家元が同人誌界隈でどんな扱いを受けているかを、見せてあげたいです……。

 もうお参りする事は叶わない俺の両親の墓の代わり、という訳ではないが、彼はこの世界のサッカードウの父でありそれはつまり俺たちの父でもある。合わせる手にも思わず力が入った。

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