第56話

「一部昇格を争ったチーム同士だけあって、ゴブリンチームはハーピィチームの情報をたくさん持っていました。その分、まとめるのに時間がかかりましたが」

 ナリンさんは机の上に広げたメンバー表、統計データ、魔法の手鏡などを眺めながら苦笑する。

 俺がスワッグステップをつれて設備などをチェックしていた頃、彼女は単独で街を歩き、トレーニングセンターやコーチ仲間を回ってハーピィチームについての資料を集めていたのである。

 しかも通訳をつけず、一人であの乱雑なウォルスの街を巡り巡って。有能オブ有能やんけ。

「やはり最初にウォルスを訪問すると決めたショーキチ殿の慧眼が光りましたね!」

 なのにナリンさんは自分の能力や功績を誇らず、俺の事を持ち上げてきた。エルフができ人格者過ぎて怖い!

「ありがとうございます! 本当にお世話になりっぱなしで……」

 怖い、のだが彼女のこの厚意とか献身も、俺への哀れみとかエルフの性質によるものなのだろうか? と考えてしまう。

「いえいえ。自分はサッカードウの事となると止まらなくなるので!」

 ナリンさんは眩しい笑顔でそう応えた。

「はは、俺もそうです。めっちゃドラマがあった94年W杯の事なら一晩中でも喋れますよ!」

 彼女の笑顔に救われた気がして、俺も笑った。

「それも今度お願いしますね! ショーキチ殿はたくさんサッカードウを観ていて本当に羨ましい! でも今はハーピィチームの事ですが……」

 冷静なコーチの顔に戻ってナリンさんが資料を開く。そうだな、悩んでも仕方ない事よりもできる事に頭を使うべきだ。

 俺は彼女の解説を聞くべく、しっかりと椅子に座り込んだ。

「まず映像から観て頂きましょうか」

 そう言ってナリンさんは魔法の手鏡を操作する。鏡面が揺らめき、早速試合の様子が映し出される。

 内容は彼女が抜粋編集したモノなので相手チームは目まぐるしく変わるが、映像の中では一貫して美しい鳥乙女たちがボールを高く蹴り上げていた。


 ハーピィ。美しい歌声で人々を惑わす鳥人間。だが鳥人間と言ってもその混ざり具合はミノタウロスと真逆だった。

 ミノタウロスは牛頭人身の生物。一方、ハーピィは人面鳥身と言うべきか。頭部から胸にかけてはほぼ人間。だが腕は無く翼を生やしており、下半身は完全に鳥で羽毛に覆われ逆間接の足の先に鉤爪が光る。

 とは言えサッカードウの試合中で翼を使って飛ぶ事も鉤爪で対戦相手を引き裂く事も禁止されている。魔力の籠もった歌声で魅入られし者を操るのも禁止。そんな彼女たちの武器の一つが跳躍力だった。

 普段、空を飛ぶ彼女らの体重は見た目より更に軽く、飛び立つ時に地面を蹴る脚力は強い。獲物を掴むことは許されない爪も、大地に食い込み力強く蹴ることはできる。 

 それらの条件から彼女たちは浮き球を好んで用い、ゴブリンではジャンプしてのヘディングでも触れられないような高さのボールを空中で軽々と胸トラップしていた。

 DFラインでのビルドアップからロブ浮き球を使って繋いでいくそんな彼女たちの真骨頂はゴール前。高く上げたセンタリングから、とんでもない角度のヘディングを叩き込む。

 狂気的なまでのゴブリンの攻撃サッカーには見劣りするが、ハーピィたちの独特かつ圧倒的なボール回しは映像の中で他の二部のチームを翻弄していた。

「なかなか特色の強いチームですね」

「そうですね。長所と弱点がはっきりしたチームでもあります」

 ナリンさんは魔法装置を操作して別の映像を流す。

「ロブを多用するスキルと空中戦の上手さ、コンビネーションの良さは利点ですが、攻守においてプレーが軽いです」

 彼女の言う通り接触プレーとなると、ハーピィたちは軽々と吹き飛ばされボール支配を失っていた。まあ鳥だもんな。見た目以上に体重は無さそうだ。

「もう一つは地上戦の拙さです」

 その言葉と同時にナリンさんは映像を指さす。画面の中では鮮やかな空中でのパス回しで相手ゴール前までボールを運んだハーピィチームが、最後のシュートを大きく外すシーンが映っていた。

「ああ、そりゃそうか……」

 ハーピィ達は空中では無敵かもしれない。相手のスキル次第だが、ほぼ自分たちだけでボールと戯れていられる。しかし翼の使用を禁止されているので本当に飛ぶ訳にはいかないし、なによりゴールは地上にあるのだ。自分も相手チームも。

「攻撃でも守備でも、最後の部分が課題ですね」

「そうなんです。難しいものです」

 対戦相手予定ではあるが、いつしかナリンさんも俺も自チームの克服すべき点のような視点で映像を眺めていた。

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