第13話 預かり物は速やかに手渡すべし。

 この封筒、どうしよう。


 うちに帰って座布団の上で胡坐をかいて封筒をにらむ。光に透かして見ても何も見えない。当たり前か。

 宛先は生明あさみけい、差出人欄にはしっかりと見矢園みやその亜優香あゆか、と書いてある。


 この封筒の中身ってやっぱりあれだよなあ。……ラブ、レター、だよなあ。

 マンガだったら果たし状だったりするんだけど、そんなコメディ展開あるはずないわ。しかも生明さんと見矢園が何の対決するのか? 勉強できる対決? 足が遅い対決? あー、アホみたいな事ばかり考えてしまった。中を確かめたいけど開封するわけにもいかないし。


 これをあたしが生明さんに渡して、生明さんはどうするんだろう。OKして見矢園と付き合っちゃうんだろうか。

 そう思った瞬間、胃の奥が潰されるようにぎゅーっと重く苦しくなった。


 生明さんが見矢園と付き合う。

 まあレズなんだから女性としか付き合わないよね。それが普通。

 二人とも美人だしお似合いなんじゃないかな。

 あたしじゃつり合い取れないや。

 二人とも身体が弱くておとなしそうに見えるからやっぱりお似合いだよね。

 あたしなんかより。

 あれ? なんであたし見矢園と自分を比べてるんだ?


 でも、生明さんが見矢園と付き合うようになったら、あたしはもう公園の東屋でこっそり生明さんと逢ったりできなくなるんだ。もうずっとできなくなっちゃうんだ。


 そう考えるとベッドの上でごろごろしながら眠れないまま過ごした。この封筒を渡そうか渡すまいか、ずっとそんなことばっかり考えていた。

 そうしたら突然、生明さんが倒れた時にお姫様だっこした時の手の感触が思い出された。そうしたら胸が苦しくなってきてどきどきが止まらなくなってなんだかよくわからないもやもやが収まらなくなってしまった。

 結局あたしは封筒のことと変なもやもやでずっと朝まで寝られなかった。




 そして翌日の土曜日。

 あたしは旭第一公園の四棟東屋につくなり、生明さんに少し乱暴なくらいの手つきでびしっと封筒を見せた。無言で。緊張のあまり何を言っていいかわからなくて。


「!」


 生明さんは口を両手で覆って驚きの表情を見せて固まる。なんでか分らないけれど、珍しいことに顔が耳まで真っ赤になっている。

 あたしは巧く口で言えず、少しつっけんどんな言葉になった。


「これ、C組の……見矢園さんから。昨日頼まれた」


 生明さんはおずおずとそれを受け取った。生明さんはGボウル(※)で応援チームが負けた時のサポーターくらいしょんぼりして、今度は心なしか顔色も青ざめる。


「そう…… そうなのね。なんだ、うん、なんでもない。うん、そうなんでもないの、なんでも、ええ」


 生明さんは意味の良く分からないことを言うと、心細そうにあたしを見上げて訊いてきた。


「ねえ君これどうしようかな。私どうすればいいかな」


「ど、どうしようって…… あたしには……決めらんないよ…… 生明さんと見矢園さんのことだもの…… あたしに決める権利なんてないよ……」


 本当は、私の心の奥の奥では、こうあって欲しいという願望があるのは分かっていた。だけど、それはあたしのわがままに過ぎない。だからそれを口にしちゃいけないって思った。ずっとこうして生明さんと夕暮れの公園で話していたい、だなんて。


 生明さんはこの間みたいにまた何かを諦めたような顔をして、見矢園からの封筒をバッグの中にしまった。


「じゃ、あたしこれで」


「えっ」


 生明さんの驚いた顔もきれいで、ちょっとは見ていたかったけど、これからはもうそんなことできないししちゃいけないんだ、そう思うと辛くて一刻も早く生明さんのそばから離れたかった。少しでも早く生明さんのいない土曜日に慣れないと。

 自転車で逃げる様に生明さんから遠ざかっていくあたし。

 生明さんはそれを寂しそうに眺めていた。



▼用語:

※Gボウル

 ここでは最も人気のある球技。高重力もしくは低重力下で複数のボールを使ってプレイする。男子リーグが人気の主流。あえて旧世界スポーツに例えるならバスケットボールが最も近い、と言えなくもない。

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