#35 夜宵ちゃん闇落ちする
「
俺の話を聞き、水零は目を輝かせた。
しかしすぐにテンションを落とし、俺に確認する。
「でもいいのかしら? 私初心者だし、そんな大事な試合に参加して」
「気にすんな。トレジャーハントバトルに関してはみんな初心者同然だ。これから一緒に強くなっていこう」
そう告げると彼女の顔に納得の色が浮かぶ。
「そっか。なら私、太陽くんと一緒のチームで
眩しい笑顔とともに水零はチームへの参加を快諾してくれた。
確かに水零は初心者で
でもそれ以上に、仲のいい友達とチームを組む方が楽しいと思う。
ライト勢だった彼女がこういう対戦に参加してくれるのが嬉しい。
しかしその隣で夜宵は硬い表情を浮かべていた。
「ヒナ、私やっぱり今はまだ
夜宵。
半年間不登校だった夜宵は、この夏休みを利用して遅れていた勉強を追いつくために頑張っている。
気分転換に他のゲームで遊ぶことはあっても、
その決意は、俺が思っていたよりずっと固いのかもしれない。
彼女は真剣な眼差しを俺に向ける。
「私は
そう言って、不安げに視線を落とす。
そうか。
真剣に勉強に打ち込む彼女の決意を邪魔することはできないな。
残念に思っていると、水零が質問を投げかけてきた。
「ねえ太陽くん。他のチームメンバーってもう決まってるの?」
「ああ、光流と琥珀だ。水零は会ったことなかったっけ」
「太陽くんの従兄妹と近所の子でしょ。話には何度か聞いたことあるけど」
そうか、水零とは中学の頃から四年以上の付き合いになるが、俺の家族に会ったことはなかったんだな。
ならば光流や琥珀とはこれが初顔合わせになる。
そう思っていると夜宵の表情が徐々に青褪めていった。
「ちょっと待って。光流ちゃんと琥珀ちゃんとヒナと水零が一緒に遊ぶの? それってアレでしょ。
この前はみんなで
それは確かに。
ただでさえ友達の少ない夜宵が、その数少ない友達みんなが自分のいないところで仲良くなって、思い出を共有していくことになると、疎外感に苦しむ未来は容易に想像できる。
夜宵は暗い表情のまま頭を抱えて悩み始める。
「みんな仲良くなって、みんなが一緒に遊んでるのに私だけ除け者で、誰にも呼んでもらえないなんて。そうだね、そういうことあるよね。小学校の時も、中学のあの時だって。カラオケとかボーリングとか、私の知らない間にみんなで遊んだ話で盛り上がってて、これだからリア充は」
暗い! 何か夜宵のトラウマに触れてしまったのか、ものすごい暗黒オーラが漏れ出してきている!
一方の水零はニヤニヤとした顔で夜宵を見守りながら俺に視線を向ける。
どうするの太陽くん? そう言いたげだ。
そうだ。俺達のチームに参加しなければ、みんなと距離感に差が出てしまう。それを交渉材料にすれば夜宵をチームに引き込むことも可能かもしれない。
しかしそんなネガティブな動機で協力してもらったところで夜宵は心からゲームを楽しめないだろう。
俺の理想は円満な形で夜宵にも参加してもらうこと。
「もうやだ。人間関係面倒くさい。ボッチに戻りたい」
完全に死んだ目で闇落ちしている夜宵に、俺は言葉を投げかける。
「夜宵、迷ってるなら参加してくれ! 勉強のことは俺が責任を取るから!」
「せ、責任!?」
夜宵が目を白黒させているところに俺は語り掛ける。
「そうだ。俺達はチームだ! お前が成績が心配だって言うなら、
夜宵が日々こなすべき勉強のノルマをきっちり決めて管理してやる。勉強を優先させ、残りの時間を
夜宵のご両親にも一緒に説明する。それじゃ駄目か?」
昔読んだスポーツ漫画で、家庭の事情で練習に参加できないチームメイトを助ける為にチーム全員で力を合わせて家の問題を解決する展開があったことを思い出す。
チームを組むっていうのはそういうことだ。
俺が捲くし立てると、夜宵は困惑の顔を見せる。
「えっ、えっ? えっ?」
そして隣に座る水零は意地悪く笑って見せた。
「へー、夜宵の私生活を太陽くんに管理されちゃうんだ。やーらしー」
おい、水を差すな。
夜宵は不安げな顔を俺に向けながら、問いかける。
「じゃあヒナ。もし私がその日のノルマを達成しないうちに遊んだりしたら、私のことぶん殴ってくれる?」
「いや、殴りはしないけど」
「代わりにおっぱいを揉むわ」
と、唐突に水零が言葉を挟んできた。
夜宵は顔を赤らめ、恥ずかしそうに両腕で自分の胸をガードしながら、ぶつぶつと呟く。
「そうか、私が勉強サボってだらけてた時はヒナにおっぱい揉まれちゃうんだ。そうだね、それくらいのペナルティがあった方が真剣になれるよね」
「夜宵ちゃん、納得しないで! 俺は嫌だよ。夜宵が勉強をサボった時はお仕置きにおっぱい揉みますなんてご両親に説明する俺の気持ちも考えてよ!」
水零の悪ふざけのせいで話があらぬ方向へ逸れてしまった。
俺は彼女を睨むと、水零も責任を感じていたのかフォローの言葉を吐き出す。
「そうね、自分で言っておいてなんだけどこのペナルティはお勧めしないわ。その内おっぱい揉まれるのが気持ちよくなって、お仕置きがご褒美に変わっちゃうかもしれないものね」
「えっ、ええ!」
なんてことを言うんだこいつは。夜宵も驚いてるじゃないか。
彼女は恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら、言葉を吐き出す。
「そ、そんなことにはならない。ならない、よね?」
俺に同意を求めるのはやめて夜宵ちゃん。
そんなの俺だって答えられないから。
そこで水零は優しく夜宵に微笑みかける。
「夜宵、青春時代は短いのよ。今のうちにやりたいことはやっておかないとね。
学校の勉強は大事だけど、勉強が全てじゃないわ。
自分のやりたいことと勉強を両立する。そういう苦労をするのも学生らしいじゃない」
な、なんだよこいつ。まともな説得もできるじゃないか。
「勉強なら私も教えてあげるから、
折角の高二の夏休みよ? 私は夜宵とも太陽くんとも遊びたいなって思うの」
そう言ってニコリと真夏のお日様のように明るく笑う水零。
そんな風に彼女に口説かれたら、落ちない人間なんていないだろう。
夜宵は少しの逡巡の末、答えを吐き出した。
「水零、ありがと。わかったよ」
そして彼女の視線が俺へと向く。
「私もヒナのチームに参加したい」
それを聞いて、俺の口元も緩むのだった。
「よし、ありがとうな夜宵!」
こうして、俺達のチームは始動した。
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