#10 夜宵と水着選び
「ヒ、ヒナあ」
情けない声を出しながら夜宵が試着室のカーテンの隙間から顔を出す。
顔以外はカーテンで隠れたままなので、ヒナから見て彼女がどんな姿かはわからないが、先程持ち込んだ水着を試着中の筈だ。
あの後、夜宵を乗り気にさせたことで、彼女を水着売り場に連れていくところまではスムーズに進んだ。
「どうした夜宵? 着替え終わったか?」
「いや、うん。なんか恥ずかしくて、こんな可愛い水着きるの」
照れた様子で頬を染めて、視線を床に落とす。
「大丈夫、夜宵は何着ても似合うよ。ましてや可愛い服なら絶対に似合うに決まってるから」
そう言って彼女が試着室から出れるように励ます。
あと女性向け水着売り場で一人待たされるのも結構恥ずかしいとヒナも感じ始めた頃だった。
「うん、わかったよ」
ようやく決心がついたのだろう。試着室のカーテンを開けて、夜宵が姿を現す。
「ど、どうかな?」
――こ、これは!
ピンクのワンピース型水着に身を包んだ彼女を見てヒナは息を呑む。
フリフリのスカートがとても可愛いらしく、露出の少ない清楚なイメージが夜宵によく似合っていた。
――正直めちゃくちゃ可愛い。
「すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!」
「えっ、えっ、ヒナ、大袈裟だって」
恥ずかしそうに夜宵は自分の体を抱きしめる。
ヒナも男子として、好きな子のセクシー系の水着姿を見たいという気持ちはあった。
しかし夜宵にはやはりこっちが正解だと感じた。
可愛いと連呼され、彼女も満更でない様子だ。
「確かに可愛いかもだけど、ちょっと子供っぽすぎないかな?」
彼女は試着室を振り返り、その奥に設置された姿見を見ながらそう呟く。
「大丈夫大丈夫。めっちゃ可愛いし、めちゃくちゃ似合ってるから」
ヒナは手放しで絶賛するものの、子供っぽいという部分は否定してくれなかった。
改めて夜宵は鏡に映る自分の姿を見る。
ワンピース型の水着は確かに露出は控え目で、それ故に芋っぽい印象も受ける。
たとえばセパレート型にしてお腹を出したりした方が、年相応の色気を出せるかもしれない。
そもそも自分と同い年の女の子はどんな水着を着るのが普通なのだろう?
夜宵は友達と海やプールに行った経験がない。
自分が「普通」から外れていると自覚しているからこそ、「普通」の基準をとても気にする。
やっぱり今時の女子高生はこんな子供っぽい水着は着ないのではないか?
たとえば水零ならどんな水着を着るだろう?
そう言えばヒナは水零と付き合いが長いらしいし、彼女とプールに行ったことも何度かあるんじゃないだろうか?
先程のヒナの言葉を思い出す。
『すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!』
ヒナは優しい男の子だ。
決して人を傷つけるようなことは言わない。
だから口先では誉めてくれたけど、内心ではどう思ってるだろう?
『確かに可愛い水着だ。けど夜宵はこういう可愛い系しか着れないだろうな。水零だったらセクシー系の水着を着こなせるんだけど、お子様な夜宵には無理だろうな』
そんな風に思われていたらどうしよう!
夜宵は元・引きこもりのゲームオタクで友達もおらず、そんな自分に劣等感を抱いている。
自己肯定感が低い彼女は、必要もないのに言葉の裏を読んでしまう。
「ヒナ! ヒナって私のこと子供っぽいって思ってるよね?」
じとっとした瞳でそう問いかけてみる。
「えっ? いやいやそんなことないって」
と、口ではそう答えるも、男子への警戒心ゼロのお子様だと思っていたのは事実だ。
そういった後ろめたさから、ヒナは答えつつも視線を逸らしてしまう。
そんな彼を見て、夜宵の中の何かに火がついた。
「あのねヒナ、私だって子供じゃないよ。こういう子供水着だけじゃなく、色っぽい大人水着だって着れるんだから!」
夜宵は店内に並べられた水着を眺める。
そしてその中の一つに目をつけ、それを手に取った。
「こ、こういうのだって着れるんだからね」
明らかに照れた様子で露出の高い黒のクロスホルタービキニを手にとる。
ヒナの目から見ても彼女が虚勢を張ってるのは明らかだった。
「えーっと、夜宵ちゃん。あんまり無理しないように」
好きな女の子のセクシー水着姿を見たいという期待と、夜宵に無理をして欲しくないという気持ちの間で揺れながら、ヒナはなんとか彼女を思い
しかしそれは夜宵の乙女のプライドをさらに燃え上がらせるだけだった。
「大丈夫だって、ヒナは私を見くびり過ぎだよ。試着してくるから」
それだけ言い残して、彼女は再度試着室に姿を消す。
一人残されたヒナは思う。
――乙女心って難しいな
最初はセクシーな水着を着ることに難色を示していたのに、何が引き金となったのか、意地を張って自分から試着しにいくとは。
夜宵の扱い方がさっぱりわからない、とヒナは思うのだった。
やがて待つこと数分、今度は試着室のカーテンが閉じたまま、中からか細い声が聞こえてくる。
「ね、ねえヒナ。ちょっと来てもらっていいかな?」
「えーっと、それはどういう意味だ? 俺も試着室に入っていいってことか?」
「うん、それで入ったらすぐにカーテン閉めて欲しい」
流石にこの注文にはヒナもドキドキを抑えられない。
あの狭い試着室の中で二人きりになるのが、どういうことかわかってるのか夜宵?
いやいや、とヒナは自分の煩悩を沈める。
自分を呼んだということは、きっと着替えている時になんらかのトラブルがあったのだ。
彼女が助けを求めているんだから、自分だって照れてる場合じゃないだろう。
「よし、入るぞ夜宵」
意を決してヒナはカーテンを開け、素早く中に入る。
そして中にいた夜宵の姿を見て息を呑んだ。
首元で布地を交差させた黒のクロスホルタービキニは夜宵のバストの存在感と谷間をこの上なく強調しており、溢れんばかりの色気を放ったいた。
ヒナが目のやり場に困り視線を落とすと、布地の少ない黒のパンツが視界に入る。
腰回りは細い紐で結ばれているのみで、面積の狭いローレグのパンツは鼠径部のラインを隠しきれていない。
――めちゃくちゃエロい!
それが彼の率直な感想だった。
「おう。水着、着れたんだな」
ひょっとしたら何か手伝いが必要かもしれないと身構えていただけに、着替えを完了しているのは予想外だった。
夜宵は恥ずかしそうに頬を赤らめながらそれに答える。
「うん、上手く着れたか自信ないけど。ちょっと動いたらブラとかズレそうで」
――夜宵ちゃん! そういうことを言わない! 思ってても口に出さないで! 男の子ドキドキしちゃうから!
ヒナは心の中でそう叫んだ。
でも、と夜宵は言葉を続ける。
「こ、こんな格好で外に出れないって!」
恥ずかしがり屋の夜宵らしい正直な感想だった。
「そ、そうだな。俺も夜宵のこんなエロい格好を他の男に見せるわけにはいかない」
「え、エロい!?」
かああっ、と夜宵の頬が一際赤くなり顔を俯かせる。
しまった、気分を害してしまったか? とヒナは後悔し、即座にフォローの言葉を吐き出す。
「いや、夜宵めちゃくちゃ綺麗だよ。大人っぽいっていうか。そういう格好もすごく似合うって」
それを聞いて夜宵は恥ずかしそうに縮こまりながら、ポツリと呟く。
「うん、そうなんだ。ありがとう」
とはいえこんな肌色面積九十パーセント越えの女の子と狭い試着室内で向かい合うのは心臓に悪すぎる。
夜宵のきわどい水着姿を目に焼き付けておきたい、でもジロジロ見てたら嫌われるかもしれない、そんな葛藤がヒナの中で渦巻く。
「えっと、その水着が恥ずかしすぎて試着室から出れないのはわかった。けど、俺には見られていいのか?」
ヒナをわざわざ試着室に呼んだ彼女の真意を問う。
夜宵は俯いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。
「もちろんヒナに見られるのも死ぬほど恥ずかしいけど、試着するって言ったんだからせめてヒナには見せないと有限不実行になると言いますか」
羞恥心よりも義理を優先させて、恥ずかしい水着姿を見せてくれたらしい。
――いやいや、優先順位間違えてません? 夜宵ってこういうとこホント無防備っていうか危なっかしいよ。
そんな風に思いながらもヒナは夜宵の水着姿に釘付けだった。
この格好の夜宵を海やプールで衆目に晒すのはヒナにとっても好ましくない。
しかし何か理由をつけて、もっと夜宵のセクシービキニ姿を見ていたい。
そんな願望が芽生え、何とかヒナは彼女にこの水着を着続けてもらえる理由を探す。
「ところでお嬢ちゃん、この水着おいくら? 俺が買ってあげよう」
「えっ、なっ、何言ってるのヒナ?」
反射的に欲望が口から洩れてしまい、夜宵に引かれた。
「買わなくていいし、こんな格好で海なんか行けないよ」
「うん、それはわかる。俺もこんなエッチな格好の夜宵を人前には出したくない。だから二人っきりの時に着てくれないか?」
「えっ? 二人っきりの時って?」
夜宵が露骨に困惑した顔を見せる。
一方のヒナは特に計画性もなく、思いつくままに言葉を吐き出す。
「家で二人で勉強してるときとか、かな?」
「家で勉強してる時に私水着になるの? 嫌だよ! おかしいよそれは」
嫌がられてしまったがそれも当然だ。
ヒナはそれでも思考を巡らす。
水着になっても不自然じゃない場所。そして二人っきりになれる状況。
この二つの条件を満たせば、夜宵はもう一度このビキニを着てくれるはず!
そして彼の脳裏に天啓が舞い降りた。
「そうだ。お風呂だ! 水着を着て一緒にお風呂入ろうぜ!」
「え?」
夜宵が固まる。
しまった、とヒナは後悔した。
流石にがっつきすぎて幻滅されたかもしれない。
しかし夜宵の胸の内は違った。
――ヒナ、このエッチな水着そんなに気に入ったんだ。
――だったら、ヒナをドキドキさせる作戦に使えるかもしれない。
夜宵からすればヒナは自分のことを女の子だと意識してドキドキすることなんて滅多にない、そう思っていた。
だから数少ない彼をドキドキさせられるチャンスは逃すわけにはいかない。
「わかった。お風呂だね、二人っきりの時ならいいよ」
と、恥じらいながらも夜宵は承諾するのだった。
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