天族と魔族 -イフリータ-

 ノーヴァラットが新4将に選ばれた後、筆頭の座はバルバロッサで落ち着いた。

若く美しい彼女を選出した事は国民を大いに喜ばせ、空軍訓練兵達の士気もどんどん上がっていく。

この日、彼らの訓練が完了したら一度模擬演習として東の蛮族を攻めてみようと計画を立てていた

ナルサスの下に1人の戦士が複数人の将官からの推薦として参上していた。


「お前か。我が軍において現在最も強いのではないかと噂されている男は。」

「はっ!センフィスと申します!」


跪いている姿から見るに所自分より少し年下くらいか?

細身で猛々しさを感じる事もないのでよほど気配を消すのが上手いのだろうと思っていたが、

入室前に預かった剣を衛兵が運んできた事で印象ががらりと変わる。

黒を基調としたとても装飾が凝っている長剣に隣で立っていたビアードも目が離せずにいた。

(まるで儀式に使う剣のようだな。)

そう思いながらそれを手に取るナルサス。試しに刀身を確かめようと抜いてみるが・・・


・・・ぐぐぐ・・・


はて?どこか留め具でもついているのか?びくともしないので、

「実に見事な剣だ。刀身を見てみたいのだが留め具はどこだ?」

今まで聞いた事のない無名の青年に尋ねると、

面を上げたセンフィスは少し困った顔で口元に笑みを浮かべながら、

「それは私にしか扱えないように細工がなされています。」

聞いた事もない話に一瞬馬鹿にされたのかと疑うナルサス。

それは周囲も同じだったようでビアードを筆頭に衛兵達が武器を構え出した。

「待て。もし本当なら面白い。ここにいる全員で抜けるかどうか試してみようじゃないか。」

皇子がそう言うと早速ビアードが受け取ると衛兵達を集めて力ずくで抜こうとしたり

目を凝らして留め具を探したり、細工を見つけ出そうと目を凝らして眺めたりと色々試したが

結局彼らの前にその刀身を表す事はなかった。

「面白いな。」

基本的に冷酷ではあるが余興を楽しむ心を持っているナルサスはつい言葉に出してしまうと、

汗を流して必死になっていたビアードと衛兵達が驚愕した顔で一斉にこちらを向いたので余計に面白おかしく感じてしまう。

「よろしければ私が抜いてご覧に見せましょうか?」

その様子からセンフィスという男はこういう光景を何度も見てきているのだろう。

余裕をもってそう提言してくるので、

「うむ。私も含めて全員その挙動を注視しろ。どのようなカラクリか暴いてやろう。」

彼がとてつもなく強いという事で新4将に選ばれたノーヴァラットの代わりとして

推薦、再考してほしいと嘆願されていたのだが今の皇子にそんな意見は二の次だ。


10人近い人間がセンフィスを囲んで凝視する中、

剣を受け取った彼は特に何か特別な動きをする訳でもなく、


すらり・・・・・


細工もさることながら妖しく黒光りする流線形の刀身が皆の前に現れた。

その場にいる誰もがそのからくりを見つけ出す事は出来なかったのだが、

それ以上に美しすぎる剣を前に皆が言葉を失い視線が釘付けになる。やがていくらかの時が流れた後に、

「・・・その剣、私が欲しいといえばいくらで献上する?」

彼の腕がどうこうよりその剣に魅了されたナルサスは自身の欲望に忠実な言葉を投げかけた。

これはセンフィスにとっても非常に断り辛い命令にも近い提案だったが、

「申し訳ございません。これは私にとって体の一部といっても良い物です。

剣だけ献上するのは不可能ですが、これを持つ私に活躍の場を与えて頂ければ万の兵を沈めて御覧に見せます。」

恐らく推薦してきた将官達も最初はナルサスと同じような事を思ってそれを手に入れようとしたのだろう。

剣を抜く所から剣が欲しいという発言への対処まで随分こなれた感じを受けたナルサスは、

「・・・そうだった。お前の腕を確かめるんだったな。場合によっては4将の座も用意する。ビアード。」

信頼の置ける側近に声を掛けるとセンフィスを連れて退室していく。

皇子も別の扉から外に出ると国で最も豪奢かつ広大な国営闘技場の最前列に移動すると、

少ししてから武具に身を固めたビアードと美しい剣を片手にセンフィスが現れた。

戦いを見るのに言葉はいらない。

「命を奪う必要もないし怪我を負わす必要もない。あくまで試合だ。」

ナルサスがそういうと2人が対峙した後、銅鑼の前に立っていた衛兵がそれを大きく打ち鳴らした。

正直剣が目立ちすぎてセンフィス自身には何も感じなかったのだが、

合図と同時に想像以上の飛び込みでビアードの懐に入って行くと、


ざんっ!!!


左腕にあった盾が簡単に斬り裂かれる。一応まだ攻撃を凌げる形で残ってはいるが、

ビアードは受けるより反撃を選ぶと右手に会った片手剣で数撃を振るい始めた。

この場はあくまで相手の腕を見定める為の場なので4将である彼はそれなりに加減をしてはいた。

しかしその剣戟が悉く躱され、更に


ぶあっ!!!


センフィスはどこで覚えたのか、

現在『ネ=ウィン』国内でも精鋭のみが習得出来ている飛行の術で空に上がると


ごおおおおおおっ!!!・・・ざんっっっっ!!!!!!


急降下してきた後激しい斬撃を飛ばしてからまた急上昇していった。

ビアードの足元には5間(約9m)近い亀裂が地面に残っている。あっけにとられる周囲を他所に、

「そこまでだ。」

ナルサスは試合を止めると2人を自身の下に呼び、

「お前はその力を我が国の為に使うと誓うのだな?」

跪いた無名の男に最後の確認を取る。


氏素性に関しては推薦してきた将官が十二分に調べ上げていた。元は小さな武器職人の跡取り息子だという。

だがある日、見事な長剣を鍛え上げた彼はそれを使って国の軍部に自分を売り出し始めたらしい。

もちろん最初は皆彼自身よりもその手に持つ美しい剣にしか興味がなかった。

しかしそれが一振りしかなく、

彼自身にしか扱えない物だと知る事でそこからセンフィスの強さに注目し始めたのだ。


「はい!私は祖国『ネ=ウィン』で、命を賭けて戦い抜く事を誓います!」

「わかった。後ほど使いを渡すのでお前は一度帰るがいい。」

様々な不透明要素はあったものの、彼の強さは本物だ。

新たな4将候補が現れた事に胸を躍らせながらナルサスはビアードを連れて城内へ戻っていった。






 元々『シャリーゼ』は暖かい地域にあった為、冬のこの時期でもそれほど寒さはなかった。

モレストから久しぶりに聞いた『トリスト』という名前にヴァッツの姿を思い浮かべるも

多少のなつかしさを感じるだけで何か行動を起こす気にはならなかったショウ。

彼が『シャリーゼ』に帰ってからもいつも通りの仕事をこなしていると、


がたっ!?


まだお昼前の診療所には沢山の患者がおり3人が仕事に勤しむ中、

今まで大人しい様子しか見た事のなかったサーマが突如慌ててとある方向に顔を向けた。

それだけでも2人にとっては十分珍しい事なのだが、


「・・・おばあ様。少し席を外します。ショウ、こっちに来て。」


初めて聞いたサーマの声に思わず2人とも固まってしまう。

しかし彼女は何か急いでいるらしく、

老婆の返事を待つ前にショウの手を握って診療所から引っ張り出すと裏手沿いに南へ走り出す。

何が何だかわからないまま抵抗する事もなく森の入り口までやってくると

木々の影に体を潜めるよう伝えられるのでそれにも無言で従う。

一方サーマは何か東の方を見つめながら怯えているようだ。

「・・・サーマ。どうしたのですか?」

彼女が口を聞けた事はさておき、明らかに何かを警戒している姿から

まずはその真意を聞き出そうとするも説明してくれそうな雰囲気ではない。が、

ショウの前にしゃがみこんでふと自身の右目を両手で覆うと・・・


ぱあぁぁ・・・っ


怪しげな紫煙と光がその手と顔の隙間から漏れる。

そして顔から離れた両手の平には青く光る眼球が収まっていた。

察しの良いショウにはそれがすぐにサーマのものだと理解するも

彼女の右目が無くなる事は無く、青い瞳が少しくすんだようにしかみえなかった。

流血さえしていない取り出したばかりの青い眼球を無言のままショウの右目に近づけてくるので、

(一体何をしているんだ?)

疑問が浮かぶも彼女の行動には何か意味があると信じた彼は静かに成すがままを見届ける。

既に右目は光を失っていた為、自分の顔の前で何が起こっていたのかはよくわからなかったが、

同じような紫煙と光が発生するとにわかに温かくも冷たい感触が顔の右半分を支配する。

やがて、


「目を開けてみて。」


彼女が言った内容がよくわからなかったので、一度瞼をぎゅっと閉じてから再度開いてみる。

すると右目から視界の情報が脳裏に送られてきたのを全身で感じ取るショウ。

久しぶりの感覚に驚くも、辺りを見れば何故か昼前だったはずなのに妙に暗い。

いや、黒い霧のようなものが森一体を覆っている感じだ。

診療所までの草原にもそれは広がっているものの、そこは森周辺ほど濃くはない。

(・・・・・一体何が見えているんだ?)

サーマの説明がないので自身で辺りをきょろきょろと見回すと診療所周辺の家屋が並ぶ通り付近にも

それなりの霧がかかっていたが何より先程彼女が警戒していた方向。

東の空からまるで雲のような黒い塊がこちらに近づきつつあるのがはっきりと見える。

そしてそれは何度か見覚えがあるのを思い出したショウは、

「・・・『闇を統べる者』?」

「?!ショウはあのお方を知っているの?!」

サーマが驚いたように振り向いて声を出す。

こちらとしては彼女が喋った事と、自身の右目をショウに与えた事に衝撃を受けているのだが。

「ええ。ヴァッツの体に同居している?ような方ですよね?」

「・・・ヴァッツって誰?」

正直彼の者に関してはショウも全くわかっていない。

恐らくヴァッツの支配下に置かれているのでは?と思ってはいたが、彼自身かなり自由に行動をしていた。

「『闇の王』がこちらに向かっている。私達も飲み込まれるかもしれない・・・」

ここまでの言動もよくわからなかったが更におかしな事を言い出したのでショウは考える。


まず、彼女は『闇を統べる者』をとても恐れている。

そして彼女は喋ることが出来る。自身の右目をショウに与えてくれた。

すると闇の力が見えるようになったのか?現在巨大な真っ黒い雲のような塊がこちらに向かっている。


憶測と推測混じりだが、彼女がヴァッツの力を視認出来る事は間違いないだろう。

そして今はショウもそれを目の当たりにしている。


(・・・いや。待てよ。)


この闇の塊は本当にヴァッツのものなのだろうか?もしかして別の闇なのか?


あのヴァッツがショウを飲み込むなんて姿は想像出来ないし、『闇を統べる者』がいきなりそんな行動に出るとも考えにくい。

彼女は『闇を統べる者』ではなく『闇の王』と言っているし、ヴァッツの事も知らない様子だ。


ただ目の前には怯えるサーマがいる。

彼女には命を助けられただけではなく、今度は不思議な右目まで貰ってしまった。

ならばショウは出来る事は1つしかない。

「私が様子を見てきましょう。私の友人ならこちらに危害を加えるような事は絶対にしません。」

久しぶりに闘志に火をつけて臨戦態勢を整えながら立ち上がるも

『灼炎』が発動する気配はなく、サーマが慌てて手を掴んで制そうとする。

「・・・・・」

怯えて悲しそうな眼を向けてくるのでどうするか悩むもぎゅっと手を掴み返して立ち上がらせるショウ。

「では2人で行きましょう。」

優しく微笑みながら力強く答えるとこちらも少し悩んだ様子の後、

少し硬い笑顔を向けてくると力を緩めてショウについて行くことを示してくれる。

近づいてくるにつれて辺りがどんどんと暗くなる中、

「しかしサーマはいつから喋れるようになったんですか?元からですか?」

彼女の緊張をほぐす意味でも彼は気になった疑問を気楽に尋ねながら巨大な闇に近づいて行った。






 「ん?なんか赤いのと青いのがこっちに向かってるな?」

すっかり御者席に馴染んだバラビアが草原の方を指差して乗っている4人に伝えると

皆が一斉に窓から覗き込んで確認する。

「あ!ショウだ!」

「お。隣にいる子がサーマ?」

「何故あんな所にいるのでしょう?何か採取しているとかでしょうか?」

「・・・仲良く手を繋いでこっちにきてるわね。なんか女の子は緊張してるっぽいけど。」

口々に騒ぎ出すと収拾がつかなくなってきそうなので、

「とにかく一度アビュージャ様の所で馬車を止めましょう。」

老婆の診療所はもう目と鼻の先だったので時雨が口頭で説明すると2分もかからずに到着する。

挨拶もそこそこに裏手の草原からこちらに向かってくる2人を迎える為に5人はその足で裏手に回ると、

「おーい!ショーウ!!久しぶり!!」

ヴァッツが声を掛けながら駆けていった。

そのすぐ後ろからは興味津々な王女がととと~と小走りでついていく。

「やれやれ。2人とも子供ねぇ。」

子供呼ばわりされた王女と同い年である暗殺者もいつもよりかなり早足で近づいていく所をみると

彼女もまだまだ子供らしい。

「あの青い子。随分怯えてるが大丈夫か?」

隣でゆっくりと歩を進めるバラビアが眉をひそめてそんな事を言い出すので時雨も再度よく観察してみる。

確かにあちらの2人はショウが手をひいて歩いてきているし、

どうもサーマのほうは萎縮というか乗り気ではないというか。表情も強張りを見せている。

「・・・前に訪れた時は笑顔の優しい少女だったんですが。何かあったのでしょうか?」

その原因がヴァッツにあるとは微塵も思えなかった2人も不思議に感じつつ3人の背中を追う。

やがて少年2人が立ち合いの間合いまで近づいた時、


「ごめんねショウ。」


突如青い髪の少女から静かな謝罪の声が上がるとその髪がまるでアルヴィーヌのように長く伸び出す。

それは瞬く間に水に濡れたような状態で腰まで伸びると周囲には大きな水の雫が無数に生まれた。

見慣れない光景に5人が動きを止める中サーマがショウの襟首を掴んで大きく後ろに引っ張ると簡単に後方へ飛んでいく。

同時に全身を水に覆われて球体の檻に閉じ込められた彼も一瞬何が起こったのか理解出来かねているようだ。


以前会った時と全く様子の違うサーマ。


静かだがその姿はまるで『灼炎』の力を使っていた時のショウを彷彿とさせる。

「でも大丈夫。私が『闇の王』から守り切ってみせる。」

そもそも彼女が喋れる事自体に驚きながら会話の内容がほぼ理解出来ない状況だ。しかし、


ぱぁぁぁっ・・・!!


いつもは我儘ぐぅたら王女が王の命でもなく自発的に覚醒して本来の姿を現す。

「サーマだっけ?貴方から危険な気を感じる。私はお友達になりにきたんだけど?」

危険だと感じながらもその行動原理を変える事をしないのはいかにも彼女らしいが、

「冗談でしょ?『闇』に堕ちた天族に用はないの。私の相手はそこの少年だけよ。」

どうもヴァッツを敵対視しているようだ。

アルヴィーヌが迷わず覚醒した以上相手は相当の強さをもっているのだろう。

しかし従者としてここは主の命を守る為に時雨も急いでヴァッツの前に立とうとすると

そこには既にハルカが静かに直刀を構えて彼を守ろうとしている。

刹那、先を越された事による悔しさが込み上げるも

あのハルカがヴァッツの為に身を盾にした行動への嬉しさと意外さに心がもやもやする。


「えっと・・・何か嫌な予感がするんだけど?」


渦中の本人だけがこの状況を理解出来ないでいる中、

それを大きな隙だと判断したサーマは魔術であろう水球を一斉に放った。






 じゅあっ!!じゅじゅぁっじゅっ!!!


激しい音と湯気で視界が真っ白になる。

気が付けば大きな魔術を使う以外には滅多に見せない紅玉のついた短杖を右手に握るアルヴィーヌ。

柄に使われている木材は彼女の血を沁み込ませて育っていて、

強大な魔術を使用するときはいくつもの根が伸びてきて彼女の白い腕にめり込んでいく。

見ている側からすると痛々しく思うのだが本人曰く、自分の体と同じだから痛みはないらしい。


ぶあっ!!!


大きな翼をたなびかせると一陣の風が視界を遮る蒸気を吹き飛ばす。

恐らく水を使った魔術を一瞬で蒸発させるほどの火球で相殺したのだろう。

「サーマ。中々面白い。でもヴァッツは私の甥っ子だから傷つけるのは駄目。」

相変わらず抑揚のない声だが彼女なりに興味と注意を伝えたかったらしい。

そんな発言を気にすることなくサーマは次弾の水球を更に作り出すとほぼ無音でヴァッツに向かって撃ち放つ。

真っ直ぐに向かいながら変形する様はまるで水の槍だ。

その速さに時雨の目からは予測は出来ても動きが全く捉えられない。

アルヴィーヌもサーマを傷つけたくないのか、杖の傍に浮かぶ石板を展開させると無数の火球で迎撃して相殺し続ける。

『孤高』の1人である魔術を極めし者『魔王』から幼少時に自分を超えたと言わしめた彼女の実力は

現在世界でも比肩出来る者はいないだろう。そう思っていた。


だがサーマの水による魔術は衰える事を知らず、むしろその数はどんどんと増えていき、

前後左右と上からの容赦ない水槍の雨がヴァッツ目掛けて降り注ぐ。


きぃぃぃぃん・・・・・っ!!


アルヴィーヌの杖から発せられているのか。相殺で騒がしい中妙に甲高い音が耳に届いてきた。

中空に位置取る彼女を見てみると目を紅く光らせていつもとは違う真面目な表情で応酬に集中しているようだ。

ふと、ヴァッツの背中に隠れてアルヴィーヌとサーマの戦いを興味深そうに覗いている従者が目に留まる。

「・・・ハルカ。主を守る為に前に出てた忠臣の貴女はどこにいったのですか?」

彼女は暗殺者であり、誰かを守るという訓練はおろか考えすら持っていないはずだ。

なので先程の態度には感銘を受けたのだが、今はそれを後悔するしかない時雨。

「だってあの子かなり強いわよ?それなら私より強いアルかヴァッツに任せた方が安全でしょ?」

「・・・・・」

言いたい事は理解出来るが、これでは先が思いやられる・・・うん?


「サーマはそんなに強いのですか?」

「うん。私と同じくらいかそれより上かもね。」

流石にこの言は看過出来ない。

アルヴィーヌも相当な力量を持っているが下手をすると手傷を負うか、不覚を取る可能性も・・・

「心配するな!未来の旦那は私あたいが守る!!」

大柄なバラビアが堂々と3人の前に立ち塞がったので一気に視界が悪くなった。

「ちょっと!バラビアどいて!!2人を止めるから!!」

悪気はなかったのだろうが、ヴァッツが慌ててそう言うと目に見えて落ち込んだ後時雨の隣に戻ってきた。

しかし彼女の事は後回しだ。

今はヴァッツが2人の魔術対戦を止めると言い出した事について気になる事がある。


今までの彼は物理でしかその力を見せたことはなかったのだ。


基本的に自身の精神力を具現化して攻撃する魔術とは触るだけでも大きな傷を負う。

切っ先なら摘まむ事は出来てもこの無数に近い精神の塊による応酬。一体どうして止めようというのだろう?


そこからは目の前にいる少年なのにやけに広い背中を持つヴァッツから全く目を逸らさずにいた。

そして時雨は数秒にも満たないが相手の動きを先読み出来る。

どう動くかはわかるはずだった。しかし、


がししっ!


一瞬で姿を消した大将軍は一瞬でサーマの目の前に現れるとその両手を掴んで動きを止めていた。






 「あ。」

滞空していたアルヴィーヌが自身の翼で蒸気をかき消しながら短く驚いた。

サーマに近づいてしまった彼に火球が届くまでの距離が出来たということは・・・


しゃしゃしゃっ・・・!!!


彼女の周りに浮かんでいた水球がほぼ零距離で彼の体に襲い掛かるという事だ。

その瞬間に誰もが息をのんだ。無数の水槍によってヴァッツの体が串刺しになるだろうと。



しかし彼の体に触れた瞬間それらは全て形を失い地面に落ちると消えていった。



ヴァッツは物理的な攻撃だけではなく魔術ですらその体には傷をつけられないというのか?

サーマも諦める事なく別の魔術を発動させると自らもその巨大な水球体に包まれるような形で展開し始める。

後方に閉じ込められているショウと同じような状態にもっていくつもりか。

しかしそれも一瞬ですぐに形が崩れて水は全て地面に落ちてしまった。


「・・・やっぱり私の力じゃ『闇の王』には勝てないの・・・?」

あれだけ大量の水に覆われたにも拘らず全く濡れていないヴァッツを見てサーマは顔を青ざめている。

【その『闇の王』という呼び方はやめてもらおう。そもそも私は何もしておらん。】

久しぶりに聞いた『闇を統べる者』はヴァッツの右目から黒い靄を立ち上らせながら皆の前に姿を現した。

そしてその声は相変わらず低く地の底から響いてくるかのようだが今回は珍しく非常にうんざりした感じに聞き取れた。


ぼこっ!


「あ痛っ?!何々?!」

気が付けばアルヴィーヌが急降下してきてそのままヴァッツの頭に手刀を落としている。

「折角守ってあげてたのに勝手に動かないで。」

完全に戦意を無くしたサーマを見てもう大丈夫だと判断したらしく、

いつもの黒髪短髪姿に戻った王女は大将軍の隣に降りると2人でサーマを見つめる。

「えっと。とにかく一度話がしたいんだけど。オレも『ヤミヲ』もさ。いい・・・かな?」

「・・・好きにすればいいでしょ。」

諦めたかのようにぽつりと呟くとこちらも長かった髪が元の短い髪に戻っていた。

同時に後ろで拘束のような形になっていたショウも小走りで近づいてくると、


ぼこっ!


「はうっ?!」

やりとりは全て見聞き出来ていたのだろう。

ショウが今までとは違う、少しいじける様な表情でサーマの後頭部に手刀を軽く落とすと、

「全く。私に任せて下さいと言っていたでしょ?ヴァッツ。そしてアルヴィーヌ様。

色々と誤解があるようなのでまずは診療所に戻って話をしましょう。」

2人に向かって申し訳なさそうにそう言うとサーマも仕方なく頷いた。


今回も一切の犠牲を出さずに、しかも世界で最も強いとお墨付きを頂いているアルヴィーヌの魔術戦をも

簡単に止めてしまったヴァッツに心の底から畏怖と敬意を再び払う時雨は心なしか足取りも軽くなってしまっていたらしい。

「時雨は本当にヴァッツの事が好きなのねぇ?」

途中で職務を投げ出したハルカがいやらしい笑みを浮かべながら冷やかしてくる。

わかってはいても他人からの指摘には心臓がどきどきとしてしまうのでどうするか一瞬悩むも、

「はい。私はヴァッツ様が大好きです。」

下手に隠すのは止めて本心を笑顔と共に伝えると返り討ちにあったハルカの方が逆にどぎまぎしている。

「何っ?!お前も正妻の座を狙っているのか?!」

バラビアが驚いて会話に入って来たので面倒くさくなった時雨は、

「好きにも色々あるんですよ。」

簡単に流すと敬愛すべき大将軍の下に歩いて行った。






 「・・・オレってそんなに怖い?」

誰一人気が付いていなかったがヴァッツは心から恐怖された事に甚く傷ついたらしく、

今にも泣きそうな顔になってサーマの様子を伺っていた。

落ち込んでいる彼は従者と王女に任せるとして、

ショウもサーマがまた暴走しないようになだめながら診療所に入る7人。

「おや?もう大丈夫なんけ?ってえらい大人数になってまぁ?」

老婆が患者を診ながらもこちらの様子に驚いているが、今日に限ってはそちらに気を取られている暇はなさそうだ。

「すみません。重大な話があるのでこれが終わり次第お手伝いに戻ります。」

流石に少し申し訳なさを感じつつも頭を下げていつもの食卓にヴァッツ達を案内する。

椅子が1つ足りなかったので時雨がヴァッツの後ろで立つ形になってしまったが彼女は彼の傍にいれる事が何よりもうれしいらしい。

不満もなさそうなのでまずは・・・・・

「まずはサーマの不安から解消させて下さい。『ヤミヲ』様、貴方は『闇の王』と呼ばれているんですか?」

今もヴァッツの体からはもちろん、

周囲からも黒い霧が絶えず発生してショウの視界には月明かりの無い闇夜のように映っている。

サーマから預かった右目によって見えてしまっているのは間違いないなさそうだが、

逆にそれらが見える事で隻眼時よりも視界が悪くなった事に思わず笑いが込み上げてくる。


だが、もしこれまでもヴァッツがずっとこの状態だったとしても自分達に不利益は何も無かった。

あまり他人を信じないショウが強く確信しながら疑問を1つずつ解決していこうと話を切り出すと、


【私をそのような塵と一緒にするな。

『闇の王』とは己の負の感情等を具現化してしまった者が勝手に名乗っているだけだ。】


地の底から聞こえてきそうな声と共に少し不快感すら感じる短い答えが返ってきた。

全ての闇を統べる者からすれば紛い物扱いということか。ならばその感情も理解出来る。


「ということです。サーマが忌諱する相手ではありませんので安心してください。」

「・・・でも、ショウも見えてるでしょ?闇の力が・・・」

こればかりは嘘を言うわけにもいかない。しかしこの闇に恐怖を感じないのも偽り無い本心だ。

問題はどう説明すれば納得してもらえるか。


【なるほど。普段は抑えている私の力が視認出来るとは。貴様、相当上位の『魔族』だな?】


悩むよりも先にヴァッツの右目を怪しく光らせる『ヤミヲ』が聞いた事の無い言葉を発した。

「『魔族』って何?」

すかさず疑問を口にするヴァッツ。

相変わらず1人で話しているようにしか見えないやりとりに少し懐かしさを感じるショウ。

【『魔族』というのはこの人間界のはるか地下深くに存在する魔界に住む種族だ。

逆に『天族』とはこの世界のはるか上空で暮らす天界の種族の事を指す。】

「へー。」


・・・・・


随分あっさりと会話が終わったが

その内容は誰にとっても聞き捨てなら無い物だという事に皆が気付くまで数秒かかる。

「じゃあさっきサーマが言ってた『天族』って。アル、貴方天界って所から来たの?」

「知らない。私赤ちゃんの時にここに来たから。」

まずはハルカがその正体に迫ろうと質問するも、アルヴィーヌは特に興味ない感じで返すのでそれは終わる。

「・・・サーマ。貴方が『魔族』というのは本当ですか?」

これは『ヤミヲ』がはっきりと口にした内容だ。

こちらもしっかりと確認しておく必要があるだろう。

「・・・うん。私は友達を探しにここにやってきたの。」

「誰誰?私?」

いや初対面なのにそんなわけがないでしょう?と口に出したくなったが、

アルヴィーヌは長い前髪から目を輝かせて迫っているところをみるに本気で言っているのだろう。

今更ながら妹とは随分違う性格のようだと心の中で舌をまいていると、

「・・・私の友達はショウの中で眠っているの。」

「・・・え?!」

自分の名前が意外な会話から出てきたので思わず声を漏らすショウ。

隣に座る彼女の表情を伺うも嘘ではなさそうだ。

自身もアルヴィーヌと同じように赤子の状態で『シャリーゼ』にやってきたので詳しい事は何も知らない。

知っていることといえば・・・


・・・・・『非人』・・・・・あの実験か?


「そうよ。ショウ、あなたの体には私の友達も一緒に生きているの。」

こちらの心を全て読んだかのようにサーマは悲しそうな表情を向けながら答えてくれた。






 凡そ普通の人間にはない力『灼炎』。

自身が『非人』の実験体最後の生き残りというのも知っていたし何かを埋め込まれたのも聞いていた。

しかしその内容に関しては研究者すら知らなかったというのだから調べるのは諦めていたのだ。

「私の友達イフリータ。ショウの中には彼女がいるの。

でもあなたが死にそうになった時、あの子が身代わりになって守ったみたいで・・・」

サーマが『魔族』という事や、右目を与えられた事、身代わりとなったイフリータという『魔族』の事。

どれも初めて聞く言葉と内容に情報の真偽についてまずは精査したいところだが、

「・・・そうか。それで私は・・・」

あの燃えるような愛国心と復讐心を失った原因はこれ以外に考えられない。

どこまでイフリータの影響があったのかはわからないが感情と同時に『灼炎』をも失った理由。

点と点が全て繋がったショウは深く納得はしつつもうな垂れる。


赤子の頃から知らず知らずの内に一緒だったイフリータ。


『灼炎の力』だけではなくショウの感情にまで影響が出ていたのか。


・・・何とか取り戻したい。自身の為にも、サーマの為にも。


「イフリータはどうすれば元に戻るのでしょう?」

「命に係わる傷を負ってるはずだから・・・眠りから覚めるのを待つしかないの。」

その答えにも大いに納得するショウ。

自身が『灼炎』を使った後は必ず休息として何日か眠り続けていた。

これも全てイフリータがさせていたのだろう。

サーマの不安を取り除こうと話を始めたはずが、いつの間には自身の正体を突き止めていたショウは

人生で一番の達成感をひしひしと覚えながら身も心も穏やかな気持ちに包まれていく。

漠然と不安だった自分の力が分かった事でこんなにも幸福感に満たされるとは・・・


【サーマというのはその体の名だな?水の魔族よ。貴様の名は何という?】


旅をしていてもほとんど姿を現さなかった『闇を統べる者』が今日はやけに話を持ち出してくる。

「・・・私はウンディーネ。」

【覚えておこう。】

「え?じゃあ今私が友達になろうとしてるのはウンディーネ?」

「アル・・・貴女ある意味ヴァッツよりいい性格してるわね・・・」

(・・・あれ?)

サーマの口からウンディーネという知らない名前が出た事で幸福感に包まれていたショウは一瞬で我に返る。

「・・・では私が今まで傍についていたのはどちらだったのでしょうか?」

激しい感情と異能の力を失っていた彼は

命の恩人でもあり同郷の出でもあり、似た境遇だと感じたサーマの為に傍にいる事を選んでいた。

これが全てウンディーネだったとすると話はまた全然違ってくる。

「今までの喋れない姿はサーマよ。

今回身の危険を感じたから私が体を使っているけどショウとの日々は全部共有しているの。」

「へー。面白い。ヴァッツもそんな感じだよね?」

アルヴィーヌが横から口を挟んでくるも、言われてみれば確かに似ている。


【強大な力を宿す場合その宿主には相応の資質が求められる。

サーマといいショウといい、それだけの器を持って生まれてきたのだろう。】


『闇を統べる者』が補足を入れてくれた事でより深く理解する一同。

ショウに関してはだからこそ『非人』の過酷な実験の中生き残れたのかと1人納得するも・・・



では『闇を統べる者』を受け入れたヴァッツの器というのは一体どれほどのものなのだ?



「ショウ、サーマ!ちょっと怪我人が多いんだぁ!手伝ってくれねぇか?!」

老婆の悲痛な呼びかけが聞こえてきたので、

「じゃあ私はサーマに戻るから。ショウ、行こう。」

ウンディーネが最後に言い残すとがらりと雰囲気が変わる。

見慣れた笑顔のサーマがこちらに顔を向けてくるので仕方なく席を立つと、

「私達も簡単な治療ならお手伝い出来ます。ハルカ、行きますよ。」

時雨が1人を名指しして診療所に向かった事でウンディーネと『闇を統べる者』の話し合いは幕を閉じた。

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