第17話
「地球からの客人よ。ようこそ我が城へ」
通されたのは謁見の間。クリスタルが自然光を良い具合に通し抜群の照明効果を発揮していた。俺に声をかけたのはエルフの王レブロン。見た目は俺と同じか少し上だが、実年齢は数百歳を数える英知溢れる統治者にして魔術の達人、そしてダリオさんの父親だった。
「この度はお招き頂きありがとうございます」
監督としての契約より前に、まずはエルフ代表チームを土壇場で救った英雄として国賓扱いで謁見宴会に望む……という段取りだった。
これまた内心ではもちろん断りたかったが、なにせそれを告げられたのがグリフォンの上だ。
「断ったら落とされるんじゃないか?」
という不安を抱えて抗弁はできなかったのだ。これはもうグリとハラ、グリハラじゃないっすか?
「そう堅苦しくするでない。お主の采配、見事であった。ワシも年甲斐もなく興奮したわい」
「ははあ。それは光栄でこざいまチュ」
赤い服を着たネズミと青い服を着たネズミが海水浴へ行く妄想をしていたせいで語尾が怪しくなった!
「ございま……チュ? ございまチュ? なんでネズミ!?」
「「ぶっはっはっは!」」
という笑い声が謁見の間を包んだ。見れば王も臣下も近衛兵も大笑いしている。
なになに確かに噛んだけど今のそんな笑う所あった!?
「ぷぷ……お父様、それくらいにして差し上げて」
聞き覚えのある声が響き、救いの主が現れた。雲から刺す光をあしらった小さなティアラ、大きく開いた胸元に腰をきゅっと締めた白いドレス。ダリオさんだ。
「ご迷惑を……おかけしましたわ、ショウキチ様。ウチの父、ジョークが好きで」
ユニフォーム姿ではないダリオさんはティアラ以外にもアクセサリーを身につけ、薄く化粧した顔に笑みを浮かべながら歩み寄り俺の腕を取った。腕の動きに併せて寄せ集められた一房がぐぐい! と盛り上がる。
姫だ。これは綺麗かつ目のやり場に困る姫だ。顔もうっすらと上気して赤いし眼も潤んでいる気がする。あと良い匂いもする。
「いえ、そんなこと……ないです」
若干キョドりながらも否定すべき所は否定する。さっきのはジョークではなく噛んだだけだ。
「いやいや天才監督であるだけでなくユーモアのセンスもあるとは!」
レブロン王は目に涙を浮かべて笑いながら俺に拍手を送る。お前これ状況が状況なら最大の煽りとみなして俺、宣戦布告するが?
「まあ、確かにショウキチ殿は愉快な方ですが……うふ」
ダリオさんまで顔に手を当てておたふくみたいな顔をして笑いを始めた。顔に手……そうか、試合中の俺の変顔を思い出したのか! しかし今!?
「え、いや、そんなことありません」
そう言いながらも控え室や試合中のアレコレを思い出す。主にドーンエルフの三人(ダリオさんカイヤさんシャマーさん)を。……あ! さてはこいつらゲラ、笑い上戸だな!?
ひとつ確かめてみよう。
「この度、ご息女から監督就任を依頼されありがたくも拝命する事となりました。引き受けた以上、全身全霊で努めさせて頂きますが、チームの強化には非常に時間がかかります。どうか……」
急に真面目な話を始めた俺に、流石に全員が神妙な顔をして聞き入る。聞き入ったところで……。
「どうか……ながーい目で見て欲しいでチュ」
そう言いながら両手で目の端を引っ張り、目を細長く変形させつつ決め台詞を放つ。
大 爆 発
謁見の間は人気絶頂のユーチューバーが訪れた幼稚園の教室みたいな有様になった。
低っ! 笑いのハードルと精神年齢低っ!
「すっすごい! ショウキチ殿! もう一回! もう一回やって!」
レブロン王は呼吸困難に陥りかけている癖に、俺にすがりつき強請る。
「え……やだ」
「そんな! いじわる!」
ダリオさんがデイエルフ族ばかりでスタメンを組んでいた理由の一部が分かった。こんな奴らばっか並べて試合に勝てる訳がない。
「長い目……ながーい目……くすくす」
そのダリオさんも壁際に張り付いて自我の崩壊にあらがっている。俯き息荒く身を捩っているがぜーんぜん、色っぽくない。
ブルータスお前もか! いや試合チュ……中は我慢してた方なんだな
「監督契約……考え直そうかな……」
俺はその後、場がシリアスなものになるまで体感で30分待った。
「つっ疲れた……」
謁見後の夕食会、そして別室で文官たちを呼んでの契約交渉を経て部屋に帰ったのはもう夜半過ぎ。
「詳細を確認したいので一度、持ち帰って読ませて下さい」
とお願いするのがやっとだった。
何せ夕食会が試練の場。気分的には「笑ってはいけないエルフとの晩餐」であった。いや、「笑わせてはいけない」か?
とにかくずっと「なにかやってくれ」オーラを出すエルフ王族たちのプレッシャーに気づかぬフリをしつつ、食事のマナーや発言にミスが出ないようにしないといけないのだ。食事の内容とマナーが地球と似たようなものであったのが幸いしたが正直、味の方は覚えていなかった。
クオリティの低いジョークでもバカウケする。基本的にはありがたい状況だろう。俺も良く笑う女の子は好きだ。でもモノには限度がある。あのレベルで大笑いされると逆に「あんさんおもろぉことばっかいうて」的な京都人っぽいイヤミどすか? と身構えててしまう。相手がエルフの王族だけに俺が持ってた先入観もあるが。いやエルフって高慢チキイメージあるよね?
まあ真実は彼らがとんでもなくおこちゃまなだけであったが。何歳やねん。何百歳なんだよな。
その後、別室で見せられた契約書は何十ページもある分厚いもの。紙的なモノのクオリティが高いのは流石魔術を好くするドーンエルフ。羊皮紙や竹だったら更に難儀なものであったろう。
どちらにせよエルフ文字など読めないのだが。残念ながら翻訳魔術は目にまでは作用してない様で、魔法の眼鏡を貸して貰った。
疲れた状態で慣れぬ眼鏡をかけ分厚い契約書を読む。内容はまるで頭に入って来なかった。で、部屋へ持ち帰る……という展開になった訳だ。
「皺になっちゃうからちゃんと脱がないとな」
考えた事がそのまま口から出るレベルの疲労だ。或いは行動を口に出すことで自分にコマンドを入れているのかもしれない。
俺は借りていたマントを外し、スーツのジャケットも脱いで衣装箪笥にかける。
「皺と皺を合わせて……幸せ」
マントとジャケットをくっつけて静かに笑う。俺はつまらないジョークを口に出せる自由を噛みしめていた。
「契約書を読む」
次は契約書の中身をよく噛みしめなければ。エルフさんたちが俺に不利な条項を混ぜてくるとは思えないが、あやふやにしていた為に後で問題が起きる部分があっても困る。
「契約書面倒くせえ……いっそお笑い芸人として生きるか」
ドーンエルフ全員があのレベルなら俺は一生、軽く漫談でもするだけで爆笑必至の売れっ子で大金持ちだろう。だがあのレベルで笑われ続けると、緩やかに精神の死を迎えるだろう。
駄目だ。表舞台ではにこやかに芸人しつつ、家ではその現状に愚痴を吐き酒を飲みながら女房を殴る昭和の芸人みたいな俺の姿を幻視してしまった。
「ショーキチ殿? もう寝られましたか?」
そんな時に、ドアの外から女房役の声が聞こえた。
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