第四幕 068話 揃わぬ欠片



「話に聞いてたよりやばそうな町じゃん」


 嬉々として。物騒な状況だというのに楽しそうに笑うのは人としてどうなのだろうか。

 人ではない身ではあっても、こういう反応が一般的ではないとはわかっている。


「こんなことは私の知る限り初めてです。ハルマニー様」

「だってよ、すっげぇ爆発だったぜ」


 スーリリャの言葉など上の空で、三階建ての兵舎から町を眺めてはしゃぐ少女。



「あんだけの爆炎を連発とかすげえ魔法使いだろ。姉貴みたいだぜ」


 相当な高威力の魔法だったことは音でわかる。

 一発目を聞いたハルマニーが、すぐさま見晴らしのいい上を目指して、世話を申し付けられていたスーリリャも慌てて追った。ずいぶんと遅れたが、窓から町を見て大はしゃぎだったので見失うことはなかった。


「高位の魔法使い、ですか」


 そんな人間が、なぜエトセンの町中で破壊の魔法などを放ったのだろうか。

 スーリリャにはその理由など想像もできない。危険な場所を見に行くつもりもない。



 ハルマニーの姉というのはわからないが、高い力量の魔法使いと言われて思い当たる相手もいる。


 エトセン騎士団のチューザ。

 双子の片割れ。


 ビムベルクが以前、彼女とはやり合いたくないと言っていた。

 加減が出来る相手ではないとか。


 先の戦いで双子の姉チャナタを失い、最後に見た時は別人のようにやつれていた。

 声をかけることも躊躇われる。


 だいたいにして、奴隷の清廊族であるスーリリャが、貴族筋のチューザに対して自ら声をかけることも普通はない。

 かなり精神的に磨り減り、折れそうな儚さと間違った方向に進みそうな危うさもあった。



 だからと言ってエトセンを攻撃する理由はなんだろうか。

 敵でも侵入したのでなければ。


 いや、チューザがやったと決まったわけではないけれど。

 実力的に思い当たっただけで、チューザのはずがない。


 こんな時にビムベルクやツァリセがいないのは不安だ。ハルマニーも強いことは知っているが、下手なことを言えば見に行こうと暴走するに違いない。



 チャナタがいてくれたら。

 やや浮世離れしたところはあったが、冷静な判断の出来る女性だった。

 人柄的にも、チューザの精神的な安定のためにも。


 彼女らはスーリリャに対して、蛮族の奴隷という扱いをしなかった。

 ビムベルクの庇護下だったからという理由だが、だとしてもスーリリャにとっては実際に触れあい話した記憶は変わるわけではない。


 立場的に上位者ではあったけれど、虐げて当然などという振る舞いではなく、使用人に他愛ない悪戯をするような雰囲気で。

 種族は違うけれど、共に過ごす仲間に似た安心感があったと思う。


 そんなチャナタが戦死したと聞いて泣いた。残されたチューザの心を思い、やはり泣いた。



 ビムベルクに涙はなく、代わりに呟いただけ。バカ野郎、と。

 チャナタのことではなく、自分自身に言っていたのだろう。


 何だかんだと文句を言うこともあったけれど、彼もあの姉妹を嫌ってはいなかった。

 もしかすれば、チャナタとビムベルクが結婚するような未来もあったのかもしれない。

 どちらも世間ならとうに結婚していて当たり前の年齢だ。人間の年齢で言えば。



「あーくっそ!」


 ハルマニーが唾を飛ばしながら手を握る。


「アタシもいきてーな、くそ」


 ぎりぎりと歯を噛み締めて、煙りの立つ方角を睨みつけなら。


 おや、と。

 意外な反応だと思った。

 もちろん飛び出されては困るのだから、この方がいい。これでいいけれど。



「あぁ? ツァリセに言われてんだって」


 ぞんざいな喋り方は、男女の差はあるけれどビムベルクに似ている。


「町で騒ぎがあっても絶対に出るなって」


 スーリリャが訝しく思ったのを察したのか、聞いてもいないのに教えてくれた。


「ツァリセ様が……」

「師匠も我慢してんだから絶対に出るなって」

「そうでしたか」



 二人は今頃、ワットマや他の主要人物たちと会議中だ。家令のイオエルもその場にいるはず。

 ツァリセの言葉だけでハルマニーが我慢できたのは意外だと思ったが、彼女が師と仰ぐビムベルクが出て行かないのだから勝手は出来ないと自制しているらしい。


「ツァリセ様が」


 知っていたのか。

 町で騒ぎが起きると、事前に。


「あー、言っちゃダメだって話だったな。忘れとけよ影陋族」

「わかりました」


 この辺のいい加減さはハルマニーらしいのだけれど。



「お嬢様!」


 ばたばたと、慌てた足音と共にイオエル・ユーガルテが駆けて来た。

 兵舎の中もかなりの騒ぎだった。町で爆発騒ぎなのだから当然だけれど。


 皆、外を目指して下にいったので、逆に上に昇ったスーリリャ達の周辺に人はいない。

 他の兵士たちに聞いて、ハルマニーの居場所を探していたのだろう。

 少し遅れてツァリセの姿も見えた。ほっとする。



「んだよ、イオエル情けねえぞ」


 慌てた様子を笑うハルマニー。笑われた男は首を振って安堵を示した。


「町中で高位の爆炎の魔法ですから。リュドミラ様を呼んで悪さでもしたのかと」

「はっ、そりゃあ考えなかったな。アタシもまだまだだぜ」


 イオエルは何も聞かされていない。リュドミラというのが多分ハルマニーの姉なのだろう。

 姉妹で結託して何かしたのか、などと言っているが、さすがにこれは冗談のようだ。


 町中で爆炎の魔法など、国を跨いででも手配をかけられる犯罪になる。

 死者も怪我人も少なくないはず。


「……」


 こんなことをツァリセが仕掛けるだろうか。

 イオエルと共に現れた彼の顔を見て疑問に思う。



 ツァリセは、誠実とは言えないかもしれないが、町の人間を平気で殺すような非道な人物ではない。

 今は近隣の村で暮らしている彼の父親も、かつてはエトセンの警備兵だったとか。亡き祖母もエトセン騎士団に所属していたとも聞いたことがある。

 そんなツァリセが町を破壊するような工作をするとは考えにくい。


 先に危険を通告して人を遠ざけていたのなら? 人死には避けられるかもしれないけれど。

 しかしそれでは、犯人がここにいますよと言っているようなものだ。



「良かった、勝手に出て行ったりしてなくて」


 本当に心配していたという顔をしている。

 ハルマニーの姿を見つけるまで心が休まらなかったと。わずかな時間でも。


「……ツァリセ様?」


 呼びかける。

 事前に知っていたはずなのに、どうしてそんなに焦ったのだろうか。


「ああ、ええと。イオエルさんが、まさかお嬢様がーなんて言うもんだから」


 だから、そのお嬢様のしわざではないと知っていたのではないのか。

 自分で仕掛けておいたのなら。


「師匠はどこなんだ?」


 ビムベルクの姿がない。

 爆発騒ぎで会議は中止になったのだろう。ビムベルクは出て行かずに我慢しているとか言っていただろうに。



「隊長は」


 バツの悪そうなツァリセの表情は、演技ではない。


「突然の町中での爆発に、緊急出動しました」

「あー、ずっりぃぞ!」


 話が違うと憤るハルマニー。


「アタシも行くぜ」

「お嬢様!」

「師匠と一緒に戦えるチャンスじゃんか! さっさと来いイオエル!」

「私もですかぁ!?」


 窓から飛び出そうとするハルマニーだったが、兵舎の窓には鉄柵がかかっている。

 壊してはいけないという程度の常識はあったらしく、階段を飛び降りていくハルマニーと追いかける使用人。




「何かあったのですか?」


 話せることなら、教えてほしい。

 この騒ぎはツァリセの想定外のことだ。


「……とりあえず」


 落ちた肩を見ればツァリセの苦悩は窺える。


 こういう顔は、あれだ。スーリリャが百日前に仕込んだはちみつ漬けが、わずかな蓋の隙間から全て虫に食われていた時の表情。

 準備していたものが台無しになってしまった落胆の顔。


「僕が思っていた以上に、相手さんは見境がなかったみたいですね」


 ハルマニーたちが消えた兵舎の三階には、スーリリャとツァリセしかいない。

 だからだろう。敵対勢力の何かだと正直に言った。



「町中で爆炎の魔法とか、本当に……」

「敵、なんですね」


 ツァリセの敵で、ビムベルクの敵。ならスーリリャの敵でもある。

 訊ねられて、彼は苦笑いを浮かべた。



 町を襲った魔法使いのとだけではない。

 口には出来ないがツァリセは想定していたのだと思う。何らかの敵の存在を察知して手を回していた。



「敵なんでしょう、ねえ」


 首を横に振りながら溜息交じりに呟き、それから少し首を傾ける。


「……敵、なのかな?」


 スーリリャにはわからない。

 ツァリセの頭の中に浮かぶ欠片は、どこかうまく噛み合わないようだった。



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