#53 魔女の覚醒
あと一回レッドカードを再使用できれば敵のキングを倒せる。
そう威勢よく言ったものの、実際は簡単なことではない。
もう一度、三十パーセント貯まるまでキングの近くで戦い続けなければならない。
そんなとき、クロリスが冷たい声で呟いた。
『これ以上、私達の領地を踏み荒らさせはしません』
それは一瞬だった。
ついさっきまで大河のスピードについていけず置いてきぼりにされていた黒き魔女が、一瞬にして忍者の背後に現れた。
「えっ?」
即座に琥珀は大河忍者を操作し、ブラックアリスへ振り向きながら三本爪の手甲鉤を構える。
対する黒衣の少女は黄金の髪をだらりと垂らしながら俯いていた。
『
ガバッ、とブラックアリスは顔を上げる。
真紅に光る右目と緑の輝きを持つ左目が大河忍者を射抜いた。
元々緑色だったブラックアリスの両目は、今や右目のみ赤く染まり、オッドアイとなっている。
それこそが彼女の
『リバースカースの効果により、ブラックアリスに与えられるステータス
さらに
黒衣の少女がハープを左手に持ち替えると、その弦が鋭く伸びて虎忍者へと迫る。
「なっ、はやっ!」
これまでと打って変わって俊敏な動きに琥珀は驚きながらも、紙一重で攻撃を躱していく。
しかしすぐにブラックアリスは大河忍者へと接近し、ハープで殴りかかってきた。
「なっ、なんなんすか? いきなりメチャクチャ動きが速くなったっすよ!」
「リバースカースの効果だ」
困惑する琥珀に俺は説明する。
「これまで、ブラックアリスは自分自身に石化の呪いをかけていた。石化の効果により防御力は上がり、素早さは下がっていた」
だからこれまでスピードで劣るブラックアリスを避けて、ゴールデンマドールに到達すること自体は難しくなかった。
しかし今は逆。
「
これがクロリスの本来の戦闘スタイル。
ブラックアリスのスピードを高めての近接戦闘による制圧。
ハープによる打撃攻撃と、伸縮自在の弦による刺突攻撃、それらを三本爪で受け流しながら大河忍者は少しづつ後退していく。
「くっそお、私が近接戦闘で、スピード勝負で押されるなんて」
言って琥珀は苦しげに口元を歪める。
しかしすぐにニヤリと笑った。
「でも、ようやくそっちも必死になったっすね。さっきみたいに余裕ぶっこいてるより、ずっといい顔してるっすよ」
『それはどうも。嬉しくない評価ありがとうございます。
あと一回でもレッドカードを喰らえば私達の負け。これ以上、貴方をキングに近づけるわけにはいきません!』
クロリスの言う通り、彼女は琥珀と戦いながら少しづつ、大河忍者をキングから遠ざけている。
くっ、このままでは不利か?
そう思っていると、琥珀の戦っている場所から少し離れた道の外れに
「あれは!」
琥珀もそれに気付いたようで、そちらに視線を向ける。
そしてブラックアリスから距離を取ると、そのアイテムを拾いに行った。
「頼むっす。何かアイツをぶっ倒せるような凄いアイテム来て!」
忍者は風のような速さで地面を駆け、
そして取得アイテムがバトルフィールドの上に表示された。
そこに浮かび上がったのは白い封筒に入ったアイテム。
「遺言状、っすか」
琥珀が表情を歪める。
残念ながら今の状況では発動条件を満たさないアイテム。
つまりハズレだった。
そこで忍者の足元に長く伸びた弦が突き刺さり、地面を抉る。
『逃しませんよ。忍者さん』
既に二人の戦闘場所は敵のゴールデンマドールから大きく遠ざかっている。
クロリスは守るべきキングから離れてでも、琥珀を追いかけることを優先したわけか。
「虎衛門、ここだ」
俺はバトルフィールドの西側を指差す。
その場所を目指して逃げろ。そういう意図の指示だ。
「おっけーっす、先輩」
琥珀はそれに頷くとコントローラーを操作し、忍者はブラックアリスから離れていく。
しかしそれを見逃してくれる相手ではない。
虎忍者の後ろに黒衣の少女が追走する。
『どうしました? アイテムを使わないんですか? それとも役に立たないハズレアイテムでも拾いましたか?』
クロリスの煽りが飛んでくる。
琥珀はそれに減らず口を返した。
「へっ、このアイテムはウチのチームの切り札っすから。発動したら最後、クロリスさん達は泣いちゃうっすよ」
『そうですか。そんなハッタリしか言えない貴方の窮状に涙を禁じえませんね』
その時、ブラックアリスとは逆方向から眩い光の砲撃が飛来し、忍者を襲う。
「ヤバッ!」
琥珀は咄嗟にコントローラーを操作し、大河忍者はその場から飛び上がり砲撃を躱した。
ジャンプの勢いのまま忍者は頭上にあった木の枝に捕まる。
ちっ、今の光線はまさか。
『さーて、王様の命を狙う曲者は夜空のお星様にしてやらないとな』
大河忍者の向かう先に現れたのは、青い体と赤い翼を持つ竜皇。コズミック・ドラグオンだった。
木の枝にぶら下がった虎忍者に対し、前からドラグオンが、後方からブラックアリスが距離を詰めてくる。
『やれ、ブラックアリス。ハープストリングス』
クロリスの言葉と共にハープから弦が伸び、大河忍者の体に巻きついた。
虎忍者はそのまま体を拘束され、木から引きずり降ろされる。
「やっ、やばい! やばいっす!」
琥珀の顔に焦りが浮かぶ。
忍者を捕まえたハープの弦は、生き物のように自在に動き、コズミック・ドラグオンの眼前に大河忍者を差し出した。
『
コスモのその言葉と共に、コズミック・ドラグオンの両肩に載ったキャノン砲の砲門に光が溢れる。
『空に浮かぶ星々の輝きよ! 悠久の時を超え、我が宿敵に
そしてそこから激しい光の激流が放たれる。
光の洪水はそのまま大河忍者を呑み込んだ。
「た、大河忍者あああ!」
琥珀が目を見開く。
大河忍者の頭部
そして光線が消え去った時、忍者の姿は跡形もなく消え去っていた。
大河忍者、
悔しそうに歯を食いしばる琥珀の肩を、俺は優しく叩く。
「よくやった虎衛門。あとは俺に任せろ」
「先輩、お願いします! 大河忍者の仇をとってください!」
それに頷きを返すと共に、俺は宣言する。
「味方のマドールが
今、フィールドの北端に奴らのゴールデンマドールがいるが、本来ゴールデンマドールを守るブラックアリスは大河忍者を追うために西側に移動している。
そこでクロリスはクスリと笑った。
『おや。今、私達のキングを守るマドールが誰もいませんね。
しかもプロミネンス・ドラコはどこにでも好きな場所から参戦できる。
ひょっとしてこれはピンチという奴でしょうか?』
言葉とは裏腹に、その顔には余裕の笑みを貼り付けたままだ。
実際には全くピンチでないのは明らかだった。
キングマドールにかかった石化の呪いは未だ健在。
プロミネンス・ドラコがフィールドの北側に降り立ち、キングを攻撃しても倒しきることはできないだろう。
ならば俺が選ぶ
「プロミネンス・ドラコの復帰場所は、ここだ!」
バトルフィールドに存在する数十箇所の
そのうち北東にある一つが赤く点滅し、そこにプロミネンス・ドラコが姿を現す。
それを見て、コスモは呟いた。
『バトルフィールド東側三十パーセントは夜のフィールド。ということはヒナの狙いは――』
そう、俺の目的はプロミネンス・ドラコを夜のフィールドで戦わせることだ。
そこで琥珀が声を張り上げる。
「さらにアイテム発動っす! 遺言状!」
『そのアイテムは!』
クロリスが息を呑む。それに対して琥珀は得意げに言葉をぶつけた。
「言ったはずっすよ。このアイテムはウチのチームの切り札だって!
遺言状を持ったマドールが
プロミネンス・ドラコの手元に白い封筒が現れる。
封筒の口が開くと、中から眩い光の粒が溢れ出し、赤き竜の体に降り注ぐ。
それによりプロミネンス・ドラコのパワーゲージは一気に上昇し、マックスである百パーセントを示した。
そこでコスモの顔に焦りが浮かぶ。
『まずい。ヤツに
「もう遅いぜコスモ! プロミネンス・ドラコの
「威力倍加、射程延長、絶対追尾、貫通付与、
『
呆然と吐き出すクロリスの言葉に俺は答える。
「そうだ。
プロミネンス・ドラコのいる位置は敵のキングマドールから少し離れているが、強化された
この一撃をぶつければ、難攻不落だった奴らのキングを消し飛ばすことができる。
『そうはさせんわ!』
その時、コスモでもクロリスでもない第三者の声が配信画面から響いた。
同時に、プロミネンス・ドラコの正面の地面に亀裂が入り、大槍が大地を貫いて土を跳ね飛ばす。
そして地中から茶色い体の一角獣と、それに跨る鎧騎士が姿を現した。
『
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