第五幕 37話 獅子の誇りと猛炎の女神



 軽率だったとは思わない。

 勝てるはずだった。

 ラーナタレアが二本揃っていれば、いかに正規軍だとしても。


 リュドミラは強い。

 他者と比べることすらできない、超越した強さ。


 強烈な魔法を連続で放ちながら英雄級の闘士と変わらぬ肉弾戦が出来る。そんな人間はいない。

 一人で三人分の動き。戦えば必ず勝つ。



 双対の魔術杖ラーナタレアの片方がない。一本では魔法の連射が遅い。

 リュドミラの力が存分に発揮されない。それでも並大抵の一軍なら蹴散らせたはず。


 敵は強力な魔法使いを中心に、連携してそれを支援しながら戦うことに慣れている。

 真っ先に殺したい魔法使いを庇われ、リュドミラ必殺の魔法を逸らし、相殺して。鬱陶しい。



「あの屑どものよう。忌々しい」


 それでも十数名の騎士を焼き払ったが、敵の方が余力がある。


「我が精鋭中の精鋭、菫獅子の上級騎士をここまで」


 苛立っているのは敵も同じ。疲労しているのも。



「貴様が報告にあった、チューザを倒した魔法使いとやらか」

「……」


 わけのわからないことを。息を整える為だったのか。



「この炎の魔法、影陋族ではない」


 当たり前のことを今さら。


「下郎が、愚にもつかない言い訳を」


 リュドミラの力に恐怖を覚え謝罪でもしようというのか。



 金髪の影陋族など見たことが……ああ、先日ネードラハの戦いの中で見たか。

 師マルセナと見間違えた。今思えば彼女に失礼な話だ。


 影陋族にも珍しい見掛けの個体はいる。

 昔、祖父ニキアスの父がまだ幼い頃。白金の糸のような美しい髪のオスを買いそびれた、という話を聞いたことがあった。

 オスだったから渋ったことと、聞きつけた貴族が気に入って高額で買っていったのだとか。


 珍しい外見の影陋族。

 次から金を惜しまず買うと決めたが、なかなか巡り合わない。いないから珍しいのだ。


 当時から珍種を好んで買っていた奴隷商はゼッテスという家。それが功を奏したのか商売は順調らしい。

 噂では去年、襲撃を受けて当主が死んだという話。



 死んだ当主。

 ミルガーハ家も同じだ。ニキアスが死に、後を継ぐはずだったスピロとゾーイも。

 残されたリュドミラとハルマニー、そして幼い弟のユゼフ。


 ああ、忘れていた。ユゼフはどうしているだろう。

 家族が皆いなくなって不安に震えているはず。想像するとぞくぞくする。


 帰ったらきっと姉様姉様と泣きじゃくるに違いない。

 強がるかもしれない。涙を堪えて男の子だからと。


 泣かせてやりたい。鳴き声を聞きたい。ああ、もう遠慮する必要もない。誰にも遠慮せずに。



 それもこれも復讐を果たしてから。

 父と母を殺し、リュドミラにこの上ない惨めな思いを刻みつけてくれた影陋族どもを嬲り殺してから。


 そうでなければユゼフにどんな顔を見せてやれるというのか。辱めに耐え忍ぶリュドミラの姿など見せられるものか。



 だというのに。

 こんな所で、礼節も道理もわからぬ愚物どもに。どこぞの軍などに邪魔をされるとは。


 冷静でなかったとは思う。

 だが、我慢を強いられるなど許せない。ここまで来る間も屈辱を思い返しては腸を煮やしてきたのだ。



「跪きなさい」


 命ずる。


「首を垂れ、わたくしに命を請いなさい」


 尊大に。己のあるがままに。


「そうするのであれば、先ほどの無礼に赦しを与えましょう」

「不遜な」


 リュドミラと対峙するナタナエルと呼ばれる強力な魔法使いと、その配下の騎士ども。

 半分に減らしたというのに。



「何者であれ、部下を殺された相手を我らが許すはずがなかろう」

「赦しを請うのはお前たちです」

「ラドバーグ候とルラバダール王の他に、菫獅子が膝を着く相手はおらん!」


 神に等しいリュドミラに対して、頭も悪いが目も見えぬらしい。


「ならば死になさい」


 命じた。



「始樹の底より」


 左手のラーナタレアを波のように揺らしてくるりと一回り、舞う。


「防げ!」



「穿て灼熔の輝槍!」


 三十の灼熱の槍が、二重に、三重に。



「ばかな!」


 有り得ないと叫ぶナタナエルと、リュドミラを囲んでいた騎士たちにも動揺が波紋を起こす。


「愚かさに気付くのが遅いから馬鹿なのかしら」


 続けざまに、リュドミラが舞い踊ったように、浮かび上がった赤槍が撃ち出された。

 円を描いて、一から百まで数えるように。



「う、ああぁ」

「たえれぶぁっ」

「熱いいぃ!?」


 一撃だったら耐えられたのだろう。

 二撃目で態勢を崩し、或いは片腕なり足なりを撃ち抜かれ、三撃目は防ぎようもない。


 狙いも正確無比。派手さや熱量では小さな太陽を放つ陽窯ひよう扉獄ひとえほどではないが、集団を崩すのならこの方が有効な使い方。



「な、たなえるさまにびぃぃ!」

「誉れの菫獅子舐めるなおんなぁ!」


 正確なリュドミラの狙いを上回ったのは、覚悟なのか矜持なのか。

 狂ったように数名の騎士が突貫してきた。

 灼熔の輝槍に体を貫かれ、片腕を吹き飛ばされ。ある者は右の耳から目まで消し飛んでいるのに。



「っ!?」

「菫獅子に!」

「主に勝利を!」


 戦える体ではない。

 ただそれをリュドミラにぶつけて、舞い踊った後の動きを止めようと。


「見事なり、我が誉れよ」


 ナタナエルだけは、三連撃を防ぎきっていた。

 いや、その体も半ば焼け焦げているが、耐えきった。



「お前たちの命、無駄にはせん!」


 リュドミラとてかなりの集中をして放った魔法で、直後の動きは鈍い。

 死を越えて突貫してくる騎士も、リュドミラが相手でなければ十分な強者。


 押し返していれば遅れる。

 下がろうとしたところに、反対から同じく突っ込んできた騎士が。


「がああぁ!」

「この、わたくしが――」


 ナタナエルの杖が薄く光を放った。



「原初の海より」


 掴みかかった騎士もろともリュドミラを焼き尽くす。迷いはない。

 逃げきれない。防ぐにも集中が足りない。


「――っ」

「来たれ始まりの――」



「姉様!」



 屈辱と、言うのだろうか。

 助けられるというのは。

 父にも庇われた。リュドミラを庇った父はその時に死んだ。


「――げ、ふ」


「はる、ま……」


 血塗れの少女が。

 血飛沫を浴びて、少女が笑う。



「間に合った、かな?」


 にっこりと、得意げに。満面の笑みで。

 小生意気な妹。けれど今のリュドミラには唯一、隣に立つことを許せる相手。



「姉様、助けに来たぜ」

「遅いですわね」


 溜息にほんの少しでも温かみが混じったのは、リュドミラもまだ人の子だということだろう。



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