道なき人生 -友と共に-

 目が覚めれば以前と同じく、隣にはイルフォシアが徹夜で看護をしてくれたのか。

椅子に座ることもせず、床に座りこんで寝具に顔をうずめたまま眠っていた。

ただ、『ジョーロン』の時と違って今はしっかりと痛みを感じ、

心はイルフォシアへの想いより寂しさが占めていた。


誰にも打ち明ける事のない悲しみを背負っていたハルカ。


例えどのような理由があるにせよ

この『アデルハイド』城内で王子を暗殺しようとした事は絶対に許されないだろう。


苦手ではあったが、イルフォシアとも仲が良くなっていた彼女が処刑されるのは少し寂しい。

何とか減刑を求められないだろうか・・・・・




(そうじゃない!!そうじゃないだろ!!!!)




今までの温室思考に勢いよく反発すると同時に寝具から飛び起きるクレイス。

傷口からはもう1つ心臓が出来たのかと錯覚する程強く脈打つ感覚と痛みが脳内に走る。

「はっ?!あれ?!クレイス様、気がつかれましたか?」

慌ててイルフォシアも目を覚ましてこちらを気遣ってくるが、

「イルフォシア様!ハルカはどうなりましたか?!」

「え、えっと。今は牢屋で大人しくなさっていますが・・・」

まだ生きている事に安心すると張り詰めた気持ちを途切れさせる前に動く出したクレイス。

イルフォシアがいるにも関わらず慌てて服を着替えると急ぎ足でスラヴォフィルの執務室に向かった。




その部屋にはヴァッツとアルヴィーヌ、御世話役のハイジヴラムなどもいたが、

「スラヴォフィル様!ハルカを処刑するのは止めて下さい!!」

礼儀も作法もそっちのけで思いの丈をぶつけたクレイスに

後からついてきていたイルフォシアも驚愕して固まってしまった。

ただ1人、スラヴォフィルだけが机の椅子に座ったままゆっくりとこちらに視線を送って、

「何故じゃ?奴は王族を手にかけようとしたんじゃぞ?お前を殺そうとな?」

「わかっています!でも、彼女はどうすればいいかわからなかったんです!!」

昨夜の出来事で彼の中には全ての答えが結びついていた。

行動だけみれば極刑は免れないが、彼女も旅をした仲間の1人でありイルフォシアの友人だ。

幸い自分は生きている。クレイスさえ許せば何も問題はないはずなのだ。

「ハルカは愛する人を2人も失った。その原因がヴァッツだと決め付けてしまい、

でもヴァッツには絶対歯が立たない。だから・・・同じように親しい人物を殺そうとした。

・・・同じ絶望を味あわせる為に。」

「ふむ・・・ならば尚更ここで処刑するのが慈悲ではないのかね?仇を取れぬのだからな。」

この場でただ1人とても冷静な『トリスト』国王は静かに言葉を返す。


「嫌です!僕は・・・そんな悲しい死に方をさせたくない!!

彼女は・・・イ・・・一緒に旅をした仲間です!!」


クレイスのあまりに普段と違う強い言にヴァッツですら目を丸くしてこちらを見ていた。


だがここは『アデルハイド』であり、自分は王子だ。

たとえ自分の命が狙われたとしても自分さえ許せば周りも許さざるを得ない。

今こそ王族の特権を使わずに何が王子か!!


鼻息を荒くしてスラヴォフィルの返答を待つクレイス。

そもそも彼に許しをこう必要すらないんじゃないかと思えてくるも、

「大将軍ヴァッツ。お前はどう思う。大事な友人を殺そうとした者を、お前は許せるか?」

「えっ?!」

国王はハルカが一番の標的にしていた少年に尋ねると目に見えて困った表情を浮かべて腕を組み、

うーんうーんと考え始めた。

これに関しては意地悪だなぁと少し軽蔑の念を持ってしまうも、

「あのね・・・ハルカはとても悲しかったんだ。オレにはそれが全部わかった。

だからクレイスが許してあげるのならそれでいいと思うし、それならオレは・・・」

最後に結論を出そうとしたところで言葉に詰まり、少し間をおいてから、

「うん。オレもハルカを護るよ。そうすればクンシェオルトもメイも喜んでくれるよね?」

「・・・ヴァッツ!」

友人のとても感謝してもしきれない発言に喜びが爆発したクレイスは周囲の目など全く気にせず

飛びついて強く抱きしめた。

「あははっ!!そんなにうれしいの?!」

「うん!!ヴァッツはやっぱりヴァッツだよ!!!」

彼はとても強く、そしてとても仲間思いだ。

正直スラヴォフィルが話を振った時、ヴァッツは極刑とは言わなくてもハルカを許す発言はしないだろうと思っていたのだ。

予想を反する答えに嬉しくて仕方が無いクレイス。

ただ、はしゃぎすぎたせいか傷が痛み出した事で冷静さを取り戻すと慌ててスラヴォフィルの前に戻る。

しかし彼は咎めるような様子も見せず、表情には慈愛にみちた笑みがこぼれており、

「わかった。キシリングにもそう伝えよう。」

久しぶりにきいた父の名に一瞬びっくりするも、

ひとまずハルカの命が救われた事に最上の喜びを感じたクレイスは満面の笑みを浮かべるのであった。






 「アル。すまんがルルーを連れてきてくれるか?大急ぎでな。」

「わかった。」

いつもは何かとごねる王女が素直に返事をすると小走りで部屋から出ると

激しい光を放ちながら力を覚醒させた後、城全体に大きな振動を残しながら飛び立っていった。


未だ『トリスト』の城がどこにあるのすらわからなかったが、

「ハルカと親交のある者を全てここに集めてくれ。」

「はい!」

今度はイルフォシアが嬉しそうに元気よく返事をすると小躍りしそうな足取りで部屋を後にする。

話はついているのでハルカの命が脅かされる事はないだろうがそれでもいくらかの罰は受けなければならないだろう。

2人の王女が出て行った後、傷の痛みと今までにない程の精神をすり減らしての発言を終えた事で腰から崩れ落ちそうなクレイス。

「クレイスこっち。」

それを察してくれたのか、ヴァッツが自分の隣に座る様に椅子をぽんぽんと叩いて声を掛けてくれる。

「うむ。カズキも言っておったがお前は痛みに相当強いようじゃな。

しかし無理をし過ぎるな。時と場合によってはその行動が裏目に出る時もある。」

優しい笑顔だが、言葉には諫める意味が込められていたのを感じ取りながら

『トリスト』国王に軽く会釈をしてから友人の隣に座ると大きなため息が漏れてしまった。


どれくらいの時間で彼女達が戻ってくるのかわからなかった。

ルルーを連れて来るようにと言われたアルヴィーヌに関してはクレイスがその場所を知らなかった為、

相当な時間がかかると思っていたのだが。

「ただいま。」

恐らくため息をついてから5分と経っていないはずだ。

勢いよく扉を開けて銀髪を揺らしながら長女が先に戻ってくる。

「こ、こ、こんにち・・・は・・・」

手を繋いで入って来たルルーは相当急かされたのか、アルヴィーヌの涼しい表情とは真逆で息を切らしていた。

「おお!すまんなルルー!ちょっとお主の友人が大変な事になっておってな。」

「は、はひぃ。アルちゃんから、少しだけ、聞きましたぁ。」

「そ、そうか。まぁ少し休んでくれ。今から一仕事お願いするからの。」

言葉を発するのさえ難しいルルーを気遣ってスラヴォフィルは立ち上がると長椅子に座る様促し、

国王自ら飲み物を準備し始める。

慌ててハイジヴラムが代ろうと茶器の取り合いが始まる中、

「戻りました!」

今度はイルフォシアが目を輝かせながら部屋に入って来た。

いつもの彼女ならきちんと扉を叩いて許可を待つのだが、それを忘れる程興奮しているらしい。

後ろからはリリーと時雨が入ってくると、

「よし!全員揃ったな。あ、こらハイジ!!ワシの仕事を取るんじゃないっ!!」

御世話役が入れてくれた飲み物で一息ついた後詳しい説明もないまま一行はハルカのいる牢屋に案内された。




その雰囲気が怖くて恐らく1度しか足を踏み入れていないはずだ。

11年暮らしていた城の地下にある拘置所の一番奥。独房となっている一部屋にハルカは繋がれていた。

自死しないように緩めだが手足を拘束され、暗い部屋の雰囲気がより悲壮さを訴えかけてくる。

ヴァッツとクレイス、それに王女と緑紅姉妹に時雨が中に入り、

ハイジヴラムは誰も通さないよう部屋の外で待機を命じられていた。

「ハルカちゃん・・・」

ルルーがとても悲しそうに呼びかけるとゆっくり顔を向けたハルカ。

昨夜と違ってその表情にはもはや生気が感じられない。

(・・・僕は・・・間違えたのか・・・?)

スラヴォフィルの言うように、

彼女にとってここで命を断ってあげた方が幸せなのかもしれないと後悔が押し寄せてしまうも、

「さて。ルルーよ。まずはクレイスの傷を治してもらえるかの?」

「は、はい。」

国王に言われたルルーがクレイスの左側に立って傷口に手を添えると、


ぱぁぁぁ・・・・っ


以前にも体験した、鮮やかな緑色の温かい光が彼の傷をみるみる塞いでいくのを感じる。

包帯の上からなので実際どのような変化を見せているのかわからないが、これは間違いなくあの時と同じだ。

「・・・これでどう?クレイス様。」

「えっと、ありがとうございます・・・」

治療が終わったようなので放心状態のままお礼だけは伝えるもクレイスは非常に困惑していた。


あの時はカズキも一緒に居た。

そして治癒を施してくれたのは兄のロランだったはずだ。

更に世界の均衡を崩す力とまで言われた上に、口外しないように固く約束したのをよく覚えている。


「ではハルカの治療もしてやってくれ。大した怪我はしていないと思うが。」

「は、はい!」

クレイスの時と違って目に見えて嬉しそうなルルーは小走りで彼女の元に近づくと


ぱぁぁぁ・・・・っ・・・・


「ほんとだ!全然怪我してない!よかった~!」

一瞬光を放ったものの、それはすぐに消え去ると喜んで抱き着くルルー。

彼女の抱擁とその力を受けて少しだけ顔に血の気が戻ってきたハルカは、

「ルルー・・・貴方一体・・・」

「うむ。ハルカよ。これからのお前の処遇についても含めてワシが話そう。」

力強い発言が牢屋内に響くと皆が一斉にスラヴォフィルを見る。

全員が聞く姿勢に入ったのを確認すると彼は静かに語り出した。


「まずルルーやリリーは知っての通り『緑紅の民』じゃ。

そしてルルーは『治癒』の力を持っておる。これは今手元にある情報じゃと世界で彼女だけじゃ。」


いきなり自分の知っている情報とは食い違いがあったので口を挟む事無く驚きの表情だけ浮かべるが、

当然それを察するスラヴォフィルは捕捉を説明しはじめる。

「この力に目を付けられた彼女達は4年前に『リングストン』に捕らえられたのじゃ。

ルルーは人質にされ、リリーは妹の命を守る為に暗殺者として利用された。

それを解放したのが一年前。その時二度とこの子達に害が及ばないように1つ策を講じた。」

(まさかそんな過去があったなんて・・・)

初めて聞く2人の話に先程の矛盾など忘れてしまうクレイス。

「『治癒』の力を持つ者はルルーではなく兄のロランだと偽装する事にしたのじゃ。

暗殺組織は壊滅させたので今後彼女を狙う者はずっと少なくなっていくじゃろう、と。」

やっと全てが繋がったクレイスは心の底から深く感嘆し納得する。

『治癒』を受けた時はロランが主導していたので全く気が付かなかった。

しかしその方法だと今度は兄が危険に晒されそうだが・・・

「ロランは命に代えても妹達を護ろうとしておる。お前達もその事だけは覚えていてほしい。」

ルルーと緑紅の民についての説明が終わるとそれぞれの想いが表情に浮かんでいた。

だが問題はこの後、ハルカの処罰についてだ。


「では次にハルカについてじゃ。昨夜王子クレイスにその凶刃を突き立てた罪。

それは王子自らが助命すると宣言したのでまずは減刑とする。」


「・・・何で?」

睨んでくるハルカにクレイスが先程感じた後悔が更に大きく膨らんでいった。

これこそが有難迷惑、価値観の相違というものだろう。

良かれと思ってやった行いが、必ずしも相手にとっても良く受け取られるとは限らないのだ。

悲しみからの解放、死を望むハルカに対して自分の行いは恨みしか生み出さないのか・・・


「ハルカちゃん!何でじゃないでしょ!」

言葉も自信も失う中、抱きしめていたルルーが激しくしかりつける。

そこにアルヴィーヌもととと~と小走りで近づいていってしゃがみこむと彼女の手枷を、


ばきんっ!!


まるでヴァッツのような力業で無理矢理外してから、

「皆で遊ぶ約束、してたよね?」

覚醒をしていない状態なので前髪が目にかかっていて表情はよくわからないが、

その声には優しさと我儘が混在した色が混じり合っていた。

「まぁお前は本当の妹みたいに・・・思っているんだからな?」

リリーも近づきながら照れるようにそう言うと、今度はちゃんと鍵を使って足枷を外す。

「私はどちらでも良かったんですが・・・クレイス様とヴァッツ様がお許しになるのでしたら何も言う事はありません。」

時雨だけは本当に自分の意志とは関係なく、

2人の判断に同意したという形を強調しながら反対側の足枷を外した。

「・・・・・よかったです!!よかった~!!」

この狭い牢屋の中で一番感情をむき出しにしたイルフォシアは大きな翼を広げて文字通り5人の中に飛び込んでいった。

少女達6人がもみくちゃになる中、

「あっ!ご、ごめんなさい!」

慌てて鍵を取り出して最後の手枷を外したイルフォシア。

自由を取り戻したハルカは囲まれた5人に手を引かれてゆっくり立ち上がる。

それでも納得がいっていないらしく、顔に生気はもどっていたものの非常に困惑しながら、

「で、でも・・・私・・・」

「まだ悲しみから逃げる気か?」

スラヴォフィルがいつの間にかとても厳しい顔でハルカを見据えていた。

恐らく怒りもあるのだろう。彼から普段感じ取れない程張り詰めた空気も流れ出てきている。

「・・・・・」

「ハルカよ。お前は愛する者達が亡くなって非常に悲しい思いをしている。

それはわかる。じゃがお前の周りを見て見よ。」

言われるがままに辺りに目をやるハルカ。

そこには彼女と知り合い、親交を深め合った友人達が5人も彼女を心配そうに見つめていた。



「もしお前が死を選べば今のお前と同じ悲しみをその子らに与える事になるのじゃぞ?」



やっと理解出来た。

これこそがスラヴォフィルの伝えたかったことなのだ。

だからこそクレイスとヴァッツが助命を訴えた時に彼女達を集めたのだと。

「・・・・ぅぅ・・・・うう・・・・」

昨夜と違う涙を零して泣きじゃくるハルカに、アルヴィーヌと時雨以外も涙を浮かべていた。






 少女達が抱き合って喜びあう中、

「ふむ。これでひとまずハルカは自分の命を知ったじゃろう。ここからはお主の処罰についてじゃが・・・」

「「お父さん!!」」

スラヴォフィルが優しい雰囲気に戻ってそう言いだすと娘2人が大きな声を上げる。

「こ、こら!まだ話は終わっておらんのじゃ!あと皆の前でお父さんはやめんか!!」

「何言ってるのお父さん。クレイスとヴァッツが許すって言ったんでしょ?じゃあもう何もなしでいいじゃない。」

「姉さんの仰る通りです!!処罰って何ですか?!もうこれ以上ハルカさんを責めないで下さい!!」

場が一気に家庭内の親子喧嘩劇のようになってしまい、残された者達がぽかんとする中、

「待て待て!仮にも王族であるお前らがそれでは民に示しがつかなくなるじゃろう!?

いいから最後まで聞きなさい!こら!髭を引っ張るでない!!」

もみくちゃにされながら何とか言い聞かせようと必死なスラヴォフィル。そこに、

「ほらほら。じいちゃんが何かしゃべりたいみたいだしちょっと抑えて抑えて。」

クレイスと共にずっと見守る姿勢を取っていたヴァッツがアルヴィーヌの脇に手を入れると

ひょいっと簡単に持ち上げてひっぺがす。それを見たクレイスも、

「イ、イルフォシア様も少し落ち着いて・・・ね?」

彼と同じ芸当は絶対に無理だったので自分は自分なりに出来る形を、

彼女の両肩に手を置いて落ち着かせながら後ろに引き寄せようとする。

正直イルフォシアの肩に手を乗せるだけでも心はいっぱいいっぱいだったが

2人ともすぐに落ち着きを取り戻して大人しくなってくれたので、

「こ、こほん。ではさっさと言い渡そう。

ハルカは我が『トリスト』の監視下に置いて働いてもらう。当面はヴァッツの下でな。以上!」

「・・・ええええっ?!?!」

この処罰に1人を除いて皆が満足そうに頷く中、

やはり本人だけが拒絶気味に普段の彼女らしい声を上げていた。








「・・・・・納得いかない・・・・・」

未だに残る少しの悲しみと、それでも今いる友人達の為に生きる事を選んだハルカは

その彼女達に囲まれながら不貞腐れていた。

「お前なぁ・・・もう敵対する事はないんだぞ?いい加減ヴァッツ様を嫌うのは止めろ。」

姉と慕われるリリーが説得を続けるも、一向にその心は動きそうもない。

「ハルカさん。あれだけ素晴らしい方と一緒にいられるのに何が不満なのですか?」

叔母という立場であるはずのイルフォシアも甥に向けるには過剰な愛情を隠そうともせずに問いかけている。

「私もヴァッツ君明るくて好きよ?」

あまり接点のなかったルルーは『アデルハイド』に呼ばれて彼との親交を深めた結果、そういう感情を抱くようになったらしい。

「・・・分を超えた感情を持つよりはマシでしょうけど。」

時雨はそれほど強く説得するつもりはないらしく、その動向を静かに見守っている。

「大丈夫。なんか私もヴァッツの傍にいるよう言われてるから。あいつは放っておいて一緒に遊ぼう。」

アルヴィーヌだけはぶれる事無く自分の欲望に忠実な発言を繰りかえす。

三者三葉、一水四見とどれも5人を例えるには数が足りていないが、

彼女達がヴァッツの下で働くという事に異を唱えることはなかった。


「まぁ罰って言われちゃってるしね・・・これほど私に効果的な罰もないわよね~」


あれから一週間。

それぞれの働きに対する褒美として彼女達全員にささやかな休暇が与えられていた。

これに大喜びしたアルヴィーヌとルルーは毎日毎日城の内外問わずはしゃいで走り回っていた。

ハルカとしてもいつの間にか自分が思ってた以上に友達の輪が大きくなっていた事に驚きながらも、

彼女らに負けず劣らず遊びまわった。

もちろんそれはクレイスやヴァッツにも与えられていた為、彼らと接する事もあったのだが。


いつからだろう。


いつの間にかヴァッツに対する嫌悪感はなくなっていた。

それに気づかれたくない為未だにこうやって愚痴る様子を見せつけているのだが。

(嫌いじゃなくなった・・・いや。怖くなくなったのかな?)

その答えがわからないまま認めるのは彼女の性格から癪に触って仕方ないので、

せめて納得のいくものが見つかるまではこうしておこうと心に決めたのだ。

その都度友人達がそれぞれ説得しようとしてくれるのが嬉しいのもあるが、

(皆色々考えてるのねぇ・・・)

同時に大切な友人達の為に自分は何が出来るのだろうと考える。


ただ今は休暇中だ。真面目な自分に戻るのはヴァッツと行動し始めてからでいいだろう。

今は自分の命を繋ぎ留めてくれた友人達と思う存分楽しもう。

そういった願いを込めて笑うハルカの心情は誰もが感じ取っていた。






 ハルカの処罰も決まり、気が付けば世界は年を跨ごうとしていた。

スラヴォフィルの話では新年を境に『トリスト』城に登城してそこからクレイスの修練を始めようとの事だ。

「いよいよか・・・・・」

聞けばカズキが先に部隊への配属を済ませて修練に励んでいるらしい。

傍にいてくれるような話はあったけど、

風来坊っぽい彼が本当に留まってくれるとは思っていなかったのでそれだけでも彼の心は弾み出す。

「だね。オレもクレイスの父ちゃん、必ず見つけ出すよ!」

隣に座っていたヴァッツも決意を新たに元気よく答える。

彼は祖父の命によりクレイスの父であるキシリングの捜索を行う事になった。

戦いを嫌い、しかし各地を回るのがとても気に入っている彼にうってつけの仕事だ。

父が今どのような環境に置かれているのかはわからないがヴァッツなら間違いなく無事に見つけ出してくれる。

否が応でも期待してしまうのはスラヴォフィル自身が必ず生きていると断言してくれていたからだ。

国も戻って来たし、恐らく父も戻ってくるだろう。

ならば自分は今度こそ国を護れるように『羅刹』の下で邁進するだけだ。

決意を新たに『トリスト』という国はどんな所だろうと想像を膨らませる中、



スラヴォフィルの言っていた『来るべき災難』という言葉を思い出すクレイス。



これは一体何なんだろう?

神を名乗る者から授かったという王女2人といい、

深く考えていくといつの間にかわからない事だらけになってしまう。

こんがらがった思考を頭をぶんぶんと振る事で追い出すも、唯一気掛かりなのが・・・

「ねぇヴァッツ。もし任務でショウの近くに行くことがあったら会いに行ってもらえるかな?」

「うん!もちろん!」

彼の力も『来るべき災難』に必要なんじゃないだろうか?

個人的な感情もあるが是非『アデルハイド』か『トリスト』に来てもらいたい。


ハルカの立ち直った姿を見て切に願うのだった。






年の終わりにクレイスが初めて空を駆ける馬車に乗り込み天空にある『トリスト』城に出発した。

それをアデルハイド城の影から静かに見守るキシリング。

側近達も寂しそうな国王に声を掛ける事が出来ずにいたのだが、


つかつかつか!がんっ!!


「あった~!!また貴様か?!」

後ろから気配を隠すことなく、むしろ激しい怒気を飛ばしながら早足で近づいてくると

その後頭部に石よりも固い拳を叩きつけた。

「お前はいつまで父の義務を放棄するつもりじゃ!!全く・・・・・」

古い付き合いでもあるスラヴォフィルは配下が絶対に口に出来ない事を言ってのける。

本来なら国王自らが息子に学ぶ環境を整えてやるのが王族として当然の責務なのだが、

「す、すまん!しかし妻に似てるあの子に厳しく教えるのはどうしても気が引けてな・・・」

素直に謝りながら以前と同じような事を口走るキシリング。

亡命時にはその心情を慮って引き受けたはみたものの予想以上に旅先で事件が起こり、

『ジョーロン』では下手をするとクレイスは死んでいただろう。


「あの時はワシもお前に会わせる顔がないと心底後悔したんじゃ!そろそろ元気な姿を見せてやらんか?」


友人とは言え他人の子の命を預かるのは流石に『羅刹』といえど相当な心労があるらしい。

クレイスは既に王族としての自覚に目覚め、母国の事を考えるようになってきている。

それは彼が第二王女に抱えられてこの国に戻ってきた時、直接会ったプレオスは十分感じ取っていた。

更に暗殺を企てた少女を許すという命まで下している。

これは彼女を相当気に入っているか、王子自身の器が大きくないと絶対に出来ない判断だ。

(出来ればクレイス様にはここに残ってほしかったのだが・・・)

遠まわしに何度かその成長ぶりを伝えるもキシリングの意志は固かった。

「いや。折角芽生えた向上心に水を差す様な真似はしたくない。」

いくら付き合いの長い仲だといえど流石に頼り過ぎではないだろうか、とも思っていたのだが、

それは本人が一番よくわかっていたらしく、

「・・・ふむ。キシリングよ。ワシが世界を束ねようとしている事は知っておるな?」

「うむ。天空城も王女姉妹もこの目で見てきたからな。よく理解しているつもりだ。」

「現在その計画に狂いが生じ始めている。つまりワシはこれから非常に忙しくなる。」

「ううむ?そうなのか?私で良ければ何か手伝うぞ?」

その言葉を聞いた『羅刹』がにやりと下心満載の笑みを浮かべると、


「ではアルヴィーヌとヴァッツを預けよう。この2人を立派な王族と将軍に鍛え上げてくれ。」


一方的に息子の世話を押し付けていたキシリングに、仕返しのような提案を持ち出したスラヴォフィル。

お互いがお互いの身内に甘いという理由からか、ここにとんでもない親族交換の案が成立していくのだった。

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