第二幕 041話 瞳の奥で_2



「向かうのは次の春です」


 気持ちの逸るメメトハを窘めるようにカチナが時期を告げた。


「貴女達も」

「なぜ?」


 それまで黙っていたアヴィだが、半年以上も待たされると聞いて口を開く。

 悠長なことを言っていられるのか、と。



「弱すぎるからです」


 取り繕うことがない言葉。


「……」

「貴女達は自らの力を使いきれていない。力任せで勝てるほど甘いものではありません」


 戦闘技術の稚拙さ。

 アヴィにしろルゥナにしても、力は増していても技を磨く機会はなかった。

 基本的に我流で、見様見真似で戦ってきた。


「私が指導しましょう。メメトハ、貴女もです」

「う、や……その、大叔母よ……」

「貴女もです」


 嫌そうな顔をするメメトハを見ればわかる。

 厳しいのだろう。カチナの指導は。



「カチナの言う通りですが、それだけではありませんよ」


 少し空気を和らげるように、パニケヤの声音は優しい。


「クジャはひどく荒れてしまいました。この復旧も手伝っていただきたいのです」


 魔物の襲撃で町はひどく荒れた。

 町の外の田畑も、戦いでかなりの損害を受けている。

 このままでは、厳しいカナンラダ北部の冬を越えることが出来ないかもしれない。


 戦いの準備と、クジャの復旧を兼ねての時間。

 そう考えれば半年などあっという間かもしれない。だけど。



「西部は大丈夫?」


 ルゥナの不安をアヴィが言葉にしてくれた。

 ここで時を過ごせば、それだけ西部が厳しくなるのではないかと。


「数十年、持ちこたえた西部です。ここで急に崩れるとも思いませんが……いくらか応援は出しましょう」

「湿地と沼地。溜腑峠に挟まれたサジュは天嶮の要塞です。そこにオルガーラとティアッテがいますから」


 地形的に数で攻め立てることに向かない場所で、氷乙女が並び立つ湖の町サジュ。

 数十年の守りが、この時に落とされるというのも心配しすぎか。



(応援を出すというのなら……)


 少し考えて、頷く。


「アヴィ……長老の言葉に従いましょう。私たちはともかく、ミアデたちにはもっと技術が必要です」

「……」

「人間も、まだ他にニアミカルムを越えてくるかもしれません。今、クジャを空けるのも不安です」


 戦い続けてここまできた。

 何とか生き抜いてきたものの、それは極限の状況で、運もあったと思う。

 もし十分な力があれば、あの呪術師にアヴィの力を奪われることも、ソーシャを死なせることもなかったかもしれない。

 ここで一度、自らの力を研ぎ澄ます時間は決して無駄ではない。



「ネネラン達も、急に力を得て振り回されているところもあります。どこかで指導が必要だと」

「……それは、人間を滅ぼす為?」


 真っ直ぐにルゥナを見るアヴィの瞳は――



 今まで、気づかなかった。

 考えたこともなかった。

 ルゥナを見つめて訊ねるアヴィの瞳に、ルゥナが映っている気がしない。


 いつからだったのか。

 最初からだったのだろうか。

 アヴィの瞳は、どこか遠くの一点だけしか見ていないようで。



「――っ」


 怖くて、息を飲んだ。

 ウヤルカの集落で同じような質問をされた時に、ルゥナは嘘をついた。

 あの時もアヴィは同じ目をしていたのだろうか。

 もしそうだとして、それに気が付いていたら、とてもあんな嘘は言えない。



「……そうです、アヴィ」


 もう一度名前を呼ぶ。

 呼びかけて、その瞳を戻そうと。


「全ての人間を殺すためには、私たちはもっと学ばなければ出来ません」



「……わかったわ」


 目を閉じて、再び開かれた瞳にルゥナが映る。


「ルゥナがそう言うなら、そうする」


 いつものように。


 ルゥナは特別だ。

 特別なはずだ。

 アヴィはそう言った。ルゥナは特別だと。

 つまらぬ物のように扱われるなど、そんなはずはない。



「アヴィ……」


 最初に、ミアデとセサーカを仲間にした時に考えた。


 ――私も、その子たちと同じなのですか?


 そんな不満に対してアヴィは、ルゥナは特別だと言ってくれたのに。

 なのに今は、同じ質問をするのが怖い。

 状況が変わって、時が経って、変わってしまったのではないか。


 アヴィとルゥナだけだった時とは違う。

 あの時には確かにルゥナは特別な存在だったかもしれないが、今は他にいくらでも代わりが。



(惰性で、私を……)


 哀れんで、捨てずにいてくれるだけなのでは。


 そんなことを考えてしまい、ただそんな余計なことを考えられるのも、今がとりあえず安全だからだ。

 戦いの渦中でなら、そんなことを考える余裕もなかった。

 しばらくクジャで過ごすというのなら、こんなことで思い悩む時間も増えるのかもしれない。

 考える時間がなかった方が良かったと思うこともあり得る。



 人間に勝利し、この大地から戦禍を消し去る。

 その目的の為になら、ルゥナは命を捨ててもいいと思っていた。

 今でもそれは変わらない。


 けれど、どうしても。

 アヴィの瞳が自分を映してくれないことに、言いようのない苦しさを覚える。


 ――私は、貴女のなんですか?


 言葉にしたら、下らないことだと一蹴されてしまうような、つまらない色恋話。

 大きな目的とはまるで違う、私的で小さな想いが、同じくらいの重さでルゥナの心を捕える。


 枷のように、重く。



  ※   ※   ※ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る