動乱は醜悪ゆえに -遣いの訳-
カズキが目覚めたと思ったら城内が一気に忙しくなった。何せ国王の名を使って馬車は使うわ飛空部隊は使うわで滝のような報告書が流れてきたのだ。
しかしそれらを確認したショウは満面の笑みを浮かべて指示を出す。
「ほらほら皆さん。いつもより5割り増し程で仕事を進めて下さい。そうすれば定時には終わりますよ~。」
宰相という役職はあくまで統括であり彼が直接雑務に手をつける事はほとんどない。極端な話仕事が全く出来ない人間でも人物を纏め上げる素質があれば成立する役職、それが宰相なのである。
だからこそ人物間の密接な関係などを持っていない彼は私情を挟む事なく効率のみを追求して指示を出し的確な分析力で檄を飛ばす。
結果政務官は言われるがままいつもより5割り増しで処理をこなしていくと本当に定時に終わるのだから不思議で仕方がない。
更に挙がってくる書類全てに目を通し判を押すショウの仕事にも一寸の狂いはなくそれらが纏められて棚に仕舞われる事で本日の業務が終わりを迎える。
「ショウ様、これだけ忙しかったのに随分楽しそうですね・・・。」
緑紅兄妹の長兄がくたびれた様子で話しかけてくるが自覚はしていなかった。眠れる鬼が目覚めた事で多少興奮してはいたがそんなに表情に出ていたのだろうか?
「そうですか?まぁ元々忙しくしている方が性には合っているみたいですし、仕事が好きなだけだと思いますよ。」
相変わらず笑顔を浮かべたまま次はスラヴォフィルの下へ向かう。カズキが相当好き放題動いた為先に言い訳、いや報告をしておこうと思ったのだ。
もちろん国王も彼が落ち込んでいたのは知っている。それが目を覚ましたのなら多少の出費くらい目を瞑ってくれるだろう。そう、多少なら。
「失礼します。ショウ=バイエルハートです。」
挨拶もそこそこに国王の執務室に入る許可を貰うと早速今日の出費について説明を始めた。飛空馬車はともかく現在最精鋭部隊である飛空戦術隊を100名動員したのは流石のショウも少し不安だった。
これらは軽く万の軍団を壊滅させる事が出来る特殊部隊でハイジヴラム率いる10万の兵を跳ね返したのも彼らだ。それを山篭り修行の安否確認の為だけに駆り出したのだから何かしら咎められるだろうと覚悟していたのだが。
「ふっふっふ。やっとカズキらしくなってきたじゃないか!いやぁ一刀斎の孫にしては随分しおらしいなと不安だったんじゃ。がっはっは!」
結果としてはスラヴォフィルも大いに喜んでくれたのでほっと胸をなでおろす。ただ財源が乏しい『トリスト』からすればそれなりに圧迫はしてしまっている為彼が気にしていなくても2人の宰相は今後対応に追われるだろう。
「そんな事よりショウ。実はお前に相談があってな。」
いきなり真顔に戻った国王は引き出しから上質の紙で認められた書類を取り出すとこちらに手渡してくる。
よくわからないまま受け取り、それを確認すると驚いたことに今まで眠っていた内なる炎が一気に燃え上がったではないか。
まず明らかに他国を下に見ている召集令状という書き出しとその内容。更に宛名が王妃というのだから無礼を通り越して非礼に値するのが理由だ。
「スラヴォフィル様。今すぐ最精鋭部隊を送り込みましょう。」
気が付けばまるで『ネ=ウィン』の皇子みたいな発言をしていたが国王は苦笑いを浮かべてこちらの怒りを制してきた。
「まぁ待て。この文書は明らかに常軌を逸している。恐らく『ジグラト』国内で何かあったのじゃろう。そこでショウ、お前が行ってその状況を調べてきてはくれんか?」
意外な命令にすっと落ち着きを取り戻したショウはすぐにいくつかの確認を取る。
「隠密などの報告は上がっていないのですか?」
「うむ。ここまでの行動は極秘で迅速に進められた厄介なものらしく何も入手出来ていないようじゃ。そもそも抜け殻のような『ジグラト』でそのような事が起きると誰も思っておらなんだ。」
個人的には隠密の怠慢を問い詰めたい所だがまずはこの非常識極まる相手を見に行くべきか。王妃であるブリーラ=バンメアという名は昔アン女王と並び称されたと聞いた事がある。
だが書状を見るにアンとは対極の存在らしい。『シャリーゼ』を巨大な商業国家に育て上げた女王はその卓越した外交力を武器にしていたのだ。冗談でもこんな書状を送りつけたりはしない。
「護衛の選出はお前に任せよう。好きな者を連れて行けば良い、といってもウンディーネで決まりか?」
「・・・そうですね。彼女なら十分な強さを持っていますし。」
下半身が人間のそれと違う為また長い腰巻が必要になるだろうが彼女はイフリータの復活を心待ちにしている。最近焦りというか急かすような様子が見受けられるも傍にいてくれるだけでいいのだ。特に問題はないだろう。
「決まりじゃな。では早速明日にでも・・・」
ばんっ!!!
突然激しい音と共に扉が開くといつもと違って速足で入室して来たアルヴィーヌ。ぽかんとしているこちらの様子などお構いなしに父にしがみつくよう体を埋めるととんでもない事を口走り始めた。
「お父さん!カズキを今すぐ国外追放して!」
やっと彼の調子が戻ったというのに王女は何が気に入らないのだろう?
「随分と穏やかじゃないな。どうしたアル?」
国王ではなく父として娘に接するのを黙って見守るショウ。カズキは傍若無人が服を着たような少年だがある程度立場は弁える。第一王女の嫌がる事などするはずが・・・
「カズキがね、強くなりたいからって私と毎日立ち会えっていうの!あれは狂ってる!」
・・・・・
全てを理解したスラヴォフィルとショウは黙って顔を見合わせた。どうも今の彼は絶好調らしい。
ただヴァッツの友人であり『剣撃士隊』の長でもあるカズキをその程度の理由で国外追放などに出来るはずもなく、父はいたずらに刑罰を口にした娘を真っ直ぐに見つめて諭すように口を開き始める。
「お前が焚き付けた結果、今のカズキがある。藪をつついて蛇を出すというやつじゃ。アルヴィーヌ、お前もそろそろ王女としてもう少し思慮深い言動を意識して・・・」
「難しい話はいいから!!」
自分の感情を最優先した娘は大切な話を一言で遮ると国王も口をへの字に噤んでお手上げといった表情をこちらに向けてきた。
(いや・・・父王であるスラヴォフィル様が無理ならもう誰が諌めても無理でしょう?)
そう言えればどれ程楽か。しかしヴァッツの為、そして彼の国である『トリスト』の為にショウは何か妙案は無いかと思考を搾り出す。
・・・・・
「アルヴィーヌ様。残念ですがカズキはこの国に欠かせない存在ですので国外追放は諦めて下さい。その代わりと言っては何ですが私と共に『ジグラト』へ参りませんか?」
「『ジグラト』?」
「はい。明日からウンディーネと共に赴く予定でしたが行楽と気分転換も兼ねて一緒に旅が出来ればと・・・」
「行く!いくいく!!」
一刻も早くカズキの狂った戦闘脳から開放されたいアルヴィーヌは二つ返事で快諾してきた。唖然とした様子で見守っていたスラヴォフィルだが特に反対する様子もなくすぐに頷いて許可を出す。
「う、うむ。では行ってくるがよい。ショウよ、娘の事は頼んだぞ。」
「はい。」
王女はただ逃げられる事を喜んでぴょんぴょんと飛び跳ねていたが今回の目的は決して簡単なものではない。
それでもこの提案をしたのには理由があった。まずウンディーネとアルヴィーヌはそれなりに仲が良い。更に2人とも相当な戦力を保持している。加えて彼女は『トリスト』の第一王女だ。
『ジグラト』が侮蔑の塊である書状を他国にも送っているという事はそれらとの接触も考えられる。つまりいざと言う時の切り札としても活用出来るのだ。
もちろんそれを彼女に伝えるつもりはなく、表向きはカズキからの逃避と旅を満喫してもらえればそれで良い。個人的な狙いがあるとすれば最近周囲と少し距離を置いているウンディーネと仲良くなってくれれば、くらいか。
その夜アルヴィーヌはカズキの手を逃れる為にルルーの家でお泊りをしてやり過ごすと翌朝は誰よりも早起きをして逃げるように地上へと降りていった。
スラヴォフィルの命令により同盟国である『アデルハイド』と合流してから『ジグラト』へ向かう事となった3人。1か月ぶりの地上は同じ冬なのにやや暖かく感じるのは高度か地熱が影響しているのか。
王城にある中庭に飛空馬車を止めると早速キシリングの右腕プレオスがこちらを出迎えてくれた。話によると『ジグラト』へは彼が向かうらしい。
「この酔狂な招待状にわざわざ王自ら出向く国はありますまい。」
プレオスは笑い飛ばしていたが良からぬ企てを考えている国ならこれを利用しかねない。その可能性を危惧して『アデルハイド』でも切れ者の彼を送るのだろう。
「話は変わるのですが『トリスト』のリリーというお方は今どちらにおられますか?」
いきなり意外な人物の口から意外過ぎる名前が出てきたので3人は顔を見合わせた。だが考えてみれば彼女は元服の儀でその姿を存分に披露している。
もしかして『アデルハイド』の誰かが彼女との関係を望んでいるのだろうか?
「いえ、それが我が国ではなく、今から行く『ジグラト』の王子がリリー様を嫁に迎えると宣っているらしく・・・」
「おやおや、プレオス様ともあろうお方が我が国の王子に対して随分と不敬な物言いをなさりますな。」
すると柱の陰から胡散臭い実業家が姿を現した。何故彼がここにいるのかは何となく察しがついたものの相変わらず実業家とは思えない雰囲気を纏っている。
ウンディーネもショウの後ろに姿を隠して警戒するが珍しくアルヴィーヌだけは彼をじっと見つめるとととと~と近づいて行き挨拶を交わし始めた。
「貴方がナジュナメジナ。うん、皆が言ってた通り怪しくて仕方ないけど妹を助けてくれたみたいだしお礼を言う。ありがとう。」
「おお!では貴女がアルヴィーヌ様ですな。いえいえ、私は当然の事をしたまでです。」
大仰に頭を下げて喜びを表すナジュナメジナ。アルヴィーヌが大いに怪しんでいるのが気になったが折角『ジグラト』側の人間がいるのだ。
「ナジュナメジナ様、ご無沙汰しております。何やらリリーについてお話があるご様子。よろしければその理由をお聞かせ願えませんか?」
ここは『ジグラト』の国内事情も含めて探りを入れておいても損はないだろう。早速プレオスにお願いして急遽部屋を一室用意してもらうと5人は席について話を始める。
「まずプレオス様が仰る通り、『ジグラト』の王子ハミエル様がリリー様を強くご所望されております。」
「そのハミエルとかいうの、中々の命知らず。」
「リリーはアルちゃん並みに恋愛感情から遠い存在なの。多分嫁とか言われてもぴんと来ないんじゃ・・・いひゃいいひゃい!」
早速少女2人が次々に感想を述べるもアルヴィーヌはウンディーネの分析が気に入らなかったらしくほっぺをにゅいんとつねっている。
更にリリーは現在ヴァッツの許嫁という立場で『リングストン』に滞在している。といってもこれはハミエルのような悪い虫から身を躱す為の方便であり正式な決定事項ではない。
ただナジュナメジナもリリー個人の事はある程度知っているようでそれらの反応に深く頷いていた。
「やはりそうですか・・・腕の立つお方とも聞いていますし無理矢理連れて帰る訳にもいかんでしょうな。」
「そもそも現在『ジグラト』は大変な状況のはず。いくら王子の命令とはいえナジュナメジナ様がこのような扱いを受けているのもいかがなものかと。」
プレオスも国内が大変な時期に5大実業家の1人を使いに寄越すという暴挙への疑問を呈するが本人は何の事だろうと不思議そうな表情を浮かべる。
「『ジグラト』では王妃様が国王様を幽閉しその権力を掌握しているとお聞きしています。更に周辺国へ毎年貢納品を納めるようにとの書状がつい先日届いたばかりです。」
「ほほう?私の知らない所でそのような出来事が・・・これは馬鹿王子と遊んでいる場合ではありませんな。」
ショウが懐から取り出した書状を受け取り目を通した後誰よりも辛辣な意見を述べたナジュナメジナは早急に席を立つと4人に向かって一足先に帰国する旨を伝える。
「そうだ。以前ショウ様から承ったご質問の返答はこの件が落ち着いてからお答えしましょう。」
最後にこちらに向かって微笑むと彼は部屋を出ていった。
ガビアムは『ジグラト』から届いた書状を手に複雑な表情を浮かべて対処を考えていた。聞くところによるとこれはそれなりの規模を誇る国々に送り付けられているらしい。
(国々・・・うーむ。こんな形でさえ無ければ・・・)
今まで『トリスト』と『アデルハイド』という規模が小さい同盟国にしか認識されていなかった自国を遂に大国が独立国家として認めたとも受け取れる。そこは素直に喜んでもいいだろう。
ただその内容は酷いものだ。友好的とは言えない一方的な要求に他国の責任者を呼びつけるという、宣戦布告と受け取られても仕方がない文書にただただ溜息しか出てこない。
更にガビアムを悩ませている部分。それはこちらから誰かを送らねばならないという点だ。
『ビ=ダータ』は新興国の為、現在全政務官が総力を挙げて法定を調整している。このふざけた書状の為に貴重な人材を裂く訳にはいかないのだ。
(ファイケルヴィ辺りを借りれないだろうか?いや・・・これ以上恩を作る訳にもいかんか。)
彼の最終目標として『リングストン』『ネ=ウィン』に次ぐ大国を独力で作り上げるというものがある。そうしなければ周囲から潰されるという現実的な問題があるものの、その為にも同盟国とはいえこれ以上の借りを作りたくないのも本心だった。
「国王様、随分と悩んでおられますな。」
執務室で書類に目を通していた所、宰相のジェドゥンが心配そうに声を掛けてくる。彼は父の時代からのよき相談役であり自分から見ても祖父のような存在だ。
かなりの高齢であり、だからこそガビアムが反旗を翻す時もこちらに付いてくれた。命を懸けた晩節への決断。これに何とか応えたいというのもガビアムの嘘偽り無き本心でもあった。
「うむ。『ジグラト』への対応をどうするか未だに結論が出せないんだ。」
「おや?あの書状の件でしたら私を使って頂ければよろしいかと以前にも申し上げましたが?」
そう。ガビアムは三日ほど悩んでいる。書状を受け取った当日からジェドゥンもこちらの心境を察したのかすぐにそう提言してくれていたのだが彼の年齢は80に近い。
そんな老体に短い距離とはいえ旅をさせるのはいかがなものか?そこをずっと悩んでいるのだ。もちろん国王自ら出向く事も考えたがそうなると留守をジェドゥンに任せなければならない。
現在野心家でもある実業家3人を擁している為これはこれで精神的な負担を押し付ける形となる。出来る事なら彼にこれ以上の負担をかけたくないのだ。
(新興国の最も弱い部分だな。)
『リングストン』の息がかかった者達は初日で粛清した為現在の『ビ=ダータ』では慢性的な人材不足に陥っていた。
その直後から国内外に向けて登用を行ってはいるものの『リングストン』という独裁国家の性質上領土内では最低限の知識と戦力にしかならない民草しか見つけられなかった。
優秀な人材は全て中央に送られる。それは知っていたもののまさかここまで刈りつくされているとは思っていなかった為、ガビアムは少しでも自力を手に入れようと実業家という猛獣3匹を招き入れた訳だ。
更に彼の国が敷いていた奴隷制度が資本主義転換への足枷となっていた。彼らは雇い主からの命令通りにしか動けず、いざ自由を与えても己の知恵や能力を使って自活する事が出来ないのだ。
そこを解決すべくまた多数の人材が割かれる。まさに人的資源は火の車だ。
(・・・仕方あるまい。今回もまた『トリスト』の力を借りるとしよう。)
これ以上悩んでも答えは出そうにない。つまり答えはとっくに出ていたのだ。彼は早速『トリスト』への書状を認めると連絡兵に命じる。
「これは『ジグラト』に関するものだ。出来る限り急いで届けてくれ。」
自身も宰相も動けぬ今、同盟国へ要請するしかなかった。ただそれに関して踏ん切りがつかなかったがこれ以上先延ばしにする訳にはいかない。
「・・・よろしいのですか?」
「ああ。今は外より内の事に集中したい。ジェドゥン、もう少し忙しい日々に付き合ってくれ。」
静かに見守っていた宰相の表情は少し驚いていたように見えたがガビアムの方は清々しい気持ちで溢れている。
幼少の頃より傍に仕えているジェドゥンはそれを見て取ると同じような優しい面持ちを浮かべながら執務室を後にした。
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