魔法人形~マドール~ ネットで出会った最強ゲーマーの正体は人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした 2期
黒足袋
第一章 お泊りに行きたい
#1 お泊りのお誘い
「できたよヒナ!」
シャーペンを机に置き、嬉々とした様子で少女はテスト用紙を俺に差し出す。
たった今までリビングのテーブルで向かい合い、集中した様子で問題を解いていたが、ついに全問解き終えたようだ。
腰ほどまで伸ばした長い黒髪を左側のみ黄色いシュシュで結わえてワンサイドアップにした髪型。
人形のように整った目鼻立ち、若干幼さの残る可愛らしい顔だちはどれだけ眺めていても飽きない。
「オッケー、なら採点するな」
そう言って俺は差し出された答案を受け取る
ああそうそう。
ついさっき、ヒナと呼ばれたが俺の本名はそんな可愛らしい名前じゃない。
俺は正真正銘の男子高校生で、ヒナというのはニックネームでありハンドルネームなのだ。
本名は
今は夏休み。
約四十日の大型連休を過ごせるのは学生の特権である。
友達と旅行したり、あるいは部活やバイトに打ち込むなど、その過ごし方は人それぞれだろう。
さて、ここで俺の高校二年の夏休みを過ごし方について話そう。
今の俺は――いや俺達は勉強をしていた。
もちろん学生なのだから夏休みの宿題は与えられている。だがそれだけではない。
その宿題を進める傍ら、勉強を教えているのだ。
家庭教師のバイトと思うか? 残念ながら違う。
クラスの友達の家に来て勉強を教えているだけだ。バイト代なんてものは存在しない。
今俺が勉強を教えている相手は、今年の頭から約半年間、ずっと不登校を続けていた。
七月の始めに学校に行く決心をしてクラスに復帰したとはいえ、半年分の勉強が遅れていることは目を逸らすことのできない事実である。
だから俺が友人として勉強を教えているわけだ。
とはいえ不登校によって勉強が遅れていたのはそいつの自業自得。毎日が夏休みというような生活をしていたツケを今払っているだけだ。
そいつに付き合って俺の夏休みを犠牲にする義理はあるのか? 今の状況を客観的に見ればそんな疑問も浮かぶだろう。
彼女から受け取った答案を回答と照らし合わせて、マルとバツをつけていく。
今やらせていたのは一学期の中間試験の問題だ。
当然彼女は学校に来ておらず受けていなかったものだが、これまでの勉強の成果を計るのにはうってつけの問題と言えよう。
そして採点を終えると、俺は彼女に向かって微笑みを返した。
「九十五点、よくできたじゃないか」
「やった!」
喜色を浮かべながらガッツポーズをする彼女の名前は
ゲームに集中したいという理由で半年間不登校を続けた元・引きこもり少女である。
高得点をとって上機嫌な様子で彼女は言葉を吐き出す。
「まあ、私はやればできる子だからね。勉強だってちょっと本気を出せばこんなものだよ」
「やればできる子って、普段からやらない奴がそれを言うのはメチャクチャムカつくぞおー、って」
言いながら俺は彼女の頭に手を伸ばし、髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「キャー、ちょっとやめてってばヒナ」
笑いながら黄色い声を上げる夜宵に俺は言ってやる。
「嫌がるなって、これはテストでいい点とったご褒美の頭なでなでだぞ。ありがたく受け取れ」
「えっ、そうなの? そ、そうなんだ」
さっきまでやめてやめてって叫んでたのが一転、おとなしく俺の頭なでなでを受け入れてしまう。
チョロい。こんな簡単に言いくるめられてしまうなんてチョロすぎる。
こんなに素直すぎると将来が心配になるよ夜宵ちゃん。
彼女は俺のクラスメイトであり、元々は
ヒナというのもその時から使っているハンドルネームだ。
彼女の趣味はゲームや漫画。好きなものは美少女アニメやツイッターで流れてくる可愛い女の子のイラストなど。
まあぶっちゃけて言えばオタクであり、そして俺もオタクだ。
要するに趣味が合うし、話も合う。一緒にいて最高に楽しい親友である。
そして可愛い。
顔が可愛いのはもちろん、その性格も。
純真無垢で簡単に言いくるめられちゃうところも、コミュ障で初対面の相手には緊張してまともに喋れなくなっちゃうところも、とにかく喜怒哀楽の感情表現が豊かで、笑った顔も、困った顔も、ちょっぴり不機嫌な顔も全てが可愛くて愛おしい。
そうだ。俺はそんな彼女に密かに片想いをしているのだ。
本来であれば夏休みは学校がなく、クラスメイトに会う機会も減る。
だが俺は夜宵に勉強を教えるという名目で毎日彼女に会うことができる。
好きな子に毎日会える。これ以上に有意義な夏休みの過ごし方があるだろうか?
彼女と会えるなら、夏休み中、毎日机に噛りついて勉強を教えるだけの生活でも構わない。
それを灰色の夏休みと呼びたい奴は呼べばいいさ。
俺にとっては最高の夏休みだ。
「まっ、それにしても中間テストでこれだけいい点が取れるんだ。授業に追いつけるようになるのも案外早いかもな」
本当は夏休みいっぱいかかるかと思ったが、夜宵は呑み込みが早い。
今まではやらなかっただけで、本来はすごく頭がいいのかもしれない。
うちの学校はそこそこ偏差値高くて授業のレベルも高いはずだが、こうも簡単に解いちゃうんだもんなあ。
「私すごい? すごい?」
目を輝かせながらそんな風に聞いてくる夜宵。可愛いなちくしょう。
「ああ、凄いよ。正直俺は今の授業だってついていくのにやっとだからなー。夜宵みたいに呑み込みが早いのが羨ましいくらいだよ」
「えへへ、ありがと。でもヒナの教え方がいいお陰だと思うなー」
照れくさそうに笑ってそう返す夜宵。
その瞬間、可愛いポイント五兆点が俺の脳内で加算された。
「二人とも、お疲れ様ー」
そこで俺達が勉強していたリビングに新たな人物が姿を現す。
穏やかな雰囲気をまとった壮年の女性が麦茶の入ったコップをお盆に載せて運んできた。
「あっ、お母さん」
夜宵の呟き通り、彼女は夜宵の母親である。
おばさんはテーブルにコップを置くと俺の顔を見た。
「日向くんもいつもありがとうね。夜宵に勉強を教えてくれて」
「いえいえそんな。好きでやってることですから」
俺と夜宵はネットの世界で二年以上の付き合いがあるものの、リアルで初めて会ったのはほんのひと月半前だ。
だがその短い間に夜宵の家には数えきれないくらいお邪魔している。
彼女の母親にもすっかり気に入られてしまった。
「でも、日向くんも毎日うちに来るのは大変でしょう? 交通費だってかかるし」
「いや、ここ学校の近くなんで、七月中は通学定期がありますし」
だが来月になったら交通費がかさむのは確かだ。
そう思っていると、夜宵のおばさんはニコニコと嬉しそうに言葉を吐き出した。
「それでね。いつも夜宵の面倒を見てくれる日向くんに何かお礼ができないか考えたの」
お礼? 一体何だろう。
そう思っていた俺の耳に、次の瞬間、爆弾発言が飛び込んできた。
「ねえ、日向くん。今度、ウチに泊まりにこない?」
お泊まり、だと。
咄嗟に夜宵の顔を見る。
彼女もポカンとした様子でおばさんの話を聞いていた。
「日向くんの都合さえ良ければ何日でも居ていいから。ウチに寝泊まりすれば、交通費も移動時間もかからずに夜宵ともっと一緒にいられるでしょ」
それはメチャクチャ魅力的な提案だった。
毎日夜宵と会えるだけで天国なのに、その上彼女とひとつ屋根の下で暮らせるだと。
すぐにでも首を縦に振りたくなる衝動を抑えて俺は冷静になる。
落ち着け俺。
夜宵の家にお泊まりは確かに嬉しいが、あまり下心を表に出すな。
ここは夜宵のご両親に失礼のないよう、礼儀をわきまえてお世話になろう。
ひとつ屋根の下とは言え、別に夜宵と二人っきりなわけではない。
彼女の両親がいるわけだし、漫画みたいなラッキースケベとか、変な間違いとかそんなこと起きる筈がないのだ。
そんな風に考えていると、夜宵のおばさんは言葉を続ける。
「それにお父さんは仕事が忙しくて一週間くらい帰ってこないし、私も夜勤があるから夜は夜宵一人になっちゃうでしょ。
日向くんが一緒にいてくれれば安心だわ」
なん、だと?
夜は夜宵一人? 俺が泊まれば夜宵と二人っきり?
そこに夜宵の不満げな声が飛んでくる。
「お母さん、私だってお留守番くらいできるよ」
「でも夜宵はしょっちゅう戸締まりを忘れたり、抜けてるところがあるからね。やっぱり女の子を夜に一人にするのは心配なのよねえ」
いやいや、奥さんそれはマズイですよ。
確かに俺が居れば夜宵にもしものことがあった時、彼女を守れるかもしれない。
しかし俺という狼を家に上げ、あまつさえ夜宵と二人っきりにする危険性を考えないのだろうか?
夜宵と二人っきり。
好きな女の子とひとつ屋根の下で二人っきり。
それが何日も続く。好きなだけ居ていいと言われたんだぞ。
もちろん嬉し過ぎるシチュエーションだが、俺は自分にブレーキをかけられるだろうか?
年頃の男とは例外なく、みな狼なのだ。
だが女親には男がどれだけ危険な生き物なのかわからないのだろう。
しかし男親ならどうだ? 夜宵の親父さんならきっと反対する筈だ。
「そもそも俺を泊めることって、親父さんの許可は取れてるんですか?」
そう訊ねると、おばさんは嬉しそうに答えてくれる。
「もちろんよ。『最近夜宵と仲良くしてくれるヒナちゃんって子がいるから、ウチに泊めていい?』って聞いたら、『ああ、いいんじゃないか』って二つ返事で了承してくれたわ」
「いやいや、それは詐欺ですよ! ヒナちゃんってなんですか! 絶対女友達だと誤解されてるじゃないですか!」
「うふふ、私は嘘は吐いてないし、言質はとったんだからお父さんに文句は言わせないわ」
奥さーん!
外堀は埋められたというわけか。
もちろん俺だって本音はお泊まりにいきたい。
だが現実的に考えて、あちこちから反対の声が上がる可能性はクリアしておくべきだろう。
「夜宵はどうなんだ? 俺が家に泊まるの嫌じゃないのか?」
俺は当人に言葉を向ける。
さっきおばさんがお泊まりの話を出した時、夜宵は驚いた顔をしていた。
つまりこの話は彼女にとっても初耳ということだ。
夜宵も年頃の乙女である。
自分の家に異性を泊めることに抵抗があるのではないか?
「お前は人の頼みとか断るの苦手なところあるからさ、嫌だと思うならちゃんと言った方がいいぞ」
キョトンとした顔の夜宵にそう釘を刺すと、おばさんがウフフと嬉しそうに笑った。
「日向くんって、本当に面倒見がいいというか、世話焼きお兄ちゃんって感じよね。妹さんか弟さん居るの?」
「あー、はい。妹がいますね」
確かに小さい頃から従妹の光流や幼馴染みの琥珀の面倒を見てきたこともあり、大人からはそんな評価を貰うことはあった。
まあそれより今は夜宵の答えを聞くことだ。
「どうなんだ夜宵?」
「えっ、いいよ! ヒナ、泊まりに来なよ!」
一ミリも躊躇うことなく、嬉しそうに誘ってきた。
「折角ヒナと毎日会えるのに勉強ばっかりでつまんなかったかし、ヒナがウチに泊まるなら一緒に遊べる時間も増えるよね。徹ゲーとかもできるよ!」
彼女は純粋に俺と遊ぶことを楽しみにしている様子で無邪気に笑う。
そこに年頃の男子への警戒心など微塵もない。
きっと夜宵は俺とゲームでもして夜通し遊ぶことしか頭にないのだろう。
お互いパジャマ姿で徹ゲーして、もし寝落ちでもして無防備なところを男に見せればどうなるかなんて全く考えもしてないに違いない。
どれだけお子様なんだよ夜宵ちゃん。本当に心配になってくるよ。
ともあれこれで、俺のお泊まりは夜宵一家に満場一致で可決された。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
そう言って俺は頭を下げるのだった。
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