戦闘狂と愛国狂 -クンシェオルト-

 「ヴァッツ様、クレイス様、お隠れになってください。」

リリーが小声で荷馬車内に伝えると、

「・・・そこに入れ。」

ガゼルが2人に毛布の隙間を指差す。

よくわからないまま音を立てずに2人でそこに入り込む。

光が遮られ真っ暗な状態になるも、お互いが密着して体温からその存在を確認出来た為、

恐怖に駆られる事はなかった。しかし、

「・・・一体何だろうね?」

つい気になって小声で話しかけてしまう。後から考えれば非常事態なのに

この行動は軽率すぎた。

「誰かいるね。背の高い男の人と、あ、もう1人はハルカだ。」

そんなクレイスにあわせて小声で返すヴァッツ。

そしてその内容にぎょっとする。ハルカといえば夜襲をかけてきた少女の名前だったはずだ。

また襲いに来たのかだろうか?今度は白昼堂々と?

嫌な予感が頭をよぎり、これ以上は話さないよう口元を両手で押さえるクレイス。

・・・・・

しかしふと違和感を覚える。

(あれ?ヴァッツはどうやって外の状況を?)

何が起こったかわからないままここに隠れたはずだ。

ここから外の様子は見えないし声も聞こえてこない。

それをまるで見ているかのように答えていた。

・・・・・

「・・・そこにヤミヲさん、いる?」

【私は常にヴァッツの元にいる。】

「・・・ちょっと2人とも。静かにしてよう!」

珍しくヴァッツに注意され、思わず両手で口を押さえるクレイス。

(ヤミヲさんがいるならハルカって子から攻撃はされないかな・・・

もう1人の男の人って、一体どんな人だろう?)

彼女と一緒にいるということは敵で間違いないだろうが、出来れば怖い思いはしたくない。

何事も無く穏便にやりすごせますように、と祈りながら息を殺して仲間がやり過ごすのを待つ2人だった。




 外ではリリーと顔色の悪い長身の男がやりとりを開始する。

「失礼。そちらの馬車はヴァッツ様ご一行とお見受け致します。」

つい先程ショウが使った内容と似た文言で尋ねてきたが、

「違うな。我々はただの旅人だ。」

リリーがそっけなく普段通りの落ち着いた声で答えた。

主から厄介事は極力避けるようにといわれているのに何故か厄介事がどんどん押し寄せてくる。

(ただでさえカズキとガゼルっていうのを抱えてるのに・・・)

心の中で舌打ちをして、何とかこの局面を乗り越えようと平静を装う。

そもそもヴァッツはずっと『迷わせの森』で生活していた為、周囲にその名が知れ渡るはずがないのだ。

彼を知っているというだけで警戒に値する。

素早く手綱を引き、そのまま馬を走らせようとすると、


「待って待って!お姉さま!!」

聞いた事のある声と姿が両手を広げて馬車の前に立ちふさがる。

「げっ?!お前は・・・お姉さま?」

声をかけられ、その姿と呼び方につい反応してしまい、まずいと思った時には、

「確認は取れたようですね。ではただの旅人ご一行様、シャリーゼまでで結構ですので、

我々もお供させていただけませんか?」

男は爽やかに笑って軽く頭を下げる。

身に着けている衣装もその立ち居振る舞いまでもが先程見たような光景とかぶる。

だが決定的に違うのが、

「駄目だ。お前らネ=ウィンのもんだろ?

敵対勢力と一緒に行動するとか訳わかんねぇ。帰れ!」

「だからお姉さま!もうちょっとこう言葉使いを・・・ね?」

ハルカが胸の前で手の平を合わせてるとしなをつくってお願いしてくる。

「さっきからお姉さまって何だよ?あたしはお前の姉でも何でもないぞ?」

どういう狙いがあるのかわからないが、これ以上の揉め事は避けたいし、

何よりあれだけこっぴどくやられたのによくもまた前に姿を現せたものだ。

ジト目で睨みつけつつ、

お姉さまといわれて少し気分がよくなっている自分を心の中で戒めるも、

「ハルカの言動に意味は全くありません。私はヴァッツ様にお会いしたいだけなのです。」

長身の男も諦めず頭を下げ続ける。

意味が無いといわれてむくれるハルカは置いておいて、


「・・・会ってどうするんだ?」

言おうとした言葉が後方から聞こえてきた。

振り向けばカズキが外に出てこちらに歩いてくる。

「カズキ様、その方はネ=ウィン4将筆頭クンシェオルト様です。

むやみにつっかかるとその命が消えますよ?」

ショウまで出てきて男の紹介をしてくる。

「へぇ~そうなのか?んじゃヴァッツに会う前に俺と立ち会ってくれよ?」

どうも彼は強い人間を相手にすると見境が無い性格らしい。

若さというよりも無謀に近いが、確かに彼は相当に腕が立つ。

このまま立ち会ってもらっても構わないのだが、

(4将筆頭・・・こいつが?)

彼女はネ=ウィンとの接点がほとんどなかった為、

初めて会った4将を改めてまじまじと見入る。

「これはカズキ様にショウ様、ご紹介痛み入ります。」

将軍というともっと無骨で粗雑な印象だったが、彼は良い意味で真逆の雰囲気だ。

少年2人にも軽く会釈をした後、

「カズキ様、私の剣は国の為のものです。申し訳ありませんがそのご要望にお答えする事はできません。

そしてヴァッツ様、私はただ貴方にお会いするべく参上致しました。どうか一目だけでも・・・」

跪きだし、懇願するクンシェオルト。

何が彼をここまでさせるのか理解に苦しむが、ハルカの話を聞いたとすれば

その異能の力を確かめにきた、とも考えられるか?


「何々?オレに何か用?」


?!?!?!?!

その場にいた者が一斉に驚愕の表情を浮かべ、その声の方向に視線を向けた。

馬車に乗っていたはずのヴァッツが、いつの間にか跪くクンシェオルトの後ろに立っていたのだ。

(速さ・・・なの・・・か?)

それにしては馬車上の幌に動きは見られなかった。

どういう速さでそこに移動したのか、さっぱりわからないまま

「おおお!ヴァッツ様!!お目にかかれて大変光栄でございます!!!」

4将筆頭は向きを変えると感嘆の声を上げ、改めて跪き頭を下げる。

「あ、あんたいつの間に・・・」

隣にいたハルカはトラウマになっているのだろう。

青ざめて小刻みに震えているが、もちろん記憶に残った苦い経験の為だけではないはずだ。

「おいヴァッツ。お前いつの間に出てきたんだ?」

カズキが遠慮なく周囲が抱いた疑問を代表してぶつける。

「え?何か呼ばれてたみたいだし、その人の近くに・・・えーと、ちょちょいっと。」

説明しようとしつつ目が泳ぐヴァッツを見て、

(また何かしらの力が関係しているのか?)

口外しないようにとは言われているが、考察なら問題ないだろう。


彼は間違いなく何か異能の力を持っている。

そしてそれはリリーが持つような力とは全く異質の力だ。

本当は詳しく話を聞きたいが、本人から口止めをお願いされた上に、

それをすると主からもお叱りを受けかねない。


「ヴァッツ様、どうか我々を、このクンシェオルトとハルカを旅の一行に加えていただけませんか?」


考えに耽っていると、4将筆頭が先程の嘆願を直接直訴している。

クレイスが一緒にいる以上さすがにそれを了承はしないだろうと思った瞬間、

「おおー!!いいぞ!!よろしくな!!」

無類の純粋さを持つ彼は快諾してしまい、

「「ええええ?!?!」」

何故かハルカが恐怖で顔を歪ませ絶叫し、それに合わせてりりーも驚愕の声を上げていた。






 「改めまして。ネ=ウィン4将筆頭クンシェオルト=シール=アウェイズと申します。」

その日は話もあるということで再度『ロークス』に戻ってきた一行。

同じ宿に戻ると大部屋を貸切り、そこで自己紹介が始まっていた。

「私は暗闇夜天乃ハルカ。雇われ暗殺者で頭領よ。」

次にハルカが不貞腐りながら名乗りを上げるが、何故か敵対している彼女からお願いされ、

今は隣に座っているリリー。

自己紹介時も怖いから手を掴むようにと懇願され、

あの時の出来事も知ってはいるので、仕方なく彼女の要望に応えているのだが、

(・・・これを主に報告するのはやめておこう)

流石に変な疑いをかけられかねないので後で修正する事を心に決める。


その後全員が名乗りを終えると、

「では私から最初にいくつか。」

そういって席を立ち上がると、

「まずアデルハイドへの侵攻。そしてそれと連動して動いていた

クレイス様の身柄を狙う輩について、ですが。」

言い終えると一瞬とんでもない殺気をガゼルに向けて放つ。

自分は無関係だと気を緩めていた中年はびくりと体を反応させ、滝のように冷や汗を流す。

「クレイス様の身柄を買い取る人間はもういない。よって今後クレイス様へ

危害を加えようとした場合、この私すら敵に回すと思え。いいな?」

周囲に説明していた優しい口調が一変して、高圧的なものに変わる。

目をくるくるさせながら、声が出ないのか、こくこくと小さく頷くのみのガゼル。

「いいなぁ・・・どうしても立ち会ってくれねぇのか?」

その強さを是が非でも体感したいのか、目を輝かせているカズキの懇願に、

「駄目です。」

笑顔で優しく断りを入れると、

「あともう1つ。

アデルハイドへの夜襲という卑劣な手段を使っての侵攻、誠に申し訳ありません。」

クレイスに向けて謝罪を入れると同時に頭を深く下げるクンシェオルト。

正直侵攻云々は国同士の衝突なので個人が謝る事でもない気はするが、

(そういえばクレイス様は国と父を失ったと思い込んでいるんだよな・・・)

これに関してだけはリリーの考えとして主に反対したかった。

家族を失う悲しみを知っている彼女としては、

例え嘘でも限度を超えている内容なのではないか?と。

ただ、これには主とキシリングの意見が合致していた為どう頑張っても覆す事は不可能だった。


そんな謝罪を受けたクレイスは、

「・・・・・は、はい・・・・・」

色々思うところがあるのだろう。涙を浮かべつつ

短く答えるのが精一杯だったようだ。

(・・・あ?!)

その流れを見てこの状況の危険性を感じるリリー。

(不味い!!このままだとアデルハイドが無事な事がばれてしまう?!)

何とかそこから話題を変えたいが、何がいい?

そもそもネ=ウィンの人間が合流する事など考えてもみなかった。

人の口に戸は立てられぬという言葉もある。

屍にでもしてやりたいが、ここにいる2人は間違いなく自分より強い。

思考がどんどん逸れていく中、

「何故クンシェオルト様はヴァッツ様との旅をご希望されたのですか?」

ほとんど口を開いていなかったショウが質問を投げかける。

心の中で良しっ!っと呟く中、確かにそれはリリーも感じていた。

無名の彼の存在を知ったきっかけ等も知りたいが、

「ハルカから聞いたのです。とんでもない人物がクレイス様のお傍についていると。」

「?!?!ちょっと?!?!?」

隣の少女が思わず立ち上がって4将筆頭に驚いた声をかけている。

先程のやりとりといい、どうもハルカは彼の言動に振り回されているらしい。

この暴露的な話を公開する事も事前にされていなかったのだろう。

「いいではないか。こっぴどくやられて帰って来たのだ。命があってよかったな。」

「い、いや!!そういう話は人前でしないでよ!!は、恥ずかしいでしょ?!?!」

(なるほど、暗殺集団の頭領としての誇りがそれを許さなかったのか。)

気持ちはわからなくもない。

しかしそんなハルカの訴えなど微塵も気にしない様子で、

「ハルカは強い。そんな彼女を一方的に制圧してしまうヴァッツという少年。

その強さに惹かれたのでここに参上した次第です。」

目的を力強く説明する。

彼の国は戦闘至上主義な国家だ。

邪推するまでもなく、ヴァッツを自国へ引き込もうとしているのだろうが。


「お前そんなに強いのか?」

隣に座るカズキから興味津々な問いかけが来る。

「いや、オレ強いとか興味ないからわかんない。」

何とも彼らしい答えだが、

「でも、オレの仲間を傷つけるヤツは・・・・・」

言いかけると周囲の空気が変わった気がした。

「ひぃぃぃ?!?!?」

「!?」

いち早く感じ取ったハルカが思わずリリーの胸に飛び込んでくる。

「・・・・・何だ?」

「「「???」」」

しかしそれに気が付いたのはリリーとハルカだけだったらしい。

クレイスもその場にいるのだが、

空気の変化より今はネ=ウィンからの謝罪を受けて、

当時の過酷な記憶を反芻しているのか、無表情のまま俯き気味で身動き一つしていない。

「・・・まぁオレは戦わないよ。」

「えー?!強いんだろ?明日俺と立ち会ってくれよ?!クンシェオルトの代わりにさ!!」

ヴァッツが元に戻り?あっけらかんと言い放つと、ここで話は終了し、

各々が部屋に戻って休息を取った。




 各人が部屋に戻るのを確認すると何故か相部屋になってしまったハルカに

手招きをするリリー。

「何々?」

理由は全くわからないが懐かれているのは間違いない。

ここは彼女を利用し、且つ彼女への口止めも含めて行動しておく必要がある。

「今からクンシェオルトの部屋に行く。大事な話があるからお前もついてきてくれ。」

「報酬は?」

「・・・・・は?」

間髪入れず報酬と返してきたので一瞬何だかわからなくなる。

「私は雇われ者だもん。何かあるのなら殺し以外にも報酬が発生するの。

例えお姉さまでもこれは譲れないわよ?」

こういう所も含めて頭領なのだろう。

しかし敵対している相手に報酬を与えるというのも何だか釈然としない・・・。

(・・・・・仕方ない。)

主から預かっている金貨をばらまく事に抵抗があったリリーは

自身の欲も満たせる良案で交渉を開始する。

「それは物質的なモノじゃなくてもいいか?」

「???例えば???」

物質以外に何を貰えるのか。首を傾けて尋ねてくるハルカに、

「今回の願いを聞いてくれたらお姉さまって呼ぶのを許す。」

「ええーー?!?!そんなの私の勝手でしょ?!」

「本人の了承もなしに血も繋がっていない敵対勢力にそんな呼び方され続けてたら

あたしが後で大変な目に合うだろ。それでも許すってんだから相当な譲歩だと思うぞ?」

「ええーー・・・じゃあネ=ウィンに来ればいいじゃない。もしくは暗闇夜天族になるとか。」

年相応の無茶苦茶な要求に苦笑いが出る。

「それは駄目だ。今いる主に一生仕えると決めている。もしここで承諾しない場合は

今度『お姉さま』と言った場合ヴァッツ様に言いつけて・・・」

「わかりました!!それでいいです!!」

こんなくだらないやり取りにヴァッツの名前を出した事に多少の罪悪感はあったが、

絶大な効果を生んでくれたので、これはこれで良しとしよう。

「よし、じゃあ行くか。」

義理の妹っぽいものを引き連れてクンシェオルトの部屋にいくリリー。


扉を軽く叩くと、

「リリーとハルカだ。入らせてもらってもいいか?」

「どうぞ。」

先程と変わらず優しい声で入室を促すクンシェオルト。

3人が小卓を囲んで座ると、リリーは最低限の情報のみを使ってクレイスへの情報制限をお願いする。


「・・・私としては嘘をつく事に抵抗があるのですが。」

「クンシェオルト様は年の割に相当の堅物よ。どうするのお姉さま?」

4将筆頭はその条件に渋り、ハルカからは彼の性格を教えられる。

しかし一緒に旅をするというヴァッツの決定を覆すのはより難しいだろう。

(まさかこんなに交渉ばかりする羽目になるとは・・・)

そもそも他人からの干渉がこんなに続くとは思っていもいなかった。

全てを任されている為、仕方なく彼女流の駆け引きに持ち込んでいく。

「ではこの旅の移動時、私からヴァッツ様にお伝えして、

隔日か一定期間毎にそちらの馬車に乗って頂けるようお願いするというのは?」

「う、うーむ・・・・・」

彼の目的はヴァッツだ。ならばこの話は相当魅力を感じるだろう。

思った以上に効果的で悩み始めたクンシェオルト。その横では、

「ちょっとお姉さま?!あいつがこっちの馬車に乗り込むのなら私は

そっちに乗らせてよね?!一緒に旅をするっていうのも嫌なのに!!」

「だったら断って国に帰ればいいのに。何で無理矢理ついてきてるんだ?」

「そ、それは皇子の命令だから仕方なく、よ。」

「ハルカはクレイス王子の身柄確保を失敗していますからね。信頼を取り戻したいというのもあるのです。」

考えが決まったのか、彼女の裏事情を教えてくれるクンシェオルトに、

ハルカはむくれて彼を睨んでいる。

「わかりました。その条件を飲みましょう。ただし、私には私の信念があります。

もし隠すに忍びないと感じた場合、全てを話してしまうでしょうが、そこはご了承下さい。」

(・・・なるほど、確かに堅物だ。)

心の中で思わず失笑してしまうが、それでも話は成立したのだ。

この先いらぬ話題を持ち掛けない限りは隠し通せるだろう。

「ではよろしく。いくぞハルカ。」

「ちょっと待って。これって私も口止めされたってことだよね?私に報酬はないの?」

(まだ欲しがるのか・・・)

欲が深いというか、そういう立場なので条件反射でそう答えてしまうのだろうか?

目を輝かせている所を見ると心はわりと純粋っぽく感じるが、

「じゃあお前を本当の妹のように可愛がってやる。これでいいだろ?」

「うん!!じゃあお姉さま、今日は一緒に寝ましょうね?!」

「やれやれ・・・先に言っとくけど、あたしには本当の妹もいるんだからな?」

そんなやり取りをしながら出ていく2人を見て、

残ったクンシェオルトは唖然とした表情でしばらく呆けていた。




 その夜クレイスは布団を頭まで被り、悩んでいた。

何故か自分を攫おうとした山賊に加え、敵国の人間とも旅をする事になったのだ。

全てヴァッツが決定した事なのがまた何とも悩ませる。

(他の人が決定って言ってたらもっと強く反対・・・出来たのかな・・・)

一緒に隠れていたはずが、いつの間にか外に出ていて、

4将筆頭のクンシェオルトにハルカとまで仲良くなったらしい。

いくら彼が純粋とはいえ、クレイスに対する気遣いが無さすぎる気がする。

・・・・・

(いや、違う。ヴァッツは何も悪くない。)

彼は単純に自身の周りに集まってきた人間を喜んで迎え入れてるだけだ。

ずっと迷わせの森にいたのだ。他者との交流が嬉しくて仕方ないのだろう。

更に彼とその祖父には命も救われ、亡命の手引きまでしてもらっている。

愚痴を言うのは不義理もいいところだ。


(これは僕の問題。僕の王族として、そして僕の人生の問題だ。)


クレイスの国を陥落させた関係者と旅をすることになってはいるが、

幸いな事に自身の命を脅かされる事はなさそうだ。

ならばその件はひとまず置いておく。

自分に出来る事から行動に移すべきだろう。


少しだけでも考えを進められた事に安心したクレイスは、

その日はそれ以上考えが思い浮かばないまま、いつの間にか眠りについていた。


また夢を見た。


また父の夢だ。


いつも誰かが周囲にいて、いつも鎧を着ている印象が強かった。


「キシリング様、最前線ではなく前線程度で留めていただけませんか?」


いつも誰よりも矢面に立って剣を振るっていたので、いつも誰かが彼を止めようとしていた。


「私は国の象徴だ。まずは私が戦わねば、示しがつかないだろう?」


笑ってそう言い放つ。いつもそうだった。


夢の中で、王であり父である男の背中を思い出す。


これが自分に出来る最善の行動なのかはわからない。


だが、父の、戦う姿というのはいつの時代も、どんな家族にも、


意識をしていなくても子供達に多大な影響を与えるのだ。




朝日に起こされ、心と共に目覚めた時、クレイスの心に迷いはなかった。






 ネ=ウィンからの2人を加えた次の日。

「・・・・・」

クンシェオルトが用意した馬車の御者席にはガゼルが不貞腐れた表情で座っていた。



理由は少し前に遡る。


宿から出て、それぞれが馬車に乗り込もうとした時、

「では早速お話を色々とお聞きしたいので、ヴァッツ様をこちらの馬車にお招きしたいのですが。」

そのまま各々が好き好きに乗り込んでいくと

こちらの馬車はハルカとクンシェオルトだけになってしまう。

彼の一番の目的を達成する為、昨日の約束を早速履行してもらおうと思ったのだ。

その話をした途端ヴァッツを苦手とするハルカが顔を青ざめて向こうの御者席に逃げていく。

今度はこちらの御者席が空いてしまうという問題が発生した。そこで、

「・・・ふむ。ではガゼル。私の馬車に乗る事を許す。御者を務めるがいい。」

この中で一番不要な存在に雑用を回す。

本当ならここで斬り捨てて行ってもいいのだが、

どういう理由か、ヴァッツが気に入っているようなのだ。


「な、なんで俺が・・・」

話によると自身の命を守る為に下手な芝居をうって取り入ったらしい。

そのような存在を最も嫌うクンシェオルトは

言い訳をしそうな雰囲気を出したのできつい睨みを利かせる。

「わ、わかった・・・・・」

縮みあがらせてしぶしぶと了承させる。

(これで道中に少しでも親睦を深めて、後はその力について何かわかればいいのだが。)

裏取引があった事など知る由も無いヴァッツは無邪気に喜んで重厚な作りの馬車に乗り込む。

そこに、

「私もそちらに乗せていただいても構いませんか?」

ショウが伺うように提案してきた。

彼はシャリーゼの懐刀と呼ばれる油断ならない人物だ。

出来れば遠慮したいのだが、ここで断ると余計にいらぬ詮索をされる可能性がある。

「ええ、どうぞ。」

快く了解して、お互いの馬車に乗り込む人数は均等になる。


それぞれの思惑が渦巻く中、一行はシャリーゼへ向かった。




 (クソっ!このままじゃダメだ!どうにかしねぇと!!)


御者席に座るガゼルはしかめっ面で今後の行動を考えていた。

最後の望みだったクレイスの拉致が破談になったので、ここにいる必要は全くないのだが、

逃げようとした時カズキがどう動くか・・・。


また助かる保証もないし、このクンシェオルトという男が更に怖い。

ネ=ウィンの4将筆頭らしいが、間違いなく自分を見下し、邪険にしている。

この中の最高武力に睨まれている以上、

何か行動を起こす事はそのまま死に直結しそうで肝が冷えるのだ。

(・・・せめてあの時みたいな不思議な事が確実に発動してくれれば・・・)


斬りかかられた時に助かった、そして自分も斬りかかったが動きが止まった。

最初に怪しんだのはヴァッツだったが、直接聞いてみても何もわからなかった。

珍しく目が泳いだり、話題を変えようとしていたので、

彼が何かしら関係しているのは間違いないとは思っているが、確証は何も得られていない。

いっそ特別な『物体』が関係しているとかならそれを手に入れてしまえばいい話だが、

そういう『物』は全く見当たらなかった。

虎穴に入ったまではいいが、虎子を得られる算段は立っていないのだ。

(・・・いや。命だけは助かってる。今は・・・これで良しとするしかないか?)

出来れば逃げ出す時に土産の1つや2つは持ち帰りたいが、贅沢は言っていられない。


(まずは従順な姿勢を見せておいて、油断を誘う所から始めるか。)


前を走る馬車に緩やかについて行きながら、直近の意思を固めるガゼルだった。




 「早速ですが、ヴァッツ様、ハルカと戦った時の事を詳しく教えていただけませんか?」

クンシェオルトは居ても立っても居られないといった感じで問いかけた。

「ハルカ、というのはリリー様と仲良くしておられる少女の事ですよね?

ヴァッツ様は彼女と戦われたのですか?」

部外者が口を挟んでくるが、これは仕方ないのでそのまま好きにさせておく。

「えー・・・っと。オレその話したくないんだけど・・・」

眉間にしわを寄せて困り顔になり、

「も、申し訳ありません。そ、そんなに過酷な戦いだったのでしょうか?」

慌てて頭を下げるクンシェオルト。無理に聞き出す必要もないが、

彼の機嫌を損ねるのだけは避けたい。

「何故ですか?」

そんな彼の心情を全く汲み取ることなくショウが素直な気持ちを口に出す。

「えーっとね・・・オレ戦うの嫌いなんだよね・・・」

「でも、彼女とは戦われたんですよね?では理由から教えていただけませんか?」

(この少年・・・遠慮がないな・・・)

嫌われるなどとは微塵も思っていないのだろう。

しかしこの場面だとクンシェオルトには願ったり叶ったりだ。

「理由ならいいよ。あいつオレの仲間を傷つけたんだもん。」

(そういえば初対面時にもそう言っておられた・・・ふむ。)

よほど仲間想いなのだろう。

もし一国の王や将軍になれば、

少なくとも彼が健在している間は巨大な抑止力を振り回すことが出来るに違いないと軽く妄想する。

「しかしお互い大した怪我をしているようには見受けられません。

かなり一方的な戦いで終わったのでは?」

「う、うーん。どうだろう・・・」

はぐらかそうとするヴァッツをよそに、鋭い読みを展開するショウにクンシェオルトは心の中で感心する。

同時に別の危険性を感じ、

「ショウ様、ヴァッツ様は話されたくない様子なので、これ以上の無理な詮索は止めませんか?」


(この赤毛の少年にヴァッツ様の力を知られるのはあまり良い事ではない。)

自身も全てを理解している訳ではないが、ハルカを圧倒するという事実だけは掴んでいる。

この事実が知れ渡ったらその力に惹かれて、心無い連中が蟻のように群がってくる。

その恐れを考慮した為だ。

「ふむ。まぁ私は構いませんが・・・。」

一瞬猜疑の目をこちらに向けてきたが、それをすぐに隠す。

(これで良い。焦らずともまだ時間はある。)

旅の同意は得られているのだ。ゆっくりと信用を得て、

少しずつ強さと真実を確かめていこう。


そして自分の理想を叶えるほどの人物なら・・・人知れずクンシェオルトは口元に笑みを浮かべた。






 「ね、ねぇカズキ」

『ロークス』からシャリーゼに向かって初日の野宿。

馬車を止め、それぞれが準備に取り掛かり始めた時、クレイスが声をかける。

「ん?なんだ?」

薪と火を熾す準備をしながらカズキが尋ねると、

「あ、あのさ、僕に剣術を教えてくれないかな?」

「んー?」

明らかに面倒くさそうな顔でふりむき、こちらをじろじろと見てきた。

そして、

「めんどくさいからやだ。」

短く断られる。

「えぇ~・・・」

王子である彼の頼み事を断る人間は周りにはいなかった。

初めての体験におどおどして困惑するクレイス。

その様子を見ていたカズキは強くため息をつくと、

「俺に教えを請うなら、基礎が出来てからだ。まぁ基礎が出来てもめんどくさいから断るけどな。」

「そ、そんなぁ・・・」

更に断りを重ねてきたカズキに、泣きそうな顔を向けながら情けない声を漏らす。

ただ、クレイスもここで簡単に引き下がるわけにはいかない。

何とか交渉しようと言葉を考えていると、

「お前。なんでいきなり剣術を教えてくれとか言い出したんだ?」

根負けしたカズキの方から尋ねてきてくれた。

彼と出会ってまだ日は浅いが決して薄情な人間ではないとクレイスは確信している。

護衛としてつねに傍にいてくれるのがその証拠だ。

もちろん強さもあるが、その性格に惹かれたからこそ、彼から直接指導を受けたい。

聞く姿勢に入ってくれた彼を何とか納得させる為には・・・・・


「・・・ぼ、僕は国を取り戻したい。その為の力が欲しいんだ。」


嘘偽りない気持ちを告白する。

これが全てだ。これしかないとクレイスは自信を持って答える。

それに対しての彼の答えを求めようと身構える中、


「それはシャリーゼとネ=ウィンが同盟関係なのを知ってての発言でしょうか?」


全く予期していなかった人間から質問が投げかけられた。

いきなり第三者の言葉が聞こえてきて、慌てて声の方を向く2人。

そこにはいつの間にか赤い髪を揺らしたショウがいた。

「ええ?今の話・・・」

「はい。全部聞かせてもらいました。やはり貴方は危険分子になりそうですね。」

にこやかに笑うショウ。だが声に感情の抑揚が無い。

「なーにが危険だよ。こいつの立場で考えたらおかしなことじゃないだろ。」

(・・・あれ?僕の事を庇ってくれている?)

言わなくてもいいであろう発言にクレイスの心は熱くなるが、

「同盟国に弓を引こうとする他国の王族を、

目に見えて危険な人物を我がシャリーゼが受け入れる理由がありますか?」


言われてみて初めて気が付く。


クレイスの立場だけではない。相手の国の立場もあるのだ。

身の安全が保障されるという事だけ考え、安心していた彼は、

自身の浅慮と、自身が王族だという事実を改めて突き付けられる。


そんな驚愕した自身の表情を見て何かを感じ取ったのか、

ショウの赤い髪がゆらめき炎のように見え始めた。

心なしか暑さすら感じるが・・・激しく怒っているのかもしれない。

「貴方を我が国に招き入れる訳にはいかないようですね。」

その言葉を聞いた瞬間、カズキはすでに抜刀を終えていた。

2人のやりとりに体が固まり、声も出ない。クレイスは自身がどうすればいいのかわからず、

ただただ冷や汗を流すばかりだ。

「一応お聞きします。その刀でどうされるおつもりですか?」

やや冷静さを取り戻したのか、ショウが優しい口調で問いかける。

「今はこいつの護衛も兼ねて一緒にいるんだ。すまねぇな。」

言い終わるといきなり踏み込み、ショウに斬りかかる。

それを難なくかわすが、退いた先にまた第二第三の剣戟を送るカズキ。

防戦一方だったが埒が明かないと踏んだのか、両手を懐に入れ、

そこから取り出された2本の小剣で、鋭い剣戟を十字の構えで受けて止めるショウ。

だがカズキの一刀は想像以上に力が篭っていたようだ。

一瞬押し通されそうになった彼の表情が険しく変化し髪の毛が激しく逆立つ。


お互いの体が完全に止まり、

「恐ろしい方ですね。何故そんなに彼に肩入れされてるんですか?」

静かに問いかけるショウに、口元を歪ませて

「肩入れとかじゃない。お前が強いから立ち会いたかっただけだ。」

闘気と殺気を混じらせた眼光を向けて答える。

それを聞いた彼が驚き、隙を突いたカズキの蹴りが彼の胴を襲う。

しかしその足は虚空を描く。

一瞬で体を後ろに退き距離を取ったショウは両手の小剣を懐にしまうと、

「でしたら、我が国に仕官されませんか?貴方ほどの方なら大歓迎です。」

「なんでそんな話になるんだよ?」

カズキも納刀しながら顔をしかめて尋ねる。

「敵対している勢力がいくつかありますので。そのお力を十二分に振るっていただけるかと。」

「・・・・・考えといてやるから、こいつには二度と手を出すな。」

その返事を受け、満面の笑みを浮かべるとショウは馬車の方向へ去っていった。


クレイスはその様子をただただ呆けて眺めるしか出来なかった。






 「一人でネ=ウィン軍を壊滅出来るくらいの力が欲しいってことか?」

何事も無かったように、カズキは先程の話を続け始めた。

はっと我に返るクレイスは、

「い、いや!そんなには求めてないよ?!そもそも、全然剣術はやってこなかったし・・・」

慌てて自分の希望を述べてくる。

「そんなお前が今更ちょっと修行した所でたかが知れてるぞ?

戦いは誰かに任せればいいんじゃねぇの?」

遠まわしに、お前に教えるのは面倒であり、鍛えるのも成果が見込めないからやめておけ、と、

自身の主観をたっぷり乗せて助言してみる。

そもそもカズキは他人事に自ら首を突っ込むような性格ではない。

護衛としてついて行ってはいるものの、目的は別にあるし、

そこに師弟関係まで結んでしまうと流石に制限がかかり過ぎる。

だがこの王子、見た目より頑固な人物のようで、

「う、うん。それはわかってる。わかってるんだけど・・・

父さんがさ、父さんの夢を見てさ。」

何か夢の話をしだした。

止めるか少し悩んだが、話が続きそうなので仕方なく最後まで話し終えるのを待つ。


「僕は、父さんのようにはなれないと思う。

でも、アデルハイド家の、王の姿がそれしか思い浮かばなくて。

だから、せめて僕も、強さは叶わなくても、父さんのように、

王族の人間として、少しでもいいから、戦えるようになりたいんだ。」


途切れ途切れだが、何かしらの覚悟を感じる言葉に、

またも大きくため息をつき、その顔を不安そうにのぞき込んでくるクレイス。

「ったく。女みたいな顔してるくせに男みたいな事言いやがって・・・」

「い、いや?!僕男だからね?!」

赤子時代に両親を失ったカズキからすればよくわからない感情だが、

父の背中を追おうとする姿勢に少なからず心を打たれる。

そしてそれを認めた彼は、適当に拾い上げた太めの枝をクレイスに渡すと、

「俺が納得いくところまで腕を上げたら教えてやる。」

「ほ、本当!?」

ぱぁっと明るくなったクレイスの笑顔が本当の女の子に見えてしまい、

(やっぱり早まったかな・・・)

これを多少鍛えた所でどうこうなるとはとても思えない。

が、乗り掛かった舟だ。覚悟を決めて話を続ける。

「ああ、とりあえずこれを持て。で、剣の握りはこう、だ。」

「ええ、これ剣なの?」

「立派な木刀だ。で、まずはこう、で、これと、これと、これ。」

クレイスに握り方を教えると、自分の刀で垂直に斬り下げ、斬り上げ、左からと右からの薙ぎの形をみせる。

「この4つ型の素振りを1日1000回すること。」

「え!?せ、1000回!?」

「うむ。お前はまず筋力が足りなさ過ぎるからな。まずはそれを続けろ。」

そう伝えるとカズキは野宿の準備を手伝うために馬車に戻っていった。

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