第三幕 062話 地に在るは残影と屍_1
エシュメノは馬鹿じゃない。
ソーシャが、エシュメノは賢いって言っていた。
皆もエシュメノはえらいって言う。
だからエシュメノは馬鹿じゃない。賢くて強い。そうじゃなきゃいけない。
アヴィはエシュメノの友達だ。最初の友達だ。
とっても強いけれど、だけど泣き虫なところも知っている。
アヴィは他の誰かの前ではあまり泣かないけれど、エシュメノと一緒の時は泣くこともある。
ソーシャの話をして、アヴィがアヴィのお母さんの話をして、泣く。
アヴィはアヴィのお母さんが世界で一番って言って、エシュメノはソーシャが世界で一番って言って。どっちが世界一なのかって喧嘩して、泣きながら笑う。
エシュメノはアヴィが大好きだ。
アヴィを守ってあげるのは友達のエシュメノの役目だと知っている。
エシュメノは馬鹿じゃない。だからわかっている。
目の前の人間が、エシュメノより強いことくらい見ればわかる。
自分では勝てない魔物を知ることは、ソーシャから教わった。
にじり寄る足に触れた先から氷が砕け散る。細かく。
狙われている。じりじりと静かに間合いを詰めながら、一撃でエシュメノを殺すつもりだ。
狩りに臨む獣のような気配。
逃げると言っていたのは嘘だ。そんな生易しい空気ではない。
エシュメノと、後ろで倒れているアヴィを殺そうと。
やらせるわけにはいかない。
「すぅっ」
息を吸い込んだ。
「はっ!」
吐くと同時に踏み込む。
待っていましたとばかりに敵の武器が上げられた。
エシュメノは構わず、敵の左前に踏み込み、次のステップで逆に飛ぶ。
「あんたも!」
と、また逆にステップ。
「野生児かい!」
砕けた氷が散らばる足元だけれど、冬の山ならもっと悪いところもあった。
長く過ごした山と比べれば、だいたい平らなだけ別に大した苦でもない。
敵の一撃が軌道を変えるが、少し大振りになった分だけ躱せる。
真っ直ぐに突っ込んでいたら、振り下ろしを避け切れなかったと思う。
左右への動きでそれを避けて槍を叩きこむ。
「やあぁ!」
「むっ」
エシュメノの連撃は、目にも止まらぬほどの速度。
そして、今は後ろのアヴィのこともある。一撃に込める力もそれぞれ重い。
黒く滑らかな左の短槍と、螺旋を描く右の深紫の短槍。ソーシャの角。
エシュメノの連撃を鉄棍一つで弾き返すこの敵は、最初は鉄棍を二本持っていた。
足の踏ん張りから、片足を痛めていることもわかる。
武器を一つ失い、怪我をして。それでこの強さ。
万全ならとてもエシュメノだけでは戦えなかっただろう。
息を止めての連撃を、女戦士が鉄棍で弾く。
弾かれても即座に次、また次。
全力のエシュメノの攻撃を、足を怪我した状態で鉄棍一本で捌かれた。
「だっ‼」
強く弾かれた次の瞬間、左の拳が飛んできた。
裏拳というのか、握った拳を小指側から叩きつけるように。
しゃがんで躱したが、すぐさま頭上に鉄棍が振り下ろされる。
左足と右足を、続けてととんっと向きを変えて後ろに飛び退いた。
「ちっ」
敵の鉄棍が空を切るが、巻き起こした風もすさまじい。ソーシャの背に乗り駆けた時のような暴風。
「すばしっこいね。さっきのアヴィ以上じゃないかい」
素早さなら、アヴィよりもエシュメノの方が上になる。
小柄な為の身の軽さというのも有利だ。
「ソーシャはもっと速かった」
「? 知らないけどさぁ」
エシュメノはソーシャの戦いをずっと見て育った。時に強大な魔物がエシュメノを食らおうとしたこともある。
どんな時でも、ソーシャが負けたことはない。
そう、どんな時でも。
「……」
今はエシュメノがソーシャだ。だから、どういう敵が相手でも負けられない。
息を整え直し、槍を握り直す。
ソーシャの想いの込められた双槍。胸にはソーシャの残した深緑の魔石もある。
エシュメノの角と合わせて、三つの角。今はエシュメノが
「ソーシャは最強!」
「そいつは怖いね」
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