ユリアン教の影 -邪なる神-

 「元気でな、ヴァッツ。お前の馬鹿力があればいい船乗りになれる。

その気になったらいつでも俺らの所へ来いよ!!」

「いい料理だったぜクレイス。お前ならヴァッツの嫁にうってつけだ。

胃袋を掴めば男は落ちる。2人で末永く幸せになるんだぞ。」

関所前で世話になった船乗り達に見送られる一行。

特にヴァッツとクレイスは一緒に働いていた分、とても可愛がられていた。

「一緒にお風呂まで入ったのに最後まで女の子扱いか・・・

筋肉も結構ついてきたのになぁ。」

力こぶを作り、それを撫でながらため息をつく。

最後の挨拶を交わし大きな門を潜るとそこには、


「お待ちしておりました。」


見覚えのある鎧を身にまとった集団がヴァッツ達の前で頭を垂れて迎える。

「ん?なんか・・・みたことあるな?」

「ほら、さっき言ってたでしょ。『ユリアン教』の騎士団だよ。」

クレイスがひそひそと耳元でささやくと、

ヴァッツがああ!と思い出した声を上げた。

同時にその陰に隠れようとするクレイス。

彼を悪だくみする者達から守りたい反面、恐怖を植え付けられた騎士団の前では心と体が硬直してしまう。

「・・・我々が来るのを知っていたような準備のよさですね。」

彼の愛国心を踏みにじった相手を前に怒りを抑えているのか、

赤毛を揺らしながらショウが疑問に思っていると、

「我等では想像もつかない力を持っているのでしょう。『ユリアン教』は奇蹟を起こす事で有名ですから。」

クンシェオルトは冷静に分析しているようだ。


とにかく相手は『お待ちしておりました。』と言った。


いくらユリアン教の国だからといってその騎士団達がきちんと整列し、

港から出てくるクレイス達を時間通りに出迎えるというのは不気味だと言わざるを得ない。

大きな罠か何かを仕掛けているのだろう・・・どう動けばいい?

この旅の決定権を握るヴァッツに視線を向けて動向を見守っていると、


「で、お前ら全員斬っていいのか?」


そうだった。

船酔いでしばらく存在が薄くなっていた戦闘狂が、

目をぎらつかせて殺気を隠そうともせずに前に出ていった。

ショウとは違って彼もまたここにたどり着くまで精神的苦痛を味わってきたのだ。

鬱憤を晴らすという意味でも『ユリアン教』騎士団はうってつけだろう。

しかし、

「カズキ様、我々に敵対する意思はございません。

此度はヴァッツ様方からこの総本山へお越しくださいました。

でしたら我等は皆様をユリアン様の下へご案内するだけ。それとも無抵抗の人間を斬る趣味をお持ちですか?」

恐らくこの集団の長である男が、

カズキに静かな口調で答えると同時に戦う意志がない事をきっぱりと告げる。

「うーん・・・そこまで言われたら斬れないな。やっぱり生きが良くないとな。」

一瞬で殺気が沈め、やる気をなくしたカズキは、

「で、どうすんだ?ついていくのか?」

ヴァッツにその決定を委ねる。

「そうだね。なんかお話を聞いてほしいんだよね?じゃあ行ってみよう。」

前回全てを闇にかき消した少年はそれを全く気にする事無く、

数十の騎士団に囲まれて大聖堂まで歩き出そうとした時。

「その前に馬だけ用意したいのですが、どこか馬屋はありますか?」

片手でクンシェオルトの馬車を持ち上げ、

馬に繋ぐ紐を自身の腰に巻いて馬車を引っ張りながら歩こうとした少年を放っておくわけにはいかず、

従者はこの大陸で初めての仕事に着手した。




 馬を馬車につなぎ、聖騎士団に連れられて街の中央にある小高い丘の上を目指す一行は、

街並みや住民に目をやりながら思い思いにふけっている。

「わりと普通の街なんだな。もっとそこらで公開処刑とかやってるのかと思ってたぜ。」

最初の衝突が最悪だった為、悪い印象しかないのでそういう発想になるのか。

そもそもカズキの思考がそんな感じなのか。

「そんな事をやっていたら毎日死体の処理で大変ですよ。

ああ、でも海に捨てれば問題ないのでしょうか?」

お互いどこか狂った者同士の会話に歯止めをかける者がいないので、

2人はこの国について憶測交じりの会話でどんどん盛り上がっていく。


しかしクレイスはそんな会話や街並みには目もくれず、周囲を囲っている騎士団を見ていた。

「何みてるの?」

気になったのかヴァッツが声をかけてくると、

「え?うん・・・今なら少しは戦いらしい戦いになるかな・・・って。」

あの鎧は自身の恐怖を具現化している。

何としてでも払拭したい。カズキのいう山を越えたい。

父の国を取り戻す為、こんなところで躓いている訳にはいかないのだ。

「なんでみんなそんなに戦いたがるんだ・・・怪我しちゃだめだよ?」

ぼやきつつも心配してくれる友の真っ直ぐな眼差しに、

「うん・・・」

自信なく、うつむきながらか細くそう答えるのが精一杯だった。




 「ところでクンシェオルト様はこの国について多少は知識があるのよね?」

ガゼルが御者席に乗る馬車内でハルカが不思議そうに尋ねてきた。

「ああ。遠方の地とはいえ、かなり胡散臭い国だから『ネ=ウィン』内にもそれなりの情報があった。

少し目を通した程度だがね。」

船旅の時とは違い今は周囲の景色を堪能しながら答える4将筆頭に、

「そんな胡散臭い国にわざわざやってきて楽しそうなのはどうして?」

ハルカの強さは戦闘時だけではない。

機微の動きを捉えるといった能力は平時の場合、人の心理を読み解くのに活用される。

指摘を受けたクンシェオルトは隠す様子もなく、

「そんな胡散臭い国はこの世に必要ないだろう。ならばヴァッツ様に平定してもらおうじゃないか。」

とても眩しい笑顔を向けて答える。

そんな彼の表情をジト目で返すハルカは、

「またあいつの力を発動させる気?そもそも発動するのかわからないけど、

そういう目的があるのなら私は離れておこうかしら・・・」

うんざりしながら言い放つが、既に一緒に旅をして1月以上経っている。

少しずつだが彼女の中でヴァッツに対する見方も変わってきているようだ。なのでここは、

「何かあれば困るので一緒にいなさい。

いつものように怖くなったら時雨様に抱きついても構わないから。」

「・・・・・」

むくれつつも満更でもないハルカは反対の窓から景色に目を移した。






 港から30分もかからず小高い丘の上にある石造りの大聖堂に到着すると、

そこには多数の信者達が大扉の前に集まっていた。

皆同じ紋章の入った書物や衣類を身につけて、一行に様々な視線を送ってくる。

騎士団達がそれらを散開させ、ヴァッツ達を中央に誘い扉を開けて中へ促し始めた。


3間(6m弱)はあるであろう大扉が音をたてて開くと、

中にはさらに身分の高いと思われる騎士が隊列を組んで微動だにせず立っていた。

真っ赤な絨毯が中央に敷かれていて、そこを案内役の騎士が先導し後に続いて皆が歩みを進めていく。

少し行くと中央に全裸の男性像が見えてきた。


「こちらがユリアン様です。」

その石像の隣でそう紹介すると一礼し、案内役の騎士は壁際に下がっていく。

つまりこれが御神体ということか?

話があるということだったが・・・石像が話しかけるとでもいうのだろうか?

よく聞く話だと天啓といったお告げの類か?


一同がその像に目をやっていると、

奥からヴァッツ達と同い年かそれ以下の少年少女らがゆっくりと歩いてきた。

それぞれが籠を腕にかけ、大きな紋章の入った衣装に身を纏っている。

彼らが像を囲むように並び、跪いた瞬間・・・


ぴしぴしと音が聞こえる。

ぱらぱら、ぱりっぱりっ。

小さな亀裂が入り、欠片が床に落ち始めた。

その隙間からは生身の体らしきものが垣間見え隠れする。


(まさか・・・)


あとは一瞬の出来事だった。


石像だった男が頭を数度横に振り、髪についていた欠片を手櫛で落とすと、

一歩、二歩と足を前に出し、全ての欠片を払ってその姿を現した。

傍にいた子供達はしゃがんで砕けた石を丁寧に拾い集め手にした籠に入れていく。

布を持っていた1人の少女はそれを全裸の男の腰に回し、半裸となった彼は、


「ようこそ。私に選ばれた子よ。」


透き通る涼やかな声があたりに響く。

信者は嗚咽を抑えて涙ながらに祈り、そしてその姿を恍惚と眺めてる。


(・・・これが『ユリアン教』の御神体・・・?)

目の前で全てを見ていたのに未だに理解が追い付かない。

石像だった物が人間に変わった??

何か細工をしていたのだろうか??周囲の反応からするとそうではないように思えるが。


「ねぇ。どうやって石になってたの?もともと石なの?」

ヴァッツはいつもの感じで素直な疑問を口にする。

「私は神だ。用事が無い時はこの場所で石像となっていつでも皆が祈りを奉げられるようにしてあるのだよ。」

「へー!すごいな!!」

率直な感嘆にやわらかい笑みを返すユリアン。

「さて。ヴァッツよ。もう話は聞いていると思うが、改めて私から伝えよう。

お前には神に近い力が宿ってる。ここで一緒に信仰を広め、世界の人々の為に働かないか?」

(神に近い力?!)

そう言われて恐らくその場にいた全員が驚愕しただろう。

彼は『ヤミヲ』の存在を知っているのか?

神という言葉に例えられる力でヴァッツが持つ物といえばそれしか思い浮かばない。

(この男もまたガゼルのように・・・)

彼の力を利用しようと企んでいるのか?などと考え込んでいると、

「うん。やらない。」

ヴァッツの即答に周囲の思考は置き去りにされた。




 考えたのかどうかもわからないほどの即答にユリアン含め、

周囲の信者も、そしてクレイス達すらも固まってしまう。

ヴァッツの純粋で素直な性格上、もう少し質問するとか悩んだりするものかと思っていたが。

「・・・神の下で働くのは不満か?」

表情だけ硬くなりつつも声色は優しくユリアンが問いかける。

「うーんとね。オレ、旅の途中なんだ。じいちゃんに最後は家に帰ってこいって言われてるし。」

「なるほど・・・」

そうつぶやき、ユリアンはクレイス達に視線を向ける。

一人一人を嘗め回すように品定めした後、再びヴァッツに視線を戻してくると、

「では、どうだろう?その旅とやらが終わってからでいい。

クレイスとショウ、時雨とハルカも一緒にここで私に仕えるというのは?」

不意に名前を呼ばれた面々が何故自分が?といった表情で各々驚いている中、

「なんで私があんたに仕えなきゃならないわけ?」

ハルカが心底嫌そうな表情でユリアンを睨みつける。

その様子をみて非常に楽しそうな顔になり、

「無垢で純潔な君たち4人に私の傍に仕える特権を与えると言っているんだ。見たまえ。」

そういって自身の後ろに並んでいる少年少女を両手を広げて紹介し、

腰巻を用意した隣の少女を掴んで引き寄せると、服の隙間から手を入れ体をまさぐり始める。

「私が選んだ子らは、神の寵愛を一身に受け入れられる名誉が与えられている。

どうだ?嬉しくて体が疼いてこないか?」

公衆の面前で堂々と淫行に及ぶ男を前に、


「あ、あんたバッカじゃないの!!!!変態!!!ド変態だわ!!!!」

ハルカは手で目を覆い耳まで真っ赤にして怒鳴り、

「男女問わずその子らを欲望のはけ口にするというわけですか・・・悪趣味の極みですね。」

普段あまり表情を変えない時雨ですら吐き気を覚えるといった顔になる。

「・・・ああ!そういうことですか!

まさか自分がそういう目的で勧誘されてるとは思わず。まだまだ勉強不足ですね。私も。」

目の前の行為だけではピンと来ず、女の子2人の反応でやっと察したのか。

正解を導き出せた喜びをみせるショウに、

「こ、これが・・・色欲・・・?」

ガゼルにまだ知らなくていいと言われていた事を今無理矢理知らされたクレイスは

何とも言えない気持ちになる。

名前は挙げられていない3人も後悔した面持ちで

「話ってこんなくだらないことだったのか?やっぱり全員斬り伏せるしかないな。」

無駄な時間と労力を使わされたカズキは、

闘気よりも怒気を高ぶらせ、元々強面の表情も鬼のようになっている。

「行けカズキ。これは俺も許せねぇ。」

何処から目線なのか、ガゼルも久しぶりに山賊の顔に戻り剣の柄に手をやる。


「おや?神に盾突こうというのか?」

少女を横に突き放すと、ユリアンが不気味な表情に変わり目が妖しく光りだす。

周囲の騎士団も槍を構えはするが神の力に触れないようにか。

逆にヴァッツ達から距離を取るように離れていく。


(まさか船旅が終わってすぐにこんな事になるなんて・・・)


一同がまさに剣を交えんと闘気が高まりあう中、


「・・・・・下種が。」


普段その声の持ち主からは聞き慣れない汚い言葉が出てきた。

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