シャリーゼ -大脱走-


 計画は夜、闇にまぎれて行うことになった。

「計画といえるほど、たいしたもんじゃないがな」

笑いながらヴァッツと牢屋に向かう。

「オレはガゼルのいう通りに動けばいいんだよね?」

「おう!お前が手伝ってくれれば100人力だ!」



人が手薄な夜に堂々と正面から入り、全てを力でねじ伏せる。



荒唐無稽だがヴァッツの力さえあれば出来るであろうという確信があった。

最初は命乞いから始まったこの旅での様々な出来事、そしてそれに対する考察。

それがまさかこんな形でその成果を試す時が来るとは思ってもみなかったが。

牢屋の部分は地下になってて、まずは階段前の扉と衛兵を何とかしないといけない。

「止まれ。何者だ?」

当然2人は止められる。

「うむ。俺らは今客分としてこの城に泊まっているガゼルとヴァッツっていうんだ。

この牢屋に囚われている山賊が俺の仲間かもしれないんでね。ちと顔を確かめさせてくれ。」

2人の衛兵は顔を見合わせて困惑すると、

「山賊って、明日処刑予定の?」

「おう、そうだ。」

「だったら明日の朝でもいいでしょう?夜は警戒が強化されていますし、暗くて確認しにくいかと。」

もっともな答えと夜の警戒が強化されているという言葉にいやな予感を覚えるが、

「いや、俺らは朝が弱い。それに仲間だと気になって眠れない。今のうちに確かめさせてくれ。」

それらしく理由をつけると衛兵の1人が確認の為に上へ報告に向かい、

「では私も同行させていただきます。」

「うむ。」

衛兵が1人ついてくる形で牢屋の前まで案内される事になった。


地下だけあって、ろうそくの明かり以外は何も無い。

ヴァッツは打ち合わせどおり何も言わずに大人しくついてきている。

「そこの突き当たり左が山賊の牢屋です。」

案内してくれた衛兵にお礼をいうとガゼルが声をかけた。

「おい。ケイド、センジャ、バーヌーン。起きろ。」

その声をきいて3人が飛び起きて格子に駆け寄り、

「お、お頭!?どうしてここに!?」

「お頭??」

衛兵が警戒するがそんなことはどうでもいい。

「なんでこんな遠い国で捕まってるんだよ。明日処刑されるぞ?」

「い、いや!あの小僧に襲われてから散り散りに逃げたんで、よくわからなくて・・・処刑?」

「おう。何も聞いてないのか?明日処刑だ。」

「そ、そんな・・・この地では何もしてませんぜ?」

ガゼル達のやり取りが進む中、衛兵は増援の合図を送っている。

「うむ。俺も説得してみたんだがダメだった。すまんな。」

頭を下げるガゼルに3人は顔を見合わせて、

「頭を上げてください。頭がここまで来てくれただけで俺らは満足です。でも、よくこれましたね?」

不思議そうに質問するとガゼルはにやりと笑みを見せて、

「馬鹿野郎。このままお前らを処刑させるかよ。今から逃げるぞ。」

話が終わった時、後ろには5人の衛兵が全員抜刀して構えていた。

「ガゼル!客人とはいえ、そこまで堂々と脱獄の話をするのは流石に我等を侮りすぎでは?!」

やかましくなってきた後ろを振り向きもせずガゼルは遂に、

「よーし、ヴァッツ。まずはこの鉄格子を曲げてくれるか?」

全てを託した少年に指示を出した。

「わかった!」

待ってましたといわんばかりの返事で鉄格子を元気よくつかむとヴァッツは両手いっぱいに広げて伸ばす。

あまりにも無抵抗にひん曲がるので周りは目を点にして立ち尽くしたままだ。

「じゃ、俺らも中に入って・・・」

2人は牢の中に入ると、ガゼルは壁を見てヴァッツに提案するように、

「街の出口は・・・あっちか。よしヴァッツ。この壁を斜め上に向けて大きく破壊してくれるか?

大きく、こう斜めに坂を作るような感じだぞ?」

手の甲で角度を作り、その坂を徒歩で駆け上がるんだともう片方の人差し指と中指で駆け上がる仕草も見せる。

「大きく斜め・・・うん。わかった!」

そう答えたヴァッツは壁と床の隙間に両手の指を持ち上げるように当てると、

「よっと。」

軽い掛け声とは裏腹に轟音と地響きが起き、壁に敷き詰められていた石壁はもちろん、

その上にそびえ立っていた城壁塔も吹っ飛び全壊してしまった。




 後ろで武器を構えていた衛兵も助けられた山賊達も、開いた口が塞がらなかった。

地下だった場所の天井は無くなり夜空がきれいに見えて、

その周囲には城壁塔だった残骸が無造作に散らばっている。

なのにその瓦礫の下敷きになったものが誰もいない。

「うーむ。怪力なのはわかっていたがここまでとは・・・・・」

ガゼルだけがその状況を冷静に分析、判断している。

地下が地下ではなくなり月明かりが入ってくると周囲の状況がよく見て取れた。

「ま、いいか。野郎ども、行くぞ。」

唖然としていた3人はその声で我に返り、斜めに抉れた地面を駆け上がる。

しかし周囲には既に援軍が集まってきていた。

ただ、城壁塔がなくなっている状況に衛兵はかなり動揺しているようだ。

何が原因なのかわからない、

危険が残っている可能性を考えるとそうした動きになるのも無理は無い。

「さて、とりあえず城下街に逃げ込みたいんだが・・・お?」

ガゼルの前にある城壁に使われていた大きな岩が目に留まった。


「お前ら全員乗ったな?」

「は、はい・・・」

山賊の4人はその大岩の上にしがみつくように乗り、

「よし、ヴァッツ。俺らごと大岩を持ち上げて城下街まで突っ走ってくれ。

あと落とさないように頼むぜ!」

「わかった!」

またも元気な返事の後、何十人いれば動かせるのだろう?という大岩が簡単に持ち上がる。

そして風のように進む進む。

あっという間に城門前までたどり着くと、

「ガゼル!門が閉まってるんだけど、どうしよう?!」

下から声が聞こえてきた。

「構わん!この大岩ごとぶち破れ!!俺らを落とさないようにな!!」

「わかったー!」

短くも無茶な要求をやり取りした後、更に加速し、


どごおおおおおおおおおおおおん!!


轟音が周囲に鳴り響き、城門の破片が粉々になり中空に舞い散る。

「おおー!!いいねぇー!!いいぞヴァッツ!!最高だ!!」

大岩の上で1人はしゃぐガゼル。

「このまま街の外に行くの?」

「いや、馬がほしいから馬屋の前についたら止めてくれ。」

「わかったーー!」

そんなのん気なやりとりをしている一行の後を、

炎のように真っ赤に燃える少年と獣のような目の少年が追ってきていた。




 「ここかな?」

馬の看板と馬が何頭か見えたところで速度を落とすヴァッツ。

「ああ、ここだここだ。止めてくれ。」

ガゼルが大岩から飛び降りて残りの3人もその後に続く。

4人は慣れた手つきで鞍と手綱を付け、厩舎から馬をひっぱってくると、

「よし。道具は昼間に調達しておいたし、あとは街の外へ向かう。行くぞ!」

気が付けば周囲の建物から明かりが漏れ始めている。

さすがにあの轟音が2回も鳴り響けば誰もが飛び起きるだろう。

しかしここまで予定通り事が運んでいるガゼルはそんなものを微塵も気にかけず、

「ヴァッツ。最後の一仕事だ。街門に向かうぞ!」

「うん!いこう!!」

大岩を持ち上げたヴァッツと騎乗した4人は最後の障害を越えるために街門へ向かった。


街門前にはすでに何十人もの衛兵が、対陣を張っていた。

長い槍が何本もこちらに向かって伸びている。馬で突っ込めば串刺しは免れないだろう。

「おいヴァッツ!先に行ってあの門を壊してきてくれ!怪我すんなよ?!」

部下の3人からすると相変わらず無茶な事を言っているように聞こえる。

だが今までの出来事と頭が絶大な信頼を寄せているこの少年。

恐らくそれが可能だから簡単にそういう指示を出せるのだろう。

「わかったー!!どいてどいてー!!」

4人の馬もそれなりの速度で走らせている。

その速度に難なくついてきていた少年は加速し4人を追い越して前に出た。

大岩を持ち上げているとは到底思えない速度で陣に突っ込んで来る少年に、守衛は何を感じるのだろうか。


それに気が付いた衛兵が腕を伸ばし辛うじて穂先で獲物を捕らえんと試みる。

しかし下手に近づくと自身があの大岩ですり潰されてしまう。

更にその下で抱えているのは少年だ。

色々とおかしな光景に冷静な判断力を失い、その場から慌てて逃げ出す衛兵達。

結果、大した抵抗にあう事もなく少年は大岩ごと街門に衝突する。


どごおおおおおおおおおおおおん!!


今夜3度目の轟音で街は大混乱を起こしていた。

明かりが次々に灯り、悲鳴や怒声がこだまする。

今まで戦火とは無縁だったこの国が我先にと逃げ慣れていない国民で道が溢れ返り出した。

「よっしゃ!野郎共!突っ込むぞ!!」

そんな街の混乱などつゆ知らず、大岩の後に続いて4騎が駆け抜ける。

かくして一行は無事に街を抜け出す事に成功した。






 どごおおおおおおおおおおおおん!!


その轟音で城内の人間のほとんどが目を覚ました。

だがこの男は今夜、床に就かず衣服をまとったまま窓辺に立っていた。

そう。深夜にあの男がこっそり部屋を出て行ったのだ。

怪しく思ったがとりあえず泳がせておく。


その結果が今こうして現れた。


窓から音のなる方向が見える。

目を凝らすまでもなく、城壁塔が瓦解していた。

(これがヴァッツ様の力か・・・)

様々な情報から推測するに、あれが出来る可能性は彼以外にありえない。

(投石器をもってしても、あそこまできれいには崩せないだろうに。)

クンシェオルトは笑みを浮かべながら一人呟く。

そして粉塵から垣間見えた数人の塊、蒼い髪が月明かりに照らされる。

更によく観察するとそこから広範囲にわたって所々、黒い霧か靄みたいなものが漂っている。

(・・・あれか?ハルカが言っていたのは。)

遠目で確認は出来るがそれが何の反応を起こしているのかまではわからない。


(近づくか?)


窓を開け外に出ようとして、次に大岩が動き始めたのが目に入る。

上には恐らくガゼルと他に何人かが掴まっているようだ。

それが城門に向かって突っ込んでいき、


どごおおおおおおおおおおおおん!!


けたたましい音が街と城内に鳴り響く。

「ふふ・・・ふはははは。」

見たことのない光景に思わず笑いが込み上げてしまう。

「何ですか?先程から・・・」

今頃になって眠っていたロランが目をこすりながら起き上がってきた。

「ふふふ。いや、ちょっと面白い見世物があってね。騒がしくして申し訳ない。」

笑うのをこらえていると何かが城から飛び出したのが見えた。

赤い、炎の塊みたいだが・・・


(あれは・・・ショウか?)

彼と初対面の時に燃える熱さをこの身に感じた。恐らく本当に燃えているのだろう。

日の落ちた夜の中ではより目立つ。

更にその後をしなやかな動きの少年が続く。

こちらはカズキか。

2人ともヴァッツが部屋からいなくなった事に疑問を感じ、すぐに動けるように準備していたか?

だが最後に残っているであろうクレイスが出てくる気配はない。

当然だ。剣すらまともにふれない温室育ちがあの2人の後に続けるわけがない。

この部屋も男子が泊まっている部屋も3階にある。

そのまま窓から飛び降りれば大怪我ではすまないかもしれない。

「・・・かわいそうな子だ。」

思えば皇子の策に使われる為に存在しているようなものだ。

自国を奪われたと思い込んでいるらしく何やら復讐を考えているようだが、

後で真実を知った時どう動くのだろう。


そんなクレイスから現在大暴れしているヴァッツに思考を戻す。

(あの2人がどう動くか見物だな・・・)

元々彼の力を調べる為に近づいたのだ。だが用心に越したことはない。


(気がつかれないように追って様子を見るか。)


ひらりと窓枠に飛び乗ると大きく蹴り出し、中空に舞うクンシェオルト。

そのまま城壁、城門を蹴りながら地上に降り、距離を保ったまま街門へ向かう。

「・・・やれやれ。窓くらい閉めてから行って下さいよ。」

ロランはそれを見届けた後一人愚痴をこぼしながら窓を閉め、

眠そうに布団へ戻っていった。






 どごおおおおおおおおおおおおん!!


激しい轟音でハルカは身を起こした。

「何々!?」

同じ部屋にいたリリーと時雨も飛び起きて3人は窓から外を確認する。

「こ、これは・・・」

城壁塔が崩壊し、周囲の衛兵が混乱状態で右往左往しているのが見えた。

更に・・・

「げ・・・もしかして・・・あれ・・・」

ハルカは声を震わせながら『それ』を確認する。

そう、自身の動きを完全に無力化した黒い霧。

それが瓦解した塔の周辺に漂っている。

「あれは恐らくヴァッツ様のお力。リリー、行くぞ。」

時雨は友人に声をかけると最低限の衣服に着替えて武器を携える。

ハルカからすれば『あれ』に近づくなんて正気の沙汰ではない。

半ば放心状態でそれを見ていると、

「おいハルカ。念のためにルーの傍にいてやってくれ。」

それだけ言って2人は扉を開けて飛び出していった。それからすぐに、


どごおおおおおおおおおおおおん!!


と、2回目の轟音がこだまする。

「あれ?何?おっきい音?おねーちゃん?」

さすがに目を覚ますルルー。

「ルー。私達のお姉さまは仕事で出て行ったわよ。」

悪夢の闇から目を逸らし、

上半身を起こして眠そうな顔をしているルルーに近づくとその寝具の端に座る。

「大丈夫だとは思うけど、私たちはここで留守番してましょうね?」

自分が絶対に動きたくないだけなのだが、リリーに任されたのだ。

ここはそれを最優先に守るべきだろう。と、自分に言い訳をする。

「そうなの?私も行かなくていい?」

「貴方が行っても足手まといになるだけよ。私も・・・ね。」

そういってルルーを横にさせ、自身も同じ布団に潜り込む。

「ハルカちゃん・・・震えてる?」

「ちょっと寒いみたい。一緒に寝よ?」

いつも強気な彼女が今夜だけは動けず、出来たばかりの姉妹に甘えることを選ぶ。

「もう・・・しょうがないなぁ。」

そんな彼女の胸中を知らないルルーはうれしそうに受け入れた。






 どごおおおおおおおおおおおおん!!


その轟音で目が覚めたクレイスは、カズキとショウが素早く着替えているのを視界に捕らえていた。

「な、何?!」

素直な気持ちを短く口走ると

「ヴァッツだ。恐らくガゼルも一緒だろ。何かしでかしてるみたいだぜ?」

カズキが手短に説明する。

「やれやれ。カズキ。何故あの男を早々に始末しておかなかったんです?」

ショウが不機嫌にそう言ってくるが、

「始末出来てたら俺は今ここにいねぇよ。」

それにも短く答え、


どごおおおおおおおおおおおおん!!


2回目の轟音が響く。

ある程度準備の整った2人が窓から様子を伺うと、

城門から大量の土煙が上がっている。

「ありゃ。城門まで破壊されたか。あいつどんだけ馬鹿力なんだ?」

カズキがすっとぼけ気味に言葉を発すると、

ばんっ!と窓を開いた瞬間、ショウが飛び出していった。そして、

「お前も準備したら来い。恐らく街門に向かっているはずだ。」

慌しく言い残すとカズキも窓から飛び出していく。

2人とも忘れてるのか?ここは3階だ。

しかも普通の建物より天井が高い作りになっている為、高さは相当あるはずなのに。

クレイスは慌てて窓に駆け寄り2人の姿を探す。

ショウが燃えるような姿になっていたので発見は容易かった。

そして凄い速度で大通りを走っていくのが見える。その後ろはカズキだ。

「・・・・・」

凄すぎて言葉が出ない。

あんな2人について行っても僕に出来る事なんて無いんじゃないか?


だけど・・・


(カズキが来いって言ってくれた。そしてヴァッツが何かしてるんだ。)


行かなくちゃ!!


思考よりも感情に従い、慌てて着替えると扉を開けて外に出る。

廊下は伝達の衛兵が行ったりきたりと大忙しだ。

それらの邪魔にならないように端っこを選んで走り、城の外へ向かう。

「あら?クレイス王子。」

「あ、女王様。」

正面門から出たすぐのところに女王アンが数人の衛兵や将軍に囲まれて

何やら情報をまとめているところだった。

「こ、この騒ぎは一体何ですか?」

「・・・恐らくガゼルがヴァッツを使って牢屋の死刑囚を逃がしてる。

今その真っ只中よ。」

非常に不機嫌そうな顔でそう伝える女王。

説明を聞いて頭が真っ白になる。ヴァッツがそんな・・・

脱獄の手伝いなんて・・・でも

「あの男・・・ヴァッツになんてことさせるんだ・・・」

ガゼルならやりかねない。むしろ今までが大人しすぎたのだ。

怒りがこみ上げてくる。そんな様子を見た女王は、

「今から追います。クレイス、貴方も一緒に来て。

貴方ならヴァッツを説得できるでしょ?」

「はい!!」

何も考えず、ただ名前を呼ばれたから返事をした風になった。

すぐに馬車が用意され、そこに乗り込んで一息ついてから


(ヴァッツを説得・・・説得?)


女王に言われた事を思い返し、ふと不思議な感じに囚われる。

確かにヴァッツは純粋で無垢だ。

でも何の理由もなしにガゼルに利用されたりするかな?

説得・・・というより、彼の話を聞かなければならないのではないだろうか??


ただ、自分が行くことで何か手伝えるのならこれは自分にとってもありがたい。

見た感じだけでも城壁塔、城門が破壊されているのだ。

(これ以上の損害を出さない為にも僕は僕の出来る事をやらないと。)

クレイスはそう心に決めた。

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