第五幕 18話 僭上廉恥_1



「間に合わぬ」


 メメトハが首を振る。


「連中、かなりの速度のようじゃ。今からではとても逃げきれぬ」


 気づくのが遅れたわけではない。

 敵に気付いた斥候が全速力で伝令に走ったとしても、敵もまた進んでいるのだ。



 ウヤルカが万全であれば、ユキリンと共にもっと早く……

 ユウラがいれば、声の魔法などを駆使して……



「っ!」


 頭を過ぎった考えの厚かましさに、思わず手元の卓を叩き割ってしまった。


「……ルゥナ、落ち着くのじゃ」

「……すみません」


 恥知らずな考えだと。

 ウヤルカの傷ついた姿を見ておきながら、まだ頼ろうと。

 命を投げ出して献身してくれたユウラに対しても。


 都合のいい手段のように考えた。

 ウヤルカが傷つきユウラが死んだのは、ルゥナの力が足りなかったから。なのにまだ使えれば・・・・などと、どこまで恥を知らないことか。



「戦える者だけで迎え撃ちます」


 他に選択肢などない。


「撃って出ます」


 待ち構えても状況はよくならない。


「その間に、負傷者はサジュに……程度の軽い者に重傷者を連れていってもらいましょう」



 他に手がない。

 迫ってくる敵を迎撃して足を止める。可能なら撃退する。

 戦えない者が逃げる時間を稼ぐ。


「私の判断が遅かったから……」

「そうではない、ルゥナよ」


 もっと早くに決めていればと言うルゥナに、メメトハがはっきりと否定した。


「敵が異常じゃ。報告にあった行軍速度、練度。おそらく噂のエトセン騎士団という奴じゃろう」


 行軍速度が速すぎれば、部隊がまとまりを失う。

 多くの兵士を率いての行軍というのは、普通ならある程度以上の速度にはならない。


 飛竜や、東部にいた魔物に騎乗する部隊であればともかく。飛竜騎士なら最初から数は揃わないが。


 騎馬もあるが、戦闘を行う軍としてはあまり用いられない。

 人間同士の戦争の場合、馬が炎に怯えて運用しにくいのだとか。他の手間も考えると、集団戦闘であまり有用な手段に成り得なかった。


 馬などは物資の輸送に主に使われる。あるいは身分の高い者の移動手段とか。


 想像以上の行軍速度で向かってくる敵軍団。

 精鋭に違いない。数は三千程度という話ではあるが、こちらの戦士は多少無理をして千五百程度。

 どれだけの猛者がいるかわからない以上、油断できる相手ではない。



「幸いなことに大きな街道しかわかっておらんようじゃ。でなければ伝令の方が間に合わなかったかもしれん」


 間道、近道を知らないのか、あえて選ばなかったのか。

 そのおかげで報告が届いてから襲来までの時間に多少の余裕が出来たことを感謝する。


「サジュに向かう者と迎撃の者と、すぐに分けましょう」

「持ち運べるよう食料を準備しておいたのは正解じゃったな」


 ルゥナを元気づけるように言うメメトハに頷く。

 撤退に備えて、食べ物の運搬の準備をしておいた。とりあえず出来ることをやっておいてよかったと。


「まず少数で先行します。少しでも遠くで足止めをしなければ」

「こちらは妾が差配しよう。すぐ追うゆえ、無茶はするでないぞ」


 敵が町に到着するまで、半日もない。

 すぐに出られる手勢を連れて奇襲に向かうルゥナと、残りの戦士と撤退する者を分けるメメトハ。



「セサーカに」


 自分では言いたくなかった。だから伝言を頼む。


「アヴィを、お願いしますと」

「……伝えよう」


 まだ虚ろなアヴィを戦いには出せない。

 連れて行かねばならないが、誰かが傍にいなければ不安だ。

 ルゥナもメメトハも無理なら、セサーカが適任。


 適していなくても強く望むだろう。

 あれこれ考えている時間はないし、それが状況に適しているのならそうするべき。

 本当ならアヴィの一番近くにいたいのはルゥナだけれど。



「ルゥナ様、私がお供します」


 逆に、ルゥナの傍にいたいと思ってくれる者もいる。

 敵の襲来を聞き、トワが真っ先にルゥナの下に来た。


 アヴィがいなくても自分が、と訴えかけてくるトワ。

 いつも助けられている。嵐の中、飛竜騎士の必殺の一撃からも庇われた。


 魔法を使ったのだと聞いた。ルゥナとの位置を瞬時に入れ替え、直後に二本の包丁で戟槍を受け止めた。

 目標を外した敵が驚愕し致命打にはならなかったが、あんな光景は二度と見たくない。


「人間どもなんてボクだけでも平気だって」

「馬鹿なので本気で言っているんです。気にしないでください」


 威勢のいいことを言うオルガーラに冷ややかな言葉を続けてから、


「イバ達には撤退の手伝いをさせます。ラッケルタの足跡も消せるだけ消すように」

「ありがとう、トワ。助かります」

「既に東の川にニーレ達が向かった。茂みも多く奇襲に向くじゃろう」


 ラッケルタの足も癒えていない。撤退するのならラッケルタも逃がさなければ。

 最悪の場合、ラッケルタを囮に追手を引き付ける判断も必要か。

 そうしないで済むようどうにか敵を食い止めねばならない。


 再起するとして、ラッケルタの存在もまた小さくない。

 敵には畏怖を。味方には鼓舞を。

 巨体のラッケルタは、その戦闘力以上に集団戦闘では力になってくれる。



 皆を逃がす為の戦い。

 東部の断崖アウロワルリスに向かう時のことを思い出す。


 皆を守り、無事に崖を超えようと。

 あれからそれほどの時が過ぎたわけではないが、こんな時なのになんだか懐かしい。



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