第五幕 28話 希望と懐抱_1



 ヘズの町には多くの負傷者が戻っていた。

 どうしようもなく足手纏いにしかならない状態の者と、それを連れてサジュに向かう者を除いて。


 このままサジュに逃げ帰れない。ここで戦うと。

 仲間の危難に、自分たちだけが逃げるような気構えの戦士はいなかった。



「ミアデ、貴女まで」

「……ごめんなさい」


 責めたいわけではない。だけど。


「ティアッテ」

「ミアデが戻りたい様子でしたから」


 彼女ならそう言うだろう。本当にこうもミアデに入れ込むとは。



「それに、サジュに戻ったところで今の私では」


 足が治らない。

 溜腑峠の魔物、殻蝲蛄の足はネードラハの戦いで砕けたまま。

 また生えてくるものなのかどうなのか。前例がないことでわからないが、少なくとも今はその兆候はない。


「今の私に、サジュを守るだけの力はありません」

「氷乙女、希望のティアッテ。貴女が戻ることに意義があるのです」


 確かに戦う力にはなれなくとも、精神的な支えとしてはこの上ない。



「それと……貴女は望まないかもしれませんが」

「……」

「貴女が子を産めば、その子はきっとよいせん――」


 言いかけて、首を振った。


「……きっと、強い子になるでしょう」


 戦わせる為に子を産めなど、言っていいことではない。


 まさにそこが問題。

 アヴィは母から戦う力をもらったと言う。だから戦うと。

 戦う為の力を、母が子に残すのか。それは違うとルゥナは感じる。



「望まぬ……いえ、イザットのルゥナ。貴女の言うことはわかります」


 ひどく不躾なルゥナの言葉だが、ティアッテは責めなかった。

 彼女だってずっと先頭に立って戦ってきた立場。ルゥナの言うところに理解はある。


「それも氷乙女として、必要な役割なのでしょう」

「正直に言えば、不安もあります。貴女自身に」


 ここまで話したのだから、言いにくいことでもはっきりと言っておく。



「魔物との混じりもの。クジャを襲った人間の混じりものは、命を落とすほど手傷を負った後に変異しました」

「……」

「魔物の意識に飲み込まれたように、と。見ていた者が言います」


 ルゥナは居合わせなかったが、その様子を目にした者からそう聞いている。


「ティアッテ、貴女がそうならないという確信がない」

「そうですか」

「このまま戦場に置いておくのは危険だと思っています」


 ですが、と。溜息をついた。

 困った様子のミアデの顔を見れば、これ以上言いたくもない。



「……それは、サジュにいても同じこと。正気を失うのであれば、むしろそれを敵にぶつける手も考えられますね」

「その時は遠慮なく使いなさい」


 はっきりとした意思を示す。見る限り彼女の意識は確かだ。ルゥナの心配がただの杞憂であればいい。


 ティアッテは生まれながらの氷乙女。力だけでなくその精神も並ではない。

 魔物の意識に飲み込まれるほどヤワではない、ということなのだと思う。



「ミアデ」


 まだ済まなさそうな表情のミアデに、再び溜息交じりに首を振った。


「本当に、貴女たちは……」


 思えば最初からミアデとセサーカはルゥナと共にあった。

 ずっと助け合ってきた仲間だ。彼女のことなら他の者よりよくわかっている。



 セサーカが命令を無視してアヴィと共に戦場に向かった。

 なら、ミアデが迷わないはずがない。どうすればいいのか。


 一緒にサジュに戻る仲間を守れと言われていたけれど、この場合はどうしたらいい。

 迷った上で戻ってきたのだ。セサーカとは違う方向で真面目な子だから。



「私がミアデに言ったのです。引き返すように」

「ち、違うよ。ティアは」

「どちらでも構いません。責めるつもりもありませんから」


 結局、離れ離れではいられないのだろう。自分たちは。

 どういう形でも、歪な関係になっていても、まるで一つの家族のように。


「最後まで、付き合ってくれますか?」


 アヴィは退かない。敵と戦う道を進むと言い、セサーカはそれに付き従う。

 ならばルゥナも腹を括る。全力でアヴィを支えて戦い、勝利を手にするだけだ。



「うん。あたし頑張るから、ルゥナ様」

「貴女はいつも頑張り過ぎます」

「ルゥナの言う通りですね、ミアデ」


 ほんの少しだけ、心が安らぐ。ミアデの言葉に。


 彼女は変わらない。他は色々とややこしくなってしまったけれど、ミアデの本質は何も変わらない。

 いつも懸命で、ひたむきで。

 ルゥナだけでなく、皆の気持ちを支えてくれる。



「ミアデが行くと言うのなら」

「支えてはあげられませんが」

「足程度、いざとなれば氷で義足でも作りましょう。並の兵士などであれば数百くらいは道連れに出来ます」


 戦う力にならないと言いながらも、やはりティアッテの力は弱くはない。

 強者相手には難しいとしても得難い戦力。



「アヴィは止められない。無理にサジュに連れていこうとしても、きっと」


 人間を殺す。滅ぼすことだけが使命だと囚われている。

 痛みを感じないで戦えることを母さんの恩寵だと思い込んで、歯止めが利かない。


 そして、きっと。

 仮にルゥナがどうしたところで、セサーカを止められない。

 アヴィの望むままに。それを邪魔するルゥナの手をすり抜けるよう動く。



「……」


 考える。どうすれば一番いいのか考える。

 止められないのなら、無理に止めても逆効果だ。

 ならばアヴィの意思を尊重して戦うこともルゥナの務め。


 もうアヴィが傷つく姿を見たくない。

 それはきっと母さんも同じだっただろうに。



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